2007/9/29

スダーン 東響 ブラ3 + 樫本大進のベートーベン 9/28  演奏会

東響の定期、久しぶりです。ガンバのショスタコ以来でしょうか。今回は音楽監督のスダーンが登場しての、サントリー定期です。まず、プログラム掲載のスダーンへのインタビューに、聞き捨てならない情報が含まれておりますので、報告しておきます。今シーズンは、ほとんどの定演のプログラムにハイドンの交響曲が含まれていますが、インタビューはそのことについての話題が中心です。そして、来シーズンの構想にも触れており、今期に演奏する「グレート」を除く、シューベルトの交響曲をすべて演奏するという計画が明らかにされているのです。

シューベルトの交響曲の国内での演奏状況は、ほとんど「未完成」と「グレート」だけに限られており、あとは「悲劇的」のニックネームがある4番と、5番が、ときどき演奏されるというくらいです。シューベルトの交響曲ツィクルスが完成するとすれば、それは日本の演奏史に残る快挙といえるでしょう。

さて、メインは樫本大進のヴァイオリン独奏による、ベートーベンの協奏曲でした。私の記憶が確かならば、ソリストが東響の定期のメインを飾ったのは、アンサンブル・ウィーン=ベルリンのメンバーを呼んで、モーツァルトの協奏曲ばかりをやった回を除くと、当時、前年の演奏会で大評判になっていたファジル・サイが「ラプソディ・イン・ブルー」を弾いた、2005年12月の演奏会以来のことです。樫本さんは、人気ありますね。終演後は、ブラボーの嵐でございました。もちろん、演奏もよかったとは思いますが・・・。

完璧に弾ききったという感じではないのですが、あの美しいソット・ヴォーチェには参りました。第1楽章のカデンツァは、明記してありませんが、彼の尊崇するメニューインの愛用したクライスラー版でしょうか。バックはもうすこし踊るような躍動感があればよかったのですが、スダーンらしい繊細なツケではありました。第1楽章は、それまでの旋律を挟みながら、それらを綺羅星のなかに散らすようなカデンツァの軽妙、かつ、コクのある響きと、それが明けるときの受けの繊細さが忘れられません。第2楽章も淡いロマンをすこしく寂しげに歌い上げ、第3楽章はロンド主題と次の副主題を浮き立たせる、オーケストラのふうわりとした支えが何ともいえません。

とはいえ、客観的にみると、この日の白眉は、前半のブラームスの交響曲第3番だったのではないでしょうか。楽曲はじまって、引きずるようなリズムの処理には、戸惑った方も少なくないかもしれません。まるでウィーンナー・ワルツでも弾くみたいに、後ろをすごく引っ張る。それから、その響きをぐっと持ち上げて、今度はごろっとひっくり返すんですね。それを、スダーンがからだ全体で表していました。なおかつ、ヴブラートを抑えて、ただでさえ少ない響きをギリギリまで引き伸ばして演奏させるんですから、これは厳しいです。難しい音楽づくりで、すべては実現できなかったのですが、日本のオケだからといって、まったく手抜きなしの要求をおこなったスダーンの本気の音楽づくりは賞賛に値します。

今回、その演奏を引っ張ったもうひとりの立役者に、コンマスの高木和弘がいます。予想のつかない指揮者、スダーンがつくる独特の世界のなかで、その翻訳者として指揮者以上にからだを張ったのが、彼です。すこしわからないなという場面でも、彼をみると、なるほど、スダーンはここにヤマをもってきているんだと、はっきりわかりました。第1楽章は特に、彼の動きが翻訳書になって、スダーンの意図を掴みながら楽しむことができました。中間の2楽章でも活躍は目立っていましたが、第4楽章ではまた、彼なしには成立し得ない、力強い推進力を楽しませてもらいました。両端楽章は、テンポ的には遅すぎるくらいです。あのスポーティな「ジュピター」を弾いた(これはテレビ観戦)スダーンが、まさか、こんな渋いブラームスをつくるとは予想だにしなかった。高木コンマスが、あのシャープなボウイングで全体を引率し、力づよく鼓舞しなかったら、東響のアンサンブルは、あの起伏の多い繊細な山谷を乗り越えられたでしょうか。

ここ数回の仕事ぶりで、とても気に入っていた高木コンマスですが、今回は正しく決定打といえます。高木コンマス、万歳!

