2007/8/12

イタリア声楽コンコルソ 本選会 8/11  演奏会

イタリア声楽コンコルソの本選会を聴いてきた。今回は、ボローニャ音楽院学長のカルミーネ・カッリージと、カーティア・ロローヴァが、特別招聘審査員として招かれた。また、審査委員長には中川牧三氏が当たるはずだったが、高齢のため、当日のうだるような暑さを心配して、この場には来られなかったとの次第である。

さて、同コンコルソは1980年9月1日以降出生者を対象としたミラノ部門と、1971年9月1日以降出生者を対象としたシエナ部門に分かれる。今回はミラノ部門はやや低調、シエナ部門は実力伯仲で混戦という展開であった。

ミラノ部門では、本選進出の7人のうち、4人に注目した。1番の松下美奈子さんは1983年生まれ、大阪音大出身のソプラノ。「ボエーム」の名アリア<私の名前はミミ>を軽やかに歌って、オープニングを彩った。クリアな発声でミミの魅力を確かに感じさせたが、ベッリーニのアリアでは、曲の難しさを克服できなかった。私の評価では4番手の大穴。やはり、受賞はなし。

4番の上田純子は1981年生まれ、国立音大卒のソプラノ。ヴェルディの「海賊」のアリア<彼はまだ戻ってこない!>と、同じくヴェルディの「群盗」のアリア<私は恥ずべき祝宴から逃れて>を歌い、同じ作曲家ながら、表現力ゆたかに2つのキャラクターを演じ分けた上、確かな技巧を下地にしたドラマティックな歌唱を印象づけた。ただし、同じ作曲家の作品を歌うということは、選考からみればやや不利ではないかと思われたものの、結果からみればソプラノ大賞を授けられた。私の評価では、部門で2番手だった。

6番の岸七美子が、私はもっとも気に入った。1981年生まれ、藝大卒のソプラノ。モーツァルト「コジ」のアリア<岩のように揺るがずに>の歌唱は、安定した基礎に基づいた品のいい歌いぶりで、ちかく二期会でうたった歌手よりも、私はいいと思った。ヴェリズモの歌唱は、現在の持ち味からは遠すぎる選曲だが、思いきった歌唱で悪くはなかった。発声がやや潰れている点が難点であり、好き嫌いのする声かもしれない。私の評価は1番だが、結果としては受賞なし。

7番の芹澤佳通は、ミラノ部門で本選に残った唯一の男声。国立音大出身のテノール。彼が優勝した。ヴェルディ「ルイザ・ミラー」のアリア<穏やかな夜に>と、ドニゼッティ「ルチア」のアリア<わが祖国の墓よ>で、衒いのない、真っすぐな歌唱を聴かせたのが評価されたものとみる。私の評価では3番目。唯一の男声というアドヴァンテージもあった。肉厚な歌声だが、いまのところ基本も甘く、遊びがない。イタリアでじっくり学んでも、ちょっと厳しいのではと見る。大化けに期待したい。

このほか、2番の竹下みず穂が、先行きを期待されるコンテスタントに贈られるイタリア大使杯を受賞。私としては、まったくのノーマーク。ファルセットの使い方がうまいものの、それに頼りすぎた歌唱で、良い歌手に変わっていくためには、基本からやりなおしていく必要がある。

シエナは、高レヴェルで拮抗した有力な歌い手が揃ったが、特に、男声陣の充実が目立った。8番の鐘皓(ゾン・ハオ)が優勝したが、男声5人はどれも魅力的。女声は15番の平川千志保、17番の田邊清美というところが気に入った。受賞こそならなかったが、田邊の歌唱は基本に忠実なすっきりした発声ながら、堅苦しくならず、技巧的にもっとも充実していたことは明白だったが、やや折衷的という感じもする。特に、「トロヴァトーレ」での歌唱は魅力的ではあるものの、自分の声との対話という点では、やや違和感もあった。京都市立芸大といえば谷村由美子と同門だが、同じように清楚な声のソプラノだった。イタリアよりは、ドイツで学んだほうがいいのかもしれない。

受賞者は、どこか新しいイメージを切り開いていく可能性のある人たちが選ばれている。優勝の鐘皓や、金賞の藤原海考は、過去の歌手たちのイメージに捉われることなく、素直に、自分の声をつくっていることが評価された。特に、鐘皓の「セヴィリアの理髪師」のアリア<陰口はそよ風のように>など、この前に来日したスポレート歌劇場の歌い手よりも、ずっと軽やかで、説得力のある演唱だった。受賞後の再演奏では「シモン・ボッカネグラ」のほうを歌い、本人としては正統派を狙う感じだが、ペーザロあたりに行くか、バロックあたりを学んで、ステップアップしていくほうが、彼には向いているような気もする。

