2007/7/1

ショスタコーヴィチ 交響曲第12番 @  クラシック曲目分析室

先日の東響の演奏会を下敷きにして、ショスタコーヴィチの交響曲第12番「1917年」について考えてみたい。まず、結論からいうと・・・

この交響曲はショスタコーヴィチの15のシンフォニーの中でも、4番と並ぶマーラー的な作品である。

ショスタコーヴィチは、従来の作法から飛翔するときには、マーラーの作品に花輪を捧げに行く。4番のときは躓いてしまったが、12番では見事に跳びあがった。

12番を跳躍台にして、いよいよショスタコーヴィチは、彼に与えられるべきだった自由に挑みかかることができた。12番は、ショスタコーヴィチにとって重要な作品である。

12番は、きわめてシンプルな、ショスタコーヴィチらしい作品である。

・・・ということが言いたい。

まず、曲目の分析に移る前に、ショスタコーヴィチという作曲家に対するイメージをまとめてみたい。私は、歴代の名作曲家たちの中でも、ショスタコーヴィチほど我慢づよい作曲家はいなかったと思う。とはいえ、ここでいう我慢づよさとは、「反体制音楽家」とか「社会主義リアリズム」という、お誂え向きの「批評するための」コンテクストとは無関係だ。優れた作曲家は、誰もが我慢づよい。つまりは、自分のやりたいと思うことはたくさんあったとしても、それらのうちから本当に必要なものだけを選びとり、イメージを絞り込んでいくことができるからだ。

例えば、ショパンの op.1 の作品や、ブルックナーの初期交響曲は、たとえ、それ自体が魅力的な作品であるとは言っても、より後の洗練された作品と比べると、イメージが散漫で、まとまりきらない印象を受ける。といっても、これらの作品は既にして傑作だが、コンクールなどに出てくる作品たちをみれば、私の言うことはさらに明らかとなろう。ひとかどの芸術家たちは、(無限とはいえなくとも)豊かなイメージを持っているものだが、それらを羅列するだけでは良い作品にならない。創作するコンテクストの中で、自分の持てるアイディアの中から本当に必要なものだけを辛抱づよく絞り込み、パズルのピースに埋めていく作業こそが、その芸術家の本領といえるのである。また、その傾向の中にこそ、芸術家の味というものも出てくるのであろう。

ショスタコーヴィチの場合は、正しく粘りづよいの一言だろう。彼に並ぶほどの、我慢づよい作曲がいたとすれば、それはモーツァルトをおいて他にはいない。だが、2人の生きた時代は、あまりにも違いすぎた。厳選された素材だけを使って、シンプルな音楽を組み立てた2人は、片や天才と呼ばれ、片や体制に迎合的だといわれもした。ショスタコーヴィチの交響曲第12番は、主要な素材として革命歌の組み込まれていることなどから、有名な「革命」交響曲のあとに構想されていたという「レーニン交響曲」を具現するものとして、共産党への捧げものと見られたのである。こうした見方は、東西冷戦などの社会情勢もあり、アカデミックな方向からも様々な肉付けがされてきたが、私はそのよう側面が、この交響曲の本質的な部分を語るものだとは見做していない。

確かに、レーニンへの思慕はなくもないだろう。最近の研究では、レーニンも政治的には強権的な手法を用い、いささか強引でも、彼の政治的理想を実現していく面があったことが指摘されているが、少なくともショスタコーヴィチの時代においては、レーニンは革命の父であると信じられていた。

しかし、ここで私は、ベートーベンの「英雄」交響曲を思い出す。ベートーベンはこの作品をナポレオンに捧げようとしたが、彼が皇帝になろうとしたので失望し、「ナポレオンへ」という献辞の書かれた表紙を破り捨てて、「英雄」に改めたという。これがよく知られた逸話となっているが、私は、あやしいものだと思っている。ベートーベンは、はじめからナポレオンなどを信用していなかったのではないか。そうでもなければ、あんなにも陰鬱な「葬送行進曲」が、挿入される理由はない。ベートーベンは革命の理念だけを信じており、ナポレオンの行動自体には、甚だ血なまぐさいものしか感じていなかったのではないか。

ショスタコーヴィチの「1917年」も、レーニンの歩みを下地にしているからといって、すなわち「レーニン賛歌」であるというのは、あまりにも性急な見方である。ショスタコーヴィチが、レーニンをどれぐらい信用していたかはわからない。スターリンが悪すぎたから、レーニンの株が上がったということは考えられる。しかし、対独戦勝にも気を緩めることなく、スターリンへの警戒を解かなかったショスタコーヴィチのことだ。レーニンだって、こころから信用していたとは思いがたいのだ。だが、「革命」の流れ自体には、ベートーベン同様に、歴史的必然となる変革を、人民が自らの手で成し遂げたものとして納得していたはずだ。

雑誌「音楽の友」の本年7月号によれば、11番と12番はともに、自らが自らの意思を曲げることなく創作し、後世に残したいと思う作品として、作曲者から後進のロストロポーヴィチに渡した書きつけの中に、含まれていた作品だ。体制迎合的な作品ではない。

革命歌の引用もさることながら、体制迎合的といわれ、また、失敗作とも言われるゆえんは様々であろうが、端的には、素材の変化に乏しく、スタイルも古くさく、あまりにも単純な構成によるシンフォニーであることによる。13番のあからさまな怒りや悲しみ、14番や15番でみられた独特のスタイルではないのも明らかだろう。それゆえ人々は、なにか変だ、ショスタコーヴィチらしくない、いや、これは体制に迎合した作品だからだ・・・ということになるのである。

というところで、Aにおいては、本当にショスタコーヴィチらしくない、面白みのない作品なのかということを検証していこうと思う。
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