2007/6/23

河合優子 ピアノ・リサイタル ショパン・ナショナルエディションによる全曲演奏 W 6/23  演奏会

浜離宮朝日ホールを舞台に、ショパン・ナショナルエディションのスコアに基づく全曲演奏を、河合優子がつづけている。河合は、ナショナルエディションの編纂を進めた、エキェル派を代表するピアニストのひとりである。今回は第4回で、op.25 のエチュードを中心としたプログラムだった。

私は第3回を除いて、このシリーズを聴きつづけてきたが、まず気づいたのは、ピアノとホールとのフィールディングに、ピアニストが慣れてきたということだ。また、今回のパフォーマンスは、メインとなるエチュードに焦点をあわせながら、前半のプログラムも、そのテクニカルな特徴に絞り込んだ表現だった。しかし、エチュードそのものは、テクニカルな安定性に満足することなく、一歩を踏み出した演奏であった。

今回、ショパンの愛好家たちを喜ばせたのは、珍しい op.1 と op.5 のロンドが演奏されたことであろう。記念すべき op.1 は、内容に比べて演奏時間も長く、その後の作品からすれば洗練が足りないし、イメージが詰め込まれすぎている印象だ。これら初期のロンドはともに、バッハやモーツァルトを初めとする古典(派)からの影響が顕著であり、しかも、即興的な印象を抱かせる。特に聴きごたえがあるのは op.5 のロンドであり、河合はプログラム中で、このロンドでの発想がのちの第2協奏曲に生かされたのではとするなど、独特の共感に基づいたスケールの大きな演奏である。

冒頭は、BWV861のバッハのプレリュードにつづき、op.24 のマズルカが演奏されたが、このマズルカは抑えた演奏で、とりわけ左手の打鍵が意識的にソフトな風合いにされている。ゆったり織り込まれた舞踊のリズムが徐々に表立ってくる演奏は、我々の予測を裏切るものであるだけに、ある意味では思いきっている。だが、噛み締めるごとに味の出る良い演奏である。前半を締める「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」は、アンコール・ピースとしてもポピュラーな聴きばえのする曲目だが、河合の演奏は淑やかで、デフォルメのない清潔な演奏だ。こんなにも美しく、上品にすることができるのかという驚きの一曲だった。

歌曲からの編曲による WN52a の「春」を露払いに、メインの op.25 のエチュードが演奏される。まず、冒頭の「エオリアン・ハープ」の優美な演奏で、一気に釣り込まれた。左手で光の当たったミストのような、美しいバック・グラウンドを描き出しながら、音符の位置も明確に、なるほどハープの爪弾き(と音の消し方まで)を丁寧に彫り上げた演奏は、なんとも素敵だ。テンポはややゆったりだが、少しも間延びして聴こえない。

安定したパフォーマンスで2番、3番、4番と弾いたあと、コンクールなどでよく演奏される6番の前に、5番で一ヤマをつくっていた。この曲はニックネームもなく、さほど有名とはいえないが、3部形式でボリュームがあり、「悲しみと晴れ間が交錯」して、内声部の表現に無限の広がりがあることが、河合の演奏ではっきりとわかる。テクニカルな6番は、しなやかなフレーズの動きを冷静にカヴァーしつつ、表現の厚みも備えた演奏である。

7番の演奏も印象的で、5番とともに、中盤の柱として演奏しているのがわかるようだ。さほど隙間をつくるでもなく、あまり感傷的にならない演奏であるが、左右のバランスが練りこまれて、フォルムの正確さと美しさで魅了した。

8番、9番、10番と弾いていくが、有名な11番「木枯らし」は、特に堂々たる演奏だったと思う。右手の華やかなフォルムと、左手のダイナミックな歌いまわしが、高い位置で絶妙なバランスを示し、傑作を確かに傑作として示し得た、優れた演奏であろう。これにつづいて、12番の「大洋」も、スケールの大きな演奏である。といっても、畳み掛けるような勢いではなく、左右の手で砂山をつくるように、美しくフォルムを仕上げていった感がある。

なんとも上品なエチュードの演奏であった。第3回の模様は録音で知ることができるが(この日のエチュードの演奏は、『黒鍵』や10番、11番など一部を除き、少し期待はずれな感じである/このシリーズは、録音も甘いのでライヴの半分ぐらいしか楽しめないが)、今回の演奏会は、ここ数年の河合の演奏の中でも、とりわけ出来の良いものであったかと思う。アンコールには、次回の予告となるプレリュード op.28-4 弾いて、見事に会場を黙らせた河合であった。

なお、前述の第3回全曲演奏会の模様をライヴ収録した「ショパニッシモ V」および、以前にリポートした三鷹の協奏曲第1番ほかをライヴ収録した「ショパニッシモ W」が、併せてリリースされた。「V」の op.10 の演奏は、前述のような感じなのだが、「3つのノクターン op.15」の演奏は、なかなか面白い。「W」の演奏については、TBの記事を参照してほしい。

【プログラム】 2007年6月23日

1、バッハ プレリュードとフーガ BWV861(プレリュードのみ)
2、ショパン 4つのマズルカ op.24
3、ショパン ロンド op.1
4、ショパン ロンド op.5 「マズルカ風ロンド」
5、ショパン アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ
6、ショパン 「春」 WN52a
7、ショパン 12のエチュード op.25

 於:浜離宮朝日ホール
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