2007/11/23

デプリースト ワーグナー特集 都響 (作曲家の肖像シリーズ) @芸劇 11/23  演奏会

都響の常任指揮者として、最後のシーズンを迎えているデプリーストの演奏を聴けるチャンスも、残り少なくなってきた。ベルティーニを喪った都響が、次のパートナーを見つけるまでの中継ぎとして引き受けた3年間だが、デプリーストは野球場にも足を運び、都内の学校を訪れたり、夏のティーンズとのジョイントにまで世話を焼いてくれた。マエストロは、都響のためならば、私は何でもすると言ったそうだ。目に見える変化は少ないが、デプリーストのもたらしたものは小さくない。それは、この日の演奏を聴けばわかる。

それにしても、久しぶりの都響になる。1月の松村禎三の協奏曲をやったコンサートが最後である。当時、松村さんはまだ元気で、この会場にもいらしていたものだ・・・。今回は、1人の作曲家をフォーカスする「作曲家の肖像」シリーズで、ワーグナーが取り上げられる。会場は、東京芸術劇場。コンマスは、矢部達哉。

【禊ぎのトリスタン】

最初の曲目である、「トリスタンとイゾルデ」の〈前奏曲と愛の死〉から、非常に引き締まった演奏がつづいた。冒頭、うわさに聞く都響の弦の好調がはっきりと感じ取れる、美しくも、中身の詰まったアンサンブルが、一気に聴衆を「トリスタン」の濃密な世界に誘う。愛の死に入って、ffを迎える部分でやや迫力に欠けるものの、全体は禊ぎのような清潔なアンサンブルに包まれ、プログラムの最初としては申し分ない。

【ヴェーゼンドンクは佐々木典子の名唱が光る!】

2曲目は、ソプラノの佐々木典子を迎えての、女声のための5つの詩 「ヴェーゼンドンク歌曲集」である。元来、ピアノ伴奏を想定して成立した事情を思わせる繊細な表現で、大きな室内楽を伴奏としたリートという感じのつくり方。「ダナエの愛」ではやや響きが多すぎる感じのした佐々木だが、今回は、デプリーストの細かい筆致に対応し、ベースとしては柔らかく、軽めの声づくりだが、ふわりとつけてくるオブリガートに対して、鋭く角度をつけてオーケストラのフロントにつけたり、一瞬も気を抜けない実の詰まった歌唱が印象的である。今回は歌曲であることをつよく意識し、歌いすぎないコントロールの厳しさを自らに課していたものとみえる。声質のほかにも、ディクションに対する意識がつよく感じ取れた名唱である。日本人のソプラノで、ここまで立派なヴェーゼンドンクが聴けるとは望外のことだった。

全体的に質のいいパフォーマンスだったが、第3曲と第5曲に、やはりヤマが来ていた。「温室で」におけるカラッとした表情の辛辣さや、その前奏と後奏における、「トリスタン」前奏曲にも似たチェロの深く、香りたつ響き。「夢」はクライマックスを拒否するように、しんなりと萎れていく、もしくは、静かに祈るような歌いおわりの、完璧な美が何ともいえない。オケの繊細なツケも、オーケストラという巨大な楽器を上手にコントロールして、脂が落とされ、ソプラノを多彩な表情で引き立てながらも、隙のないものに仕上がっていた。これをバックに歌える歌手は、きっと幸せであるに違いない。mf/p 以下に焦点のあった、上品な響きのデザインも秀逸だ。

【神々の黄昏は見事な一筆書き】

後半は、歌劇「神々の黄昏」からの管弦楽曲の演奏である。「夜明けとジークフリートのラインの旅」「ジークフリートの死と葬送音楽」「ブリュンヒルデの自己犠牲と終曲」を、3楽章の交響曲のように続けて演奏した。なお、最初の曲では、弾きおわりの13小節に、フンパーディンクの編曲を用いたという。これは、中間のホルンによる「英雄の動機」と、それに呼応する「ブリュンヒルデの動機」に焦点のあった、丁寧な夫婦愛の描写が印象的である。

死と葬送音楽の部分では、力強いデプリースト節が爆発した。特にノートゥンクの動機が現れてからの分厚いサウンドでは、響きが複雑になればなるほど明晰となる、デプリーストの音楽づくりの稀有な特質が、よく表れていた。だが、本質は葬送音楽だけに、祈るような表情がいつもわさびのように効いており、どこか昔を懐かしむようなテイストが忍びない。

自己犠牲と終曲の部分は、このピースだけでは10分とない時間のうちに、壮大なリングの物語が凝縮される大変な音楽だ。濃密な時間を都響の完璧なアンサンブルが、突き刺した素晴らしい演奏だが、ここには、2つのデプリーストの工夫が効いている。まずは、途中で拍手を受けないで3曲をつづけて演奏したことであり、そのため、前の2つのピースが、この自己犠牲と終曲の音楽を肉付けする役割にまわる。もうひとつは、ワーグナーが「リング」のなかで用いたモティーフが、品評会のように並ぶピースの中で、とりわけ救済の動機だけに焦点を絞って、演奏したことである。しかも、そのフォーカスの仕方はこれみよがしではなく、油断すると見逃してしまうような目立たぬ彫りを施すことによって、柔らかくその部分を浮き立たせるという、なんとも奥ゆかしく、華やかなものだった。神々しくも、美しいブリュンヒルデの姿が、そのとき、我々の眼前に現れたのである。

3つの管弦楽曲ともに、ワーグナーというにはあまりにも繊細な表現であり、我々日本人にしかできない、また、我々日本人こそが本当の意味で楽しむことのできる、ワーグナーの響きであった。できれば録音しておいて、何度でも取り出して聴きなおしたいという、噛めば噛むほど味の出る演奏であったと思う。それがまた、デプリーストらしいサウンドということにもなるのであろうが、こうしてみると、デプリースト=都響というのは、本当に素晴らしい結婚だったのだと気づかせられる。まるで、ジークフリートとブリュンヒルデのように! 来週の「アレクサンドル・ネフスキー」、是非とも、聴いておきたいものである。

【プログラム】 2007年11月23日

オール・ワーグナー・プログラム
1、前奏曲と愛の死(管弦楽曲版)〜歌劇「トリスタンとイゾルデ」
2、ヴェーゼンドンク歌曲集
 (S:佐々木 典子)
3、管弦楽曲〜歌劇「神々の黄昏」
 T 夜明けとジークフリートのラインの旅
 U ジークフリートの死と葬送音楽
 V ブリュンヒルデの自己犠牲と終曲

 コンサートマスター:矢部 達哉

 於:東京芸術劇場
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