2007/8/26

タケミツ・メモリアル・コンサート サイトウキネン・フェス 8/24  演奏会

松本市でおこなわれているサイトウキネン・フェスティヴァルのうち、タケミツ・メモリアル・コンサートに足を運んだ。こうした夏の地方音楽祭はこれが初めて。昼間は観光で、夜は、このコンサートという時間の使い方になったが、楽しかった。もちろん、コンサートのほうがとびきりによかったのが、決め手になった。

今回、わざわざ松本まで出かけたには訳がある。もちろん、武満さんの楽曲がメインだということもあるが、先日のエントリーでも書いたとおり、作曲家・中堅の江村哲二さんが亡くなられ、その曲目が含まれていた点は大きい。もうひとつは、私の注目するメッツォ歌手、波多野睦美さんがタケミツを歌うという、とても珍しいチャンスが生まれたせいである。

松本のザ・ハーモニーホールが会場だが、600席くらいの中規模ホールで、外見がいちばん美しいかも(!?)。天が高く、響きなどは悪くないのだが、客席はすごく狭い。松本駅ではなく、大糸線の島内駅といって、電車ならば4分くらいの距離なのだが、その電車は本数が少ない・・・とは知らなかったので、タクシーで駆けつける羽目になった。

まず、板倉康明さんがステージ上に出てきて、江村さんの逝去について案内をする。プログラムは、声→奇妙な誘惑→涙の谷にあなたを慕う→スタンザT→アナザー・プレイス→エア、という感じで、題名だけ並べても泣けてくるような内容だ。つまり、死神の声がかかり、その誘惑に勝てずに(亡くなり)、その恋人は涙の谷で故人を慕う。スタンザは詩の区切り、もしくは、場所という意味になる。人生の区切り=死、場所=墓場ということか。いちど天(アナザー・プライス)に昇るが、そこ(墓)に私はいません、眠ってなんていません・・・という展開だ。最後が「エア」だから、これは「せんのか〜ぜ〜に〜」という世界にちがいない。アンコールは、武満さんの葬儀で、黛さんが歌ったという「MI・YO・TA」だった。

江村さんの曲は、正直、あまり行き届いた演奏ではなくて残念だった。しかし、それは問題ではないのかもしれない。板倉さんのいうように、肉体はなくなっても、彼の残した魂は伝えていかなければならないのだから。それに、この日のプログラムは、正しく、彼のために用意されたようなものだったのだから、以って瞑すべしというものだろう。

HPのこのコンサートの紹介では、フルートと2つの手のイメージが象徴的に載せられている。ここからもわかるように、このコンサートの隠れた主役はフルートで、人声を含むウインドの味わいに焦点が当てられていることは明らかだろう。すべての曲目は、立花千春さんの独奏による、タケミツの「声(ヴォイス)」と「エア」でサンドウィッチされる格好になる。立花さんについて、私はあまり知らなかったが、なんと素敵なフルート奏者なのであろうか。彼女の吹いた2つの武満作品は、正しく声であり、エアであった。しかも、やや湿っぽい隠れテーマからすると、実に爽やかで、張りのある歌声でもある。彼女の演奏による2つの作品は、作曲者のイメージをハッキリと形にしたもので、これ以上のものは、なかなか望めないという出来だ。

波多野さんも素晴らしい。彼女は都留音楽祭の声楽講師に名を連ね、中心人物のひとりとなっている。21日が、そちらの音楽祭の最終日に当たる。この日から、1週間と隔たっていない。しかも今回、彼女が歌ったのは、自分が得意とする領域からはやや外れているのではないか。それにして、あのパフォーマンスなのだから、やはり只者ではないのだ。

権代敦彦の「涙の谷にあなたを慕う」は、2台ハープを従えてメッツォが歌う。ハッキリ言って、歌唱不能といっても過言ではないほど入り組んだ楽曲で、技巧的なものと、ドラマティックな要素が、網の目のように編みこまれていて、濃密な歌がぎっしり詰まって「天の川」のようになった楽曲だ。メッツォは、ほとんど歌いっぱなしで、休む間もないという感じ。波多野さんは、持ち前の美声とアジリタのキレだけでは勝負できず、ときどき声を張り上げたり、ドラマティックにわっと声を塗りこめるようなことまで求められる。すべてを歌いきるなんて無理なことだが、丁寧に声のフォルムを守りながらも、「涙の谷にあなたを慕う」幻想的な雰囲気を、聴衆にはっきりとイメージさせたのは驚くべきこと。篠崎母子のハープが息のあったパフォーマンスで、波多野さんの声を丁寧に彩っていく。

