2007/8/10

松村禎三氏がご逝去  ニュース

遅れ馳せながら、残念な報に接しました。わが国を代表する作曲家のひとりである松村禎三氏が、8月6日、肺炎のため亡くなられたということです。享年は、78歳。

故人は、池内友次郎や伊福部昭に師事しながら、独特のスタイルで作曲をつづけられました。キャリア初期の活躍は既に知ってのとおりですが、一昨年には新国立劇場の地域招聘公演の第1回として、氏の労作、オペラ「沈黙」が上演されて大きな反響を呼び、今年の1月にも、間宮芳生氏のプロデュースする都響のシリーズで、ピアノ協奏曲第1番などが演奏され、我々、若いファンには衝撃的な印象を残しました。そのいずれの演奏会にも、氏は不自由な足もとを引きずりながらも、元気な姿を見せてくれていたものです。氏の創作が見直されようとする、その矢先に亡くなられるとは、いかにも皮肉です。

松村氏は、特に寡作な作曲家として知られています。「沈黙」などは、指揮者の若杉弘などのサポートも受けながら、実に13年もの歳月をかけて完成に至ったと言います。その結果、出来上がった作品の多くは、生半可に演奏することのできないような濃密さを持っていました。師の伊福部の作品は、濃密で厳かな内容のなかにも、どこか親しみやすくて、繰り返して演奏したくなるような要素があります。しかし、松村氏の作品は、心構えをちゃんとしなければ弾くことができないような、本当に厳しい作品ばかりです。

例の「沈黙」も東京公演で拝見しましたが、面白い/面白くないというレヴェルを越えて、ずっしり重みのある、人間の内面の奥深いところにあるような問題へと我々を導いていく凄い作品であり、ほかに換えのきかない独特の歌劇であると言えます。音楽的にもそうなのですが、ストーリー自体が、オペラにつきものの愛憎のことにこじつけることなく、信仰という問題を通して、人間にとって生きるとはどういうことなのかを、正面から問いかける壮絶な内容だからです。これは、とても難しい作品です。でも、だからこそ、繰り返して上演することに価値があるのではないでしょうか。

中堅の知将、江村氏につづいて、老参謀の松村氏を喪ったことは、日本の作曲界にとって大きな痛手であります。世間的には御霊のお帰りになる季節ですが、まずは、氏のご冥福をお祈り申し上げます。こういう時節柄ですから、よろしければ、しばらく留まって、お酒でも召しあがってから、お旅立ちください。松村さん、ありがとうございました。
0

2007/8/10

長尾春花さんの日記より  

過日、仙台国際コンクールで活躍した、ヴァイオリンの長尾春花さんが,こんなことを書いていらっしゃいます。読んでみてください。

 長尾春花 ブログ:
 http://d.hatena.ne.jp/nagaoharuka/20070809

ここで特に触れたいことは,まずひとつは、最後に「今日は長崎原爆投下の日でしたね」というコメントがついていることです。彼女のような若い世代にも,一応,これぐらいの記憶は入っているということを、素直に喜びたいです。すこし学業が落ち着いたら,広島や長崎にも行ってもらいたいなあ。

もうひとつは、ここで彼女がいのちについて、すこし想いを巡らしてくれたということについて。彼女の書いたことで面白い(というのは不謹慎かもしれませんが)のは、そんなに親しい間柄ではないけれど、交通事故で亡くなったという少年のために、自分の想像力を使っているということです。私からみれば、ちょっと考えが浅いかなという気はするけれど、確か彼女はまだ高校3年生ですから。いちばん抜けているのは、「もし私のお友達だったらとか、もし私の家族だったら、子供、孫だったら…と考えると本当に辛いです」と仰っている反面、自分だって、いつ思いがけないことになるかもしれないということについては、一言も触れていないことでしょうか。

9日、ラジオで川田龍平さんが出演なさっていたのを思い出します。ご存じのように、彼は血友病の治療のための血液製剤によって、HIVに感染させられた患者のひとりです。19のとき原告団に加わり、実名を公表して問題を訴えたことで有名になりましたが、先の参院選で東京選挙区から出馬、当選して議員になりました。パーソナリティの大竹まことのインタビューはちょっと空回りだったけど、彼が誕生日を迎えたときに、今年もひとつ年をとれたという想いがするという言葉を紹介したのは、いやに胸に残ったのです。川田さんの場合はHIVポジティヴですから、発病を抑えるのにかなり効く薬ができたとはいえ、いつ発病するかもしれないという想いがあって、そんな風に感じるわけですよね。でも、我々には、そこまでの差し迫った危機感はないです。

だけれども、川田さんのように1年1年を大事に生きようと考えることができれば、私たちの人生も、随分とちがったものになるのではないでしょうか。長尾さんには、そういうところに気づいてほしかったと思いました。ほとんど、いまの彼女と同じころ、川田さんはまだまだHIVポジティヴィへの偏見が酷かった時代に、敢えて実名を公表して、社会のなかに無視できない問題があることを、我々に気づかせてくれたのです。実は、彼らの活動に近しい高校の先輩がいたこともあって、こういう言い方が適切なのかどうか分かりませんが、彼は、私にとって一種のスター的な存在でした。

実は、長尾さんの弟ではないけれど、私も小学時代、同級の仲の良かった友人を交通事故で亡くしています。彼がいなくなっても、当たり前のように過ぎていく毎日は、すこしだけ不思議だったのですが、当時の私は幼かったこともあって、失われていったいのちに対してかなり鈍感だったと感じます。

彼女の文章でもうひとつ特徴的なのは、その子自身の無念さにも触れてはいるのですが、「その子の親はまさか今朝の『行ってきます』が自分の子の最後になるなんて思ってもなかったはず」とか、「家族や親戚、身の回りの方々みんな期待していたと思います」などといって、子どもが、両親をはじめとした周囲の人たちとの関係のなかでこそ、特別の価値を持つことをよく知っている点です。これは女性に生得的に備わった母性の賜物ともみることができますが、ここはやはり、周囲からのたくさんの助けが必要な、彼女の進む独特の道のなかで培われた感覚に違いないだろうと思いました。

ひとりの犠牲を肴にするようで、ちょっと申し訳ないのですが、彼女の記事から思うところがあったので、すこし書いてみました。長尾さんのますますの活躍に期待しつつ、犠牲になられた少年の御霊を、微力なりともお慰めできればと存じます。
2



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