2007/6/17

二期会研究会 駅伝コンサート 6/16  演奏会

二期会の12の研究会の合同による駅伝コンサートは、以前に紹介したが、今回が初めてではなく、昨年から始まっていたようである。既に、来年6月下旬の第3回も予告されている。プロ歌手たちによるイヴェントではあるが、すべて自分たちの手で作り上げた公演で、良い意味でのアマチュアリズムも感じられる、素敵なコンサートであった。

演奏会は、山本富美(S)の細やかな歌唱がチャーミングな、畑中良輔「八木重吉の5つの歌」の抜粋からスタートした。斉藤京子は、小林秀雄「ノア・ノアの島(ポール・ゴーギャンを謳う)」をドラマティックに歌い上げる。演奏後に、来場していた作詞の木下宣子が紹介された。

ロシア歌曲研究会は、やはり、その国の歌い方にアジャストされているのか、お腹の奥から押し出される発声が力強い。ラフマニノフ「小作農奴」を歌った岸本力(B)が、分厚い低音をアピールしてさすがだが、さらなるベテラン歌手と思われる清水知加子(S)も、ラフマニノフ「祈り」でずっしりした表現力を印象づけた。そのほかの人たちも立派な歌唱。

ドイツ歌曲研究会は、ブラームス作曲、四重唱と連弾による「愛の歌(18曲のワルツ集)」を披露したが、このコマが、もっとも印象に残った人が多いかもしれない。プロ歌手8人による息のあったコーラスは、とても自由で、ブラームスに対するイメージをより柔軟にしてくれる。目立ちはしないが、アルトの2人(岡田三千枝、庄司祐美)がアンサンブルの中によく溶けて、柱になっていた。ソプラノは、増田のり子がさすがの存在感であるが、同じくソプラノで、相当のベテランであろうと思われる飯山恵巳子(愛知芸大名誉教授)の、基本に忠実な若々しい歌声も魅力的だった。

フランス歌曲研究会は、小林彰英と栗林朋子が、フランス歌曲のひとつの側面である堅固なフォルムをアピールした。特に、栗林のつくる美しい声のラインには、ときどき瞠目させられた。フォーレの2曲の二重唱(この世ではすべての心は/タランテッラ)が、とりわけ充実していた。

イタリア歌曲研究会は、チェスティの歌劇「オロンテア」のアリア〈私の偶像である人のまわりに〉と、それからインスパイアされた曲目を取り上げた。特に、チェスティの原曲では、そのフォルムのアピールに、山田武彦(ピアノ)の鋭い知性が決め手となっていた。歌唱では、このアリアの素材を使ったレスピーギの歌曲「4つの抒情詩」の終曲〈昔の歌に寄せて〉を、たっぷりした歌声に想いを乗せ、ちょっぴりのユーモアを混ぜて印象づけた、小森鉄広が見事なパフォーマンスであった。

バッハ・バロック研究会は、ベルカーントの技法では、日本の歌手が大きく立ち遅れているのがわかるパフォーマンスだ。しかし、そのなかでも野崎由美は、あまりブレることのない歌声をきれいに伸ばし、「マタイ受難曲」の第49曲のアリア〈愛のゆえにわが主は死にたもう〉を清潔に歌い上げて見事だった。

オペラ・ワークショップ研究会は、まだ出来てから間もないし、若手主体のメンバーであるという。「フィガロの結婚」と「コジ・ファン・トゥッテ」から、2つの場面を取り上げた。すこし抑揚に欠けるものの、爽やかな歌唱だ。特に、「コジ」は昨年、二期会本体での公演があったためかもしれないが、神経の行き届いた歌唱が聴けた。

イタリア・オペラ研究会は、「愛の妙薬」でアディーナが将校との結婚を決めてしまう場面と、「トロヴァトーレ」の最後の場面をうたった。特に、後者は場面が場面だけに緊迫した雰囲気が楽しめた。伴奏の中山ちあきの思いきった表現が聴きもので、ダイナミックなピアノの動きで、オケ伴に匹敵する迫力を楽しませてくれた。

ロシア・東欧オペラ研究会のパフォーマンスは充実していたが、とりわけ津山恵(S)が歌ったドヴォルザークの歌劇「ルサルカ」の中の、有名なアリア〈月に寄せる歌〉には胸が詰まった。細かい点で若干のミスは指摘できるものの、それを補って余りある表現力の、スケールの大きさに圧倒された。