後半はじめの、武満さんの「スタンザT」も難しい曲であろう。演奏者は5人だけだが、なぜか指揮がつくのだ。指揮は、最初に挨拶をした板倉さんだが、弾いてみると納得だった。なにしろ、演奏する5人は、まったく別々の動きで、それぞれのパトスを形作っていくのだ。それが絶妙のバランスで組み合わさったとき、はじめて、ひとつの楽曲として輝く。板倉さんの双肩に、その重みがのしかかってくるのだが、pf&cemb=江口玲、g=鈴木大介、perc=竹島悟史、hrp=篠崎和子、Ms=波多野睦美という個性的なメンバーを、あそこまで見事にまとめ上げたのだから驚きだ。最後にメッツォが入るのだが、そこまでに、4つのパトスがいかにはっきりと自立し、他と向きあうことができているかで、演奏のクオリティが決まる。この日は、波多野さんが入るまでに、4つのパトスは完全に自立し、家族のように溶けあっていた。だから、人声が最後に全体をつなぐ響きとして挿入されたときに、我々は、あまりの美しさにたじろいでしまった。決め手となったのは、最後の波多野の声の、極めつけの美しさだった!

藤倉大の「アナザー・ワールド」は、弦楽四重奏による。彼らしい現代の職人的な仕事で、よくできた作品だといえるが、後半、やや停滞する感じも。江村さんならば、どう言っただろうか。演奏としては、リードとなる第1ヴァイオリンの伊藤亮太郎の演奏が、技巧的にはとても優れているのだが、ややプレゼンスに欠けるところがあって、いまいち楽曲のもつ本来の魅力が、引き出されきらなかった印象も・・・。

演奏会は前述のとおり、立花さんの「エア」で最高潮に達し、そのまま幕を閉じるかに思われたが、最後に、素晴らしいプレゼントがあった。それは、鈴木さんのギター伴奏、波多野さんの独唱による、武満「MI・YO・TA」の演奏だった。波多野さんは、丁寧な日本語を乗せながら、この曲を大事に歌い上げて大喝采を受けた。この曲は、武満さんの正式な作品ではないが、氏の葬儀にあたり、かつて氏の創作をサポートしていた黛敏郎さんが、そのメロディーを憶えていたのに谷川俊太郎さんが詩をつけて、黛自身がうたって故人への供物としたのである。当然、これを歌ったということは、武満さんとともに、江村さんへの餞であったことは論を待たないだろう。

素晴らしい演奏会だった。演奏がよかったのは大事なことだが、それ以前に、こころが温かくなるコンサートだった。頑張って、松本まで足を運んだ甲斐はあった!

【プログラム】 2007年8月24日

1、武満徹 声(ヴォイス)
2、江村哲二 奇妙な誘惑
3、権代敦彦 涙の谷にあなたを慕う
4、武満徹 スタンザT
5、藤倉大 アナザー・ワールド
6、武満徹 エア

 於:ザ・ハーモニーホール(松本)


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2007/8/26

谷口睦美 ミニ・リサイタル → 濱倫子&ルベン・メリクセティアン ピアノ・デュオ 8/22  演奏会

この日は、実に素晴らしい一日だった。まず、昼ごろは、神楽坂はアグネス・ホテルのランチタイム・コンサートで、メッツォの谷口睦美がミニ・リサイタルを開いた。彼女は、コンヴィチュニイ演出の二期会公演「ティート帝の慈悲」でセスト役を歌って、大成功を収めたのを聴いているので、少しばかり親しみがある。今後は、9月初旬に「カルメン」抜粋などの公演が控える模様。曲目は、その「カルメン」のなかの名曲「ハバネラ」と「セギディーリャ」の2曲をメインに、「フィガロ」のケルビーノのアリア「恋とはどんなものかしら」と「サムソンとデリラ」外題役のアリア「あなたの声に私のこころも開く」、それに加えて、伴奏ピアニストの五味こずえがショパンのワルツ第1番を披露した。

谷口の歌唱は、セストのときから比べると相当に肉厚になっており、これは当面の目標となっている、カルメン役に備えたものであるのは明らかだろう。カルメンの2曲では歌い崩しを多用して、何ものも縛ることのできないカルメンの、自由な生き方を歌そのものから引き出そうとする意図が感じられる。ただし、「ハバネラ」はやや崩しすぎで締まりがない感じに聴こえたので、もうすこし基本的なフォルムを大事にしたほうがいいのかもしれない。あとのデリダでも感じたが、ヨーロッパ人でも難しかろうフランス語の発音は、まったく違和感がないレヴェルで、よく鍛えられている。

ランチタイム・コンサートは、アーティスト自身が進行するので、短いトークを交えたミニ・リサイタルとなった。写真では可憐な感じだが、実際は、土佐女の芯のつよさで、いわゆる姉御肌だ。声にも、その面がつよく染み出している。デリダのアリアが、この日のいちばんの聴きもので、カルメンとはまた一味ちがう、相手を包み込むような膨らみのある歌いっぷりに、会場は思わずうっとり。この曲目は、後日のコンサートでも曲目に入っており、得意の曲というところであろう。ここのレストランは高級なので、ランチまでホテルでとった人は1/3くらいとみえた。基本がしっかりしているので、安心して聴ける歌だった。こうして間近にみると、体の使い方がよくわかって興味ぶかくもあった。

昼間、ぶらぶらと歩いて、夜は再び飯田橋のトッパンホール。このホールには、会員制度とチケット販売のあり方に不公正なものを感じて以来、しばらく近づいていないが、濱倫子が出るとあっては止むを得ない。前もって期待感を表明していたデュオだが、予想以上だった。数年前の印象どおり、濱もやはり素晴らしいピアニストだったが、パートナーのメリクセティアンがまたキレのいいピアニストで、この2人のデュオは、聴けたのが本当に幸せという内容だった。メリクセティアンは、公演前、どうしても名前が憶えられなかったが、いまはそんなことはない!