ドニゼッティ「愛の妙薬」の名アリア<人知れぬ涙>を歌った2人のテノールの対比は面白かった。片や金賞の藤原、もうひとりは、10番の西岡慎介(こちらは受賞なし)。西岡はイメージとしては正統的な、すこし鼻にかかったネモリーノ声で、いろいろな録音をよく聴きこんで勉強しているのであろう。内向きで突き抜けていくものがないし、高音の伸びが抑えられてしまうが、全体としての歌唱は決して悪くなかった。ロッシーニ<ウィリアム・テル>のアリアも、あふれる叙情性をうまくコントロールして、我々に提示した。だが、藤原のネモリーノが、それを相対化してしまう。彼の発声は、ネモリーノというよりは、藤原自身。これまで聴いたことのないキャラクター像が浮かび上がっており、面白かった。

12番の加藤利幸は、テノール特賞に留まった。どういう順位になるかはともかく、どこかには入るだろうとは思われた。技術的な安定感がピカイチなのだが、そのよさが表現の高みに達するまでにロスがあるようで、歌唱は巧くても、なかなかそれを表現に結びつけられない。

15番の平川千志保は、ヴェルディ「リゴレット」のアリア<慕わしい方の名は>で、シャープな歌唱を聴かせて金賞を受けた。後半の細切れな部分が馬鹿っぽくなってしまうなど、思わぬところで雑になったのが響いたが、「ルチア」の<あたりは沈黙に閉ざされ>も活き活きと歌い上げていたし、持ち前の美声を存分にアピールできたとは思う。歌唱をコントロールする知性の部分で、さらなる研磨に期待したい。

そのほか、谷原めぐみが受賞したが、ノーマークだった。彼女の魅力や可能性は、素人の私にはわからない。全体的に、現時点での完成度というよりは、まだそこを割っていない人の可能性のほうに重きが置かれた選考という印象だ。

17人が歌いおわり、30分くらい巻きで進んでいたはずが、余興の過去の演奏者による演奏披露がおわっても、全然、結果が発表される素振りもなく、当初、結果発表予定の18:30も過ぎてしまう。結局、選考終了から1時間ちかくも経って、受賞者が発表された。これは多分、シエナ部門の実力伯仲による選考の難航によるものと思われる。このコンコルソは大賞が圧倒的に優遇されるため、僅かの差で特賞、金賞などに甘んじた人たちは、可哀想なことになるのだ。そんなこともあって、結果を聞いて、なんとなく釈然としない雰囲気の会場でもあった。

表彰式で、折角の招聘審査員のカルミネ・カッリージさんのお姿が見えないのも、どういうことなのだろうか。講評もなし。審査委員長は暑さで来ない。審査員のマルチェッラ・レアーレは、しきりに時間を気にしている・・・。いかにもイタリアらしいファジーさというべきか。今回、このコンコルソにはじめて来たが、いつも、こんな感じなのであろうか。どこか締まらない表彰式になってしまった。
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2007/8/12

女性作曲家音楽祭 室内楽・器楽E 8/10 (19:00-)  演奏会

8月6日から10日までのウィーク・デイを使って、杉並公会堂の小ホールを舞台に、「女性作曲家音楽祭2007」と題した公演群がおこなわれていたことは、どれだけ知られているだろうか。小林緑女史(音楽学)をブレーンに、知られざる作品を広める会(代表:谷戸基岩)の主催による。

プログラムは1日の昼夜で2-3公演が組まれ、それらの曲目は、すべて18世紀以降に活躍した女性作曲家によるもので、総勢19人の知られざる才能が紹介された。中で、一般的に広く知られているのは、シューマン夫人にして、ブラームスの憧れの人でもあったクララ・ヴィークと、メンデルスゾーンの姉としてのみ有名なファニー・メンデルスゾーンぐらいのものであろう。あとはピアノ・ファンであれば、アンジェイ・ヤシンスキやその弟子のツィメルマンが頻りに演奏するバツェビッチの作品には接したことがあるかもしれない。

本来ならば、武久源造氏の出演する公演もあり、もうすこし多くの演奏に接したかったところだが、事情許さず、ファイナルとなる10日夜の最終公演にようやく間にあった。演奏者は、ヴァイオリンの小林美恵とチェロの長谷川陽子、ピアノの仲道祐子という3人。私から言わせれば、なかなかの曲者が揃ったという印象である。

最初に演奏されたポリーヌ・ヴィアルド=ガルシア(1821-1910)の「ヴァイオリンとピアノのためのソナティネ イ短調」が、実は、この日、もっとも印象に残った作品である。作品はほかの男性作曲家の作品に譬えるのも難しく、アダージョ−スケルッツォ(アレグロ)−アレグロの3楽章からなり、形式的には古典的なものであるとはいえ、演奏の自由度が高く、構えの大きな作品であった。それには、小林独特の響きのゆたかさと、大らかなスケール感のある演奏スタイルも貢献している。この演奏を聴いて、早くもこの音楽祭の大きな意義を覚ることができた。女性作曲家の作品を語ることは、忘れられた歴史の断片をもとのピースに戻すことだ。こういう独特の味わいのある作品を除いて考えるとすれば、我々のクラシック音楽の伝統への認識は、所詮、虫くいのものにすぎなかったのだ!

