2007/8/12

女性作曲家音楽祭 室内楽・器楽E 8/10 (19:00-)  演奏会

8月6日から10日までのウィーク・デイを使って、杉並公会堂の小ホールを舞台に、「女性作曲家音楽祭2007」と題した公演群がおこなわれていたことは、どれだけ知られているだろうか。小林緑女史(音楽学)をブレーンに、知られざる作品を広める会(代表:谷戸基岩)の主催による。

プログラムは1日の昼夜で2-3公演が組まれ、それらの曲目は、すべて18世紀以降に活躍した女性作曲家によるもので、総勢19人の知られざる才能が紹介された。中で、一般的に広く知られているのは、シューマン夫人にして、ブラームスの憧れの人でもあったクララ・ヴィークと、メンデルスゾーンの姉としてのみ有名なファニー・メンデルスゾーンぐらいのものであろう。あとはピアノ・ファンであれば、アンジェイ・ヤシンスキやその弟子のツィメルマンが頻りに演奏するバツェビッチの作品には接したことがあるかもしれない。

本来ならば、武久源造氏の出演する公演もあり、もうすこし多くの演奏に接したかったところだが、事情許さず、ファイナルとなる10日夜の最終公演にようやく間にあった。演奏者は、ヴァイオリンの小林美恵とチェロの長谷川陽子、ピアノの仲道祐子という3人。私から言わせれば、なかなかの曲者が揃ったという印象である。

最初に演奏されたポリーヌ・ヴィアルド=ガルシア(1821-1910)の「ヴァイオリンとピアノのためのソナティネ イ短調」が、実は、この日、もっとも印象に残った作品である。作品はほかの男性作曲家の作品に譬えるのも難しく、アダージョ−スケルッツォ(アレグロ)−アレグロの3楽章からなり、形式的には古典的なものであるとはいえ、演奏の自由度が高く、構えの大きな作品であった。それには、小林独特の響きのゆたかさと、大らかなスケール感のある演奏スタイルも貢献している。この演奏を聴いて、早くもこの音楽祭の大きな意義を覚ることができた。女性作曲家の作品を語ることは、忘れられた歴史の断片をもとのピースに戻すことだ。こういう独特の味わいのある作品を除いて考えるとすれば、我々のクラシック音楽の伝統への認識は、所詮、虫くいのものにすぎなかったのだ!

ただし、その後、演奏された曲目のなかで、このヴィアルドほどのふかい感銘を受けた作品はない。演奏会の最後に演奏されたルイーゼ・アドルファ・ル・ボー(1850-1927)のピアノ三重奏曲は、ブラームスのそれを連想させる重厚な曲で、3つの楽器が均等に押しあうような構造の逞しさに瞠目させられた。とはいえ、ヴィアルドの作品と比べると、ミッシング・リンクといえそうな未知の要素は見出せなかったからだ。しかし、ロマン派の音楽に強い傾倒のある人ならば、この作品をディスカヴァーしたことに大きな喜びを見出した可能性もある。

本来ならば、主催者のこれはと思う作曲家を選んで、この機会にふかく抉っていくのが正道だが、その場合、聴き手の側の「波長」にあわない可能性もある。こうして多くの作曲家を集めたことで、聴き手の好みなどに左右されることなく、「女性作曲家」に対する価値の判断をなるべくフラットに促そうとした主催者の配慮には敬意を表したい。

セシル・シャミナード(1857-1944)は、華やかなりし19世紀後半のパリで活躍し、22歳にして国民音楽協会のメンバーに選ばれるなど、シャミナードの才能は、プロフィールを見るかぎりは、相当に優れたものだったことが窺われる。さて、このピアノ三重奏曲第1番は、アレグロ−アンダンテ−プレスト・レッジェーロ−アレグロ・モルト・アジタートの4楽章。演奏のほうは、ちょっと個性派3人の音色が噛みあわずに、この曲のもつ魅力を十分に表現することはできなかった。だが、端々に感じられたのは、高い音楽的知見に支えられたシャミナード独特のユーモアで、特にスケルッツォであるプレスト・レッジェーロの変幻自在な響きのマジックには、驚かされた。

歴史的な名教師として有名なナディア・ブーランジェの妹であるリリ・ブーランジェ(1893-1918)は、作曲家としてはローマ大賞の2位に甘んじたナディアの雪辱を果たし、19歳にして見事に優勝したという作曲家だった。ローマ大賞はかなり独特の選考方法と基準によるコンペなので、優勝したから即座に優秀とはいえない面もあるが、今回紹介された「ピアノのための3つの小品」を聴くかぎり、確かに同賞を受けるに相応しい、ゆたかな古典的教養の持ち主ではありそうだ。フランクのシンプリシティ、そして、ドビュッシー的なサウンドの色彩感が何とも印象的な小品。仲道の演奏は基本に忠実で、適度な柔らかみのある、まろやかなサウンドで悪くないが、集中力では姉に及ばない。なお、リリには僅か25年しか寿命が与えられておらず、大賞の特典であるローマ・メディチ荘への滞在も果たせなかった。