最初のハイドンも、サントリーホールでやるには向いていない曲かもしれないですが、素敵な演奏でした。アンダンテの透徹とした美しさには、思わずうるっと来てしまいましたね。第2楽章は管が抜かれて、弦楽合奏のみの楽章なのですが、そのくせ、管の響きが模倣されたりする面白さもあります。内面にふかい哀愁が漂い、そこをキビキビと織っていくハイドンの精巧な筆致が楽しめます。両端楽章は、やはり高木コンマスのリードが際立っています。この方は、古楽器の素養をちゃんと積んできているそうで、それがこういう場面で、しっかり生きています。

全体に、木管は、もうすこし元気があってもよかったかもしれません。でも、全体を通して質の高い演奏会だったとは思います。東響、まだまだ学ぶものは多いですが、確実によい方向に向かっています!

ところで、首席チェロ奏者を務めていた音川健二さんが、8月21日をもって定年退職されたようです。目立つキャラクターではなかったものの、東響の低音をしっかり支えてくれたひとりでした。23年間の在籍ということです。長い間、ありがとうございました。また、チェロ・セクションでここ数年間、頑張ってくれたアデル・亜貴子・カーンズさんも、将来の首席候補かと期待していたのですが、しばらく(私が)来てないうちにお辞めになったようで残念です。昨年は、サントリーホールのサマー・フェスで、立派に現代音楽を演奏なさっていました。ソリストとして、もういちど頑張られるのでしょうか。今後の活躍を期待しております。


【プログラム】 2007年9月28日

1、ハイドン 交響曲第2番
2、ブラームス 交響曲第3番
3、ベートーベン ヴァイオリン協奏曲
 (vn:樫本 大進)

 コンサートマスター:高木 和弘

 於:サントリーホール
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2007/9/28

これは名盤 ロバート・クラフト 春の祭典 (NAXOS)  CDs

HMVの試聴で耳にしたとき、なんだ、これは・・・とたまげて買ってきてしまった録音ですが、やはり、これは名盤というべきですね。メインの「春の祭典」が凄いんですが、いままで聴いてきたハルサイとは、一体、何だったのかというほどの優れた演奏です。響きの美しさ、すっきりしたサウンドの見通しのよさ、そして、立体的な響きの立ち上がりと、空間的な響きの結びつきですね。千変万化の音色のゆたかさ。充実した肉厚の響きのデザイン。そして、機微を得た進退の妙!

ロバート・クラフト指揮フィルハーモニア管の演奏と聞いて、なんでいまさら、そんな聴いたこともない指揮者で、新しい録音を手に入れねばならないのか・・・と無碍に仰らないでください。とりあえず、聴いてみてほしいという感じですが、第1部の「大地への口づけ」が凄いといったら、すこしは興味を持たれるかもしれません。「賢人の行進」で響き自体は頂点を打つのですが、そのあと、「口づけ」の部分での生々しさが凄いです。すっと空気が抜けて、正しく、息を呑むそのときの映像が目に浮かぶよう。不協和音を強調するのではなく、かえって隠すことで、アンサンブルに不思議な静かさを与えているのが特徴です。「大地の踊り」は、その颯爽とした動きは目まぐるしいものの、むしろ、大地そのものを表すような品格が保たれ、決して「口づけ」の印象を越えません。

第2部の「生け贄」は、どのシーンも目に浮かぶような生々しさで演奏されています。といっても、サウンド自体は誇張なく、淡々としているとさえ言えそうです。見るも見事な精巧なつくりなのにも関わらず、どこをとっても、わざとらしいところがまったくない。まるで、この儀式が目の前でおこなわれているように、描写が細かく、デフォルメない重みが込められている。生け贄たちが神に捧げられる、最後の場面の描写は、えげつないといってもいいほど。弦管が息をあわせ、あの野卑なリズムを透徹とした正しさで、しかも力強く打っていくのだから堪らない。血が滴るなか、太陽に掲げられる生け贄たちの様子が、手に取るようにわかります。これは、大騒ぎになるはずですね!

カップリングも強力で、冒頭に収録のヴァイオリン協奏曲も、才色兼備のジェニファー・フラウチの独奏ですが、クリアーな響できで、柔らかく、やはりゆたかな音色に恵まれて、聴きごたえがあります。ほかに、珍しいカンタータ「星の王」と、管楽器のためのシンフォニー集を併録。クラフトは、ストラヴィンスキーの信頼も厚く、長くアシスタントを務め、シェーンベルクなどにも重用されていたそうです。ストラヴィンスキーというと自作自演が多く、また親交のあったアンセルメの功績がピックアップされますが、このクラフトこそ、本当に大事なパートナーだったのかもしれません。


 NAXOSレーベル 8.557508

 ヴァイオリン協奏曲は2006年4月、ハルサイは2007年1月のスタジオ新録音

 ほか2曲は、1992年、2001年録音の再録
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