ボロディンの歌劇「イーゴリ公」のアリア〈眠りも休息も〉を、力強い歌声でうたった松尾健市もフォルムのしっかりした歌唱で見事だったし、「ルサルカ」の第1幕で、言葉を発することのできないルサルカをなじる王女役を演じた金子みどりも、かつて聴いたことのある歌手だが、伴奏の前に立つ歌唱が毅然としており、内面的な進境が著しいように思われた。

スペイン音楽研究会は、まだ発足して間もない研究会であるそうだが、ラテン的なノリで、会場も巻き込みつつ、明るい表情でのパフォーマンスで、ぱっと会場に花を咲かせた感じだ。中心的な人気歌手の塩田美奈子が、バルビエーリのサルスエラ「ラバピエスの理髪師」から〈パロマの歌〉で垢抜けた歌唱をみせたのが印象的だった。

残念ながら、私用のため、このあとのオペレッタ研究会と英語の歌研究会の演奏は聴くことができなかったが、オペレッタとミュージカルからのプログラムだから、泣き笑いを織り交ぜた楽しい舞台になったことと推察する。あと40分程度だったので、ゴールまでつきあえずに残念だ。しかし、歌手も会場も一体となって楽しめる舞台は、あっという間に時間がすぎた。
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2007/6/14

仙台国際音楽コンクール ピアノ部門 第1次予選 C  クラシック・トピックス

あと2人みると、第1次予選の通過者を全部カヴァーできる。

まずは、ヴァーチェスラフ・グリャーズノフ(露)。この人は、現時点で完成度が高いピアニストと思われる。モーツァルトは決して得意とは思えず、特に緩徐楽章にはアラも目立つが、出しきっていない感じが、かえって可能性を大きく見せている。

ときに強引に割り込むような響きがあり、全体的にはやや退屈であっても、ときどき見せてくれる打鍵の輝きや、ゆったりした優美なパッセージは印象に残る。終楽章は速めの流れに乗りながら、伸びやかで粒立ちのいい響きで、鬼ごっこのように出たり入ったりするアクションが、アンサンブルによく調和しているのが目を惹いた。

エチュードは、これまでのコンテスタントのなかでも最右翼に位置する。響きがきれいにカーブしていくかのような op.10-4 は、音色も美しく透徹とした響き。前曲からアタッカで突っ込んだ op.25-6 は、後半で少しだけリズムが崩れた感もあるが、躍動的にパッセージを決めながら、豊富なイディオムをしっかり織り込んだ演奏で上出来だ。

最後は、日本の津田裕也の演奏。彼は、オケよりも少しずつ先をとっていくような演奏が特徴で、オスミニン同様、リズムの正確さにおいては比類ないものをもっている。そのせいもあってか、周りの音への癒着がなく、打鍵が清潔であるのはいい。彼の打鍵したところより、少しでも遅いとバックの響きに呑み込まれ、少しでも速いと、前のめりに聴こえてしまう。音量なども控えめではあるもの、適度な重みがある。

オスミニンとちがうのは、向こうが小節線まで見えるような演奏だとすれば、津田の場合は、小節線のないバロックの楽譜の上に、きれいに音符を置いていったような感じであることだ。コンチェルトは、第3楽章で特に魅力的であり、ポイント・トゥ・ポイントで旗門(=音符)をスラロームのように通り抜けて、精密な時計のような響きを刻んでいく。

エチュードは大きな感動を与える演奏ではないものの、ソツなく丁寧な演奏であり、これもまた彼らしい。まとめて聴いていくと、はじめは乗らないが、だんだんに惹きこまれていくのではないだろうか。

このラウンドでは、まだまだコンテスタントたちの真の実力は計りかねるところもあるが、一応、2次進出者のうちでランク付けしてみよう。

★★★★★(優勝候補) 該当なし

★★★★(決勝レヴェル) V.グリャズーノフ
                O.シェフチェンコ
                リー・カリーン・コリーン

★★★(有力者) I.オフチニコフ 
           S.ツィンツァバーゼ
           津田 裕也

★★(秘めたる可能性) シィ・ブライアン
               V.オスミニン

★(変身に期待) 島貫 愛
           E.ビリンガー
           ルー・イチェ
           長瀬 賢弘
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