ルボーの「チェロとピアノのための4つの小品」(op.24)は、ハンブルクの匿名のコンペティションで優勝したときの出世作であり、男性の優勝者を想定してポスターに’Herr’の文字が印刷されていたのを、急遽、’Fraurein’(a、はウムラウト付き)に改めたというエピソードにまつわる作品だ。このコンペがどういう性質のものだったかは詳しく知らないが、多分、ローマ大賞のような古典的な大作によって争われるのではなく、市井の中で親しみやすいような作品を、広く募ったものであったと想像する。というのは、この作品があとで演奏したピアノ・トリオの作品と比べると、ずっとわかりやすい語法で書かれ、チェロの歌ごころが存分に生かされた作品だからである。作風としては国民楽派を思わせるようなローカリズムの土臭さと、力強い叙情性が特徴的だ。

演奏した長谷川は飾らない人だが、そのくせ濃密な存在感のあるチェリストで、多分、以前に藝大で少しだけ聴いたことがあるが、今回、野太い歌声のチェリストとして、改めて、強く印象づけられたものである。

こうして、なかなかエキサイティングな展開のファイナル・コンサートが終了した。これなら、1日ぐらい夏休みをとって、足を運んでおいてもよかった。最後、硬い椅子に配慮して、主催者がわざわざ用意して敷いていた京都のお店の座布団が、お土産として聴衆に配られたのは嬉しいこと。プログラム(ガイドブックと称す)も各作曲家の写真入りの伝記つきになっており、とても立派。公演チケットにしてもかなり安価で、とても採算性どころの話ではないだろうが、主催者らの熱意には、改めて敬意を表さなくてはなるまい。

ちなみに本年は、ここで取り上げられたシャミナードの生誕150年の記念の年であり、その誕生日である8月8日を中心にして、日程が組まれたのだという。

【プログラム】 2007年8月10日 (19:00-)

1、ヴィアルド ヴァイオリンとピアノのためのソナティネ
2、シャミナード ピアノ三重奏曲第1番
3、L.ブーランジェ ピアノのための3つの小品
          (古い庭で/明るい庭で/行列)
4、ル・ボー チェロとピアノのための4つの小品
          (ロマンス/ガヴォット/子守唄/マズルカ)
5、ル・ボー ピアノ三重奏曲

 vn:小林 美恵 vc:長谷川 陽子 p:仲道 祐子

 於:杉並公会堂(小ホール)
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2007/8/10

松村禎三氏がご逝去  ニュース

遅れ馳せながら、残念な報に接しました。わが国を代表する作曲家のひとりである松村禎三氏が、8月6日、肺炎のため亡くなられたということです。享年は、78歳。

故人は、池内友次郎や伊福部昭に師事しながら、独特のスタイルで作曲をつづけられました。キャリア初期の活躍は既に知ってのとおりですが、一昨年には新国立劇場の地域招聘公演の第1回として、氏の労作、オペラ「沈黙」が上演されて大きな反響を呼び、今年の1月にも、間宮芳生氏のプロデュースする都響のシリーズで、ピアノ協奏曲第1番などが演奏され、我々、若いファンには衝撃的な印象を残しました。そのいずれの演奏会にも、氏は不自由な足もとを引きずりながらも、元気な姿を見せてくれていたものです。氏の創作が見直されようとする、その矢先に亡くなられるとは、いかにも皮肉です。

松村氏は、特に寡作な作曲家として知られています。「沈黙」などは、指揮者の若杉弘などのサポートも受けながら、実に13年もの歳月をかけて完成に至ったと言います。その結果、出来上がった作品の多くは、生半可に演奏することのできないような濃密さを持っていました。師の伊福部の作品は、濃密で厳かな内容のなかにも、どこか親しみやすくて、繰り返して演奏したくなるような要素があります。しかし、松村氏の作品は、心構えをちゃんとしなければ弾くことができないような、本当に厳しい作品ばかりです。

例の「沈黙」も東京公演で拝見しましたが、面白い/面白くないというレヴェルを越えて、ずっしり重みのある、人間の内面の奥深いところにあるような問題へと我々を導いていく凄い作品であり、ほかに換えのきかない独特の歌劇であると言えます。音楽的にもそうなのですが、ストーリー自体が、オペラにつきものの愛憎のことにこじつけることなく、信仰という問題を通して、人間にとって生きるとはどういうことなのかを、正面から問いかける壮絶な内容だからです。これは、とても難しい作品です。でも、だからこそ、繰り返して上演することに価値があるのではないでしょうか。

中堅の知将、江村氏につづいて、老参謀の松村氏を喪ったことは、日本の作曲界にとって大きな痛手であります。世間的には御霊のお帰りになる季節ですが、まずは、氏のご冥福をお祈り申し上げます。こういう時節柄ですから、よろしければ、しばらく留まって、お酒でも召しあがってから、お旅立ちください。松村さん、ありがとうございました。
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