2008/1/4

マーヤ・ボグダノヴィッチ リサイタル 新春八王子音楽祭 1/3  演奏会

新春八王子音楽祭が、3日から開幕した。5日まで、各日、いろいろな企画が用意されている。有料公演は6個で、高くても2000円という廉価で音楽が楽しめる。しかも、通し券は3000円で、このパスを持っていればすべての公演に入場が可能だ。2006年12月、この地でガスパール・カサド国際チェロ・コンクールが開催され、これを期に八王子を「音楽の街」に育てていこうという構想のようだ。次のコンクールは来年だが、その間も、まちなかコンサートなどを行っている。この音楽祭も今年がスタートで、一連の試みのなかに位置づけられよう。

初日は、コンクールの審査員長でもあったアラン・ムニエほかによるオープニング・コンサートがマチネで、コンクール2位入賞/聴衆賞受賞のマーヤ・ボグダノヴィッチのリサタルがソワレで、それぞれ開催された。学校法人の多い八王子らしく、明日は学生によるミニ・リサイタルと、夜にはクラリネットの二宮和子を迎えての三重奏、5日は若いピアニスト2人によるジョイント・リサイタルと、地元劇団によるオペラ・ガラ、若いソリストとムニエ、ボグダノヴィッチによるファイナル・コンサートというラインナップである。

さて私は、ボグダノヴィッチのリサイタルに出かけてきた。「ソロ・リサイタル」と銘打ってあるが、ピアノも、昨年のエリーザベト王妃コンで特別賞を受けたというジュリアン・ジェルネで、曲目からみてもチェロ/ピアノがフィフティで組み合うような曲目ばかりが並んでいるので、実質的にはデュオ・コンサートである。プログラムは前半がロマン派で、シューマンとシューベルト。後半がより現代に近づきドビュッシーとブリテンという内容で、中身からみてもすっぱり2つに分かれている。このうち、後半が素晴らしかった。

演奏会は、シューマンの「アダージョとアレグロ」で始まる。冒頭の1、2小節ぐらいを弾いたところで、何かしっくり来ない点があったのか、ジェルネのほうが止めて、初めから演奏することになった。このアクシデントのせいではないと思うが、前半はややアラの多い演奏になる。シューマンは全体の見通しは良いが、やや拍節感に乏しい。ヴィブラートの使い方も、なんだか統一感がない。アレグロはプレスト並みに勢いがつきすぎ、ピアノとチェロがやや噛みあわない感じも。

シューベルトの「アルペッジョーネ・ソナタ」は、比べてはいけないが、いつもケラスの見事な録音を聴いているので、技巧的な甘さが目立つ。アルペッジョーネのための曲を無理やりチェロでやるので、楽器の苦手とする音域も多く、もともと難しい曲ではあるだろう。それにしても、声楽でいえば地声とファルセット(裏声)が切り替わるあたりで、やはり音程の乱れが激しく、安心して聴けなかった。それに、シューマンほどではないものの、拍節感が弱くフレージングなどが不明確で、表現の骨組みがしっかりしていなかった。ただし、ときどきドキッとするほど魅力的な部分もあり、特に弱奏の演奏は女声らしく繊細なカンタービレで美しい。音程が決まっている部分では、ふくよかで、柔らかい音色がはんなりと広がり、いつ壊れるかわからないが、ときに居心地のいい空間が生み出されたことも確かだ。構造的な支えが弱いために、よく弾けている部分と、そうでない部分の差が激しいのが難点である。

休憩をはさみ、ドビュッシーの遺作のソナタ群のうちの「チェロ・ソナタ」は、そもそもコンパクトな曲だが、よくまとまっている。2人ともパリのコンセルヴァトワールの出身であることもあり、このような曲目は自家薬籠中のもの。プロローグのはじめでバロック的なものを印象づけたが、それさえも非常に自由なイメージで、ジャズ、さらにはロックの原型のようなものまで感じさせる若々しい解釈が爽やか。短いが、ドビュッシーの作風を凝結させたような曲目を、うまく料理している。技巧的には前半のロマン派の曲目よりも、後半のほうが難しいと思うが、むしろ、そちらのほうが完成度が高かったのは驚きだ。第2楽章のピチカートは、実に膨らみのある音色。このあたり、潤いのあるピアノのサポートも耳を惹く。ジェルネは、後半はボグダノヴィッチの演奏に寄り添うようにして、ジェントルに支えていたが、彼自身、相当に美しい音色と、安定したフォルムが魅力的だ。

最後のブリテンのチェロ・ソナタが、この日の白眉である。特殊奏法がたくさん使われているが、それらを柔らかく使い、楽曲の流れのなかに取り込んでいる丁寧な演奏だ。表現の奥行きはまだまだかもしれないが、技巧面の清冽な印象と、音色の多彩さだけで、相当に聴かせてくれる。スケルッツォ(第2楽章)がもっとも印象的で、ドビュッシーでも素晴らしかったピッツィカートのうまさもあるが、チェロとピアノの低音がじんわりと重なる部分などが何ともいえない感興をそそった。エレジーの芬々たる色香も素敵なのだが、第4楽章のマーチ(マルチア)と、第5楽章の無窮動は、非常に対照的な楽章ながら、彼らの竹を割ったような解釈が、いずれも効果的であった。短い間だったが、ここに至るまで、互いに信頼を深めあったように感じた。

ボグダノヴィッチも良いチェリストになると思うが、ピアノのジェルネが、私としては気に入った。1981年生まれということだから、まだまだ若いのだが、落ち着きがあり安定した構築力をもつとともに、音色も豊富である。薫り立つような響きは、フランス音楽では圧倒的に輝きを増す。この日のアジャストでも示したように対応力が高く、ダイナモとしての存在感も出せるので、特に室内楽では得がたい存在となろう。ソロも、ドビュッシーなど素晴らしいだろうと思う。

1つ年下のボグダノヴィッチは、音づくりはもちろんのことだが、スタイルがよく見目麗しいので、そのうちに人気が出るかもしれない。願わくは、古典派の曲目をちゃんと弾けるようになってほしいものだ。コンクールはネット配信もやっていたが、浜松や仙台と比べて音質がいまひとつで、どうも艶のない演奏ばかりに聴こえていたが、実際に聴いてみると、強奏の張りつめた音色もふくよかだし、なにより弱奏のコントロールに品があって、音色も美しく情感に満ちている。音が切れるまで集中力を切らさず、最後の一拍までしっかり保持しているのも、丁寧な印象を与えた。これならば、コンクールのレヴェルの高さは疑いようもないというものだ。

八王子のいちょうホールは、新宿から40分程度。大ホールでも800席程度で、手ごろな大きさ。響きはすこしデッドだが、悪質ではない。室内楽のリサイタルなどには十分に使えるホールである。


【プログラム】 2008年1月3日

1、シューマン アダージョとアレグロ
2、シューベルト アルペッジョーネ・ソナタ
3、ドビュッシー チェロ・ソナタ
4、ブリテン チェロ・ソナタ op.65

 チェロ:マーヤ・ボグダノヴィッチ(セルヴィア)

 ピアノ:ジュリアン・ジェルネ(フランス)

 於:八王子芸術文化会館いちょうホール(大ホール)
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