ただし、その後、演奏された曲目のなかで、このヴィアルドほどのふかい感銘を受けた作品はない。演奏会の最後に演奏されたルイーゼ・アドルファ・ル・ボー(1850-1927)のピアノ三重奏曲は、ブラームスのそれを連想させる重厚な曲で、3つの楽器が均等に押しあうような構造の逞しさに瞠目させられた。とはいえ、ヴィアルドの作品と比べると、ミッシング・リンクといえそうな未知の要素は見出せなかったからだ。しかし、ロマン派の音楽に強い傾倒のある人ならば、この作品をディスカヴァーしたことに大きな喜びを見出した可能性もある。

本来ならば、主催者のこれはと思う作曲家を選んで、この機会にふかく抉っていくのが正道だが、その場合、聴き手の側の「波長」にあわない可能性もある。こうして多くの作曲家を集めたことで、聴き手の好みなどに左右されることなく、「女性作曲家」に対する価値の判断をなるべくフラットに促そうとした主催者の配慮には敬意を表したい。

セシル・シャミナード(1857-1944)は、華やかなりし19世紀後半のパリで活躍し、22歳にして国民音楽協会のメンバーに選ばれるなど、シャミナードの才能は、プロフィールを見るかぎりは、相当に優れたものだったことが窺われる。さて、このピアノ三重奏曲第1番は、アレグロ−アンダンテ−プレスト・レッジェーロ−アレグロ・モルト・アジタートの4楽章。演奏のほうは、ちょっと個性派3人の音色が噛みあわずに、この曲のもつ魅力を十分に表現することはできなかった。だが、端々に感じられたのは、高い音楽的知見に支えられたシャミナード独特のユーモアで、特にスケルッツォであるプレスト・レッジェーロの変幻自在な響きのマジックには、驚かされた。

歴史的な名教師として有名なナディア・ブーランジェの妹であるリリ・ブーランジェ(1893-1918)は、作曲家としてはローマ大賞の2位に甘んじたナディアの雪辱を果たし、19歳にして見事に優勝したという作曲家だった。ローマ大賞はかなり独特の選考方法と基準によるコンペなので、優勝したから即座に優秀とはいえない面もあるが、今回紹介された「ピアノのための3つの小品」を聴くかぎり、確かに同賞を受けるに相応しい、ゆたかな古典的教養の持ち主ではありそうだ。フランクのシンプリシティ、そして、ドビュッシー的なサウンドの色彩感が何とも印象的な小品。仲道の演奏は基本に忠実で、適度な柔らかみのある、まろやかなサウンドで悪くないが、集中力では姉に及ばない。なお、リリには僅か25年しか寿命が与えられておらず、大賞の特典であるローマ・メディチ荘への滞在も果たせなかった。

ルボーの「チェロとピアノのための4つの小品」(op.24)は、ハンブルクの匿名のコンペティションで優勝したときの出世作であり、男性の優勝者を想定してポスターに’Herr’の文字が印刷されていたのを、急遽、’Fraurein’(a、はウムラウト付き)に改めたというエピソードにまつわる作品だ。このコンペがどういう性質のものだったかは詳しく知らないが、多分、ローマ大賞のような古典的な大作によって争われるのではなく、市井の中で親しみやすいような作品を、広く募ったものであったと想像する。というのは、この作品があとで演奏したピアノ・トリオの作品と比べると、ずっとわかりやすい語法で書かれ、チェロの歌ごころが存分に生かされた作品だからである。作風としては国民楽派を思わせるようなローカリズムの土臭さと、力強い叙情性が特徴的だ。

演奏した長谷川は飾らない人だが、そのくせ濃密な存在感のあるチェリストで、多分、以前に藝大で少しだけ聴いたことがあるが、今回、野太い歌声のチェリストとして、改めて、強く印象づけられたものである。

こうして、なかなかエキサイティングな展開のファイナル・コンサートが終了した。これなら、1日ぐらい夏休みをとって、足を運んでおいてもよかった。最後、硬い椅子に配慮して、主催者がわざわざ用意して敷いていた京都のお店の座布団が、お土産として聴衆に配られたのは嬉しいこと。プログラム(ガイドブックと称す)も各作曲家の写真入りの伝記つきになっており、とても立派。公演チケットにしてもかなり安価で、とても採算性どころの話ではないだろうが、主催者らの熱意には、改めて敬意を表さなくてはなるまい。

ちなみに本年は、ここで取り上げられたシャミナードの生誕150年の記念の年であり、その誕生日である8月8日を中心にして、日程が組まれたのだという。

【プログラム】 2007年8月10日 (19:00-)

1、ヴィアルド ヴァイオリンとピアノのためのソナティネ
2、シャミナード ピアノ三重奏曲第1番
3、L.ブーランジェ ピアノのための3つの小品
          (古い庭で/明るい庭で/行列)
4、ル・ボー チェロとピアノのための4つの小品
          (ロマンス/ガヴォット/子守唄/マズルカ)
5、ル・ボー ピアノ三重奏曲

 vn:小林 美恵 vc:長谷川 陽子 p:仲道 祐子

 於:杉並公会堂(小ホール)
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