まず、モーツァルトの KV448 のソナタで、度肝を抜かれた。この2人の凄さ、それは音色のゆたかさだ。モーツァルトのピアノ曲は、表情のゆたかさでは、後世の音楽家たちにまったく引けをとらないと思っていたが、これほど音色が豊富だというイメージはなかった。2人の動きが平面的に対比されるだけでなく、このことで、信じられないほど立体的な楽曲のイメージを作り上げたのは見事というほかない。

このことから、つづくラヴェル「スペイン狂詩曲」への期待は高まったが、予想をさらに上回るカラフルな演奏に、涙さえも浮かんでくるほどだ。肩を並べての連弾での演奏だが、2人のイメージは完全にシンクロしており、選び抜かれた色彩と強度のバランスが何ともいえない。

大事な素材のアピールも巧みで、「夜への前奏曲」の最初の部分でじっくりと香りを浮き立たせて演奏し、こうして印象づけておけば、演奏の半ばは成功だったと評しても過言ではない。「ハバネラ」では他の3曲に先立って成立していた作曲事情から、このテーマ自体は現れないものの、2人はよくよくスコアを検討し、それにちかい素材があることを見つけ出している。第2曲「マラゲーニャ」のやや黒みがかった色彩感と、第4曲「祭り」の暖色系の色彩感と、どちらが白眉であったかは微妙。いずれにしても、オーケストラをも上回る音色のゆたかさと、表情の尖鋭さを、2人はハッキリと印象づけており、これはなかなか体験できない名演というべきだ。

濱の軽快な動きに対して、メリクセティアンのふかい打鍵が印象づけられた。

休憩後の後半も、上質のパフォーマンスがつづく。濱たちの拠点に身近な環境に住んでいて、2人が独特の共感をもつリームの「4手のためのいくつかの短いワルツ」は、他愛もない愛奏曲のような感じで、聴きやすいものばかりだった。「いくつか」というわりに曲数は多く、もしかしたら調性をずらしながら、ショパンのワルツのような(それよりもずっとシンプルだが)イメージで、書きためていったのかもしれない。2人の連弾演奏はとてもリラックスした雰囲気で、リームのもつ温和な一面を垣間見せた。

最後のラフマニノフ「組曲第2番」も、よくまとまった演奏であった。ここでは音色のカラフルさという前半の印象に対し、より構造的な立体性というところに焦点が当てられて、アプローチが変わっているように思えた。ざっくりいえば、前半はフランス的、後半はドイツ的だ。その点で、ワルツのフォルムを支えた構造美が印象的で、それに加えて、タランテッラの大きな構えを内側から支える打鍵の深さと、精確さに注目すべきだろう。また、ロマンスでは曲想のロマンティックさに流されることなく、力の抜けた落ち着いた響きを丁寧にまとめ上げ、静かなるクライマックスを築いていた。

この日のパフォーマンスに臨むことのできた聴衆は、ラッキーだった。メリクセティアンは、濱に勝るとも劣らないゆたかな音色に恵まれ、フォルムの美しさでは、彼女を凌ぐほどといえるのかもしれない。その彼が、ただでさえエキサイティングな濱のパフォーマンスを、あくまで紳士的にサポートしてくれるのだから、濱にとって、これに勝る幸せはないだろう。かくして、このデュオは何十年もつきあった2人のように、ぴったり息のあったところを見せてくれたし、特に「スペイン狂詩曲」でみせたような、抜群の色彩感は、互いの持ち味を指数関数的に増幅してさえいた。こうして互いを高めあうデュオというのは、なかなか見られるものではないのだ!


【プログラム】 2007年8月22日

アグネスホテル ランチタイム・コンサート

○ビゼー <ハバネラ><セギディーリャ>
      〜歌劇「カルメン」より
○ショパン ワルツ第1番「皇帝円舞曲」
○モーツァルト <恋とはどんなものかしら>
         〜歌劇「フィガロの結婚」より
○サン=サーンス <あなたの声に私のこころも開く>
           〜歌劇「サムソンとデリダ」より

 Ms:谷口 睦美  pf:五味 こずえ


濱倫子&R.メリクセティアン ピアノ・デュオ

1、モーツアルト 2台のピアノのためのソナタ KV448
2、ラヴェル スペイン狂詩曲
3、リーム 4手のためのいくつかの短いワルツ
4、ラフマニノフ 組曲第2番

 於:トッパンホール
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