2007/4/22

スクロヴァチェフスキ 読売日響 芸劇マチネー 4/22  演奏会

先週の16日に就任披露の演奏会を済ませた、読売日響の新しい常任指揮者、スクロヴァチェフスキが、定期に準じる芸劇マチネーに登場した。私は、今年はこのシリーズの会員なので、ウォッチングが続いていく。期待のミスターSだが、この日のメインであるストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」の組曲(1919年版)で、さすがの完成度を見せつけた。

従来から関係をもってきた指揮者でも、初めてポストに就いたときには、すこし要求が上がって、ぎくしゃくすることもある。東響とスダーンの就任当初は、正しく、そのような感じであった。しかし、今回は、何の澱みもなかった。それはこれまでも、スクロヴァチェフスキがまったく手加減なく、読売日響と対等の関係を築いてきたことの証左となる。

ドヴォルザークの7番で幕を開けたコンサートだが、前半は、私から言わせればまだまだの出来だった。弦のアンサンブルはいつもながらの凄まじさだが、管のほうはアタックが弱く、準備不足の感が否めない。全体的に集中力が乗っておらず、第1楽章冒頭部分の弦セクの緊密な動きや、第3楽章冒頭のバネのある響きの伸縮などは素晴らしかったが、通して聴くと、やや余裕がある表現に止まっていた。それでも、最後の追い込みなどは圧巻で、終演後、前半ながら、3度も指揮者が呼び出されたのも納得であろう。

ドヴォルザークの7番は、確かにスラヴ的な素材も用いてはいるが、実は、そうした要素を必要最低限に抑えて、ブラームスに連なる独墺系音楽の王道に、ようやくにしてつけることのできた、ドヴォルザークとしては記念すべき作品である(と考えている)。来週、同じコンビでブラームスの2番をやるのだが、ドヴォルザークの7番、第4楽章の無窮動的な感じは、それによく似てはいないだろうか?

自作自演となった「ミュージック・アット・ナイト」は、「ウーゴとパリジナ」なるバレエ作品を編みなおしたものであるということだが、スクロヴァチェフスキが20代のときに書いたというから、既に半世紀以上も前の作品ということになる。が、その作品はいまもって新鮮な部分もあり、聴きやすいし、良い曲だと感じた。もとがバレエ音楽だけに、コンパクトというには長すぎるが、若書きにしては、凝縮した無駄の少ない作品といえる。

珍しい楽器や特殊奏法を使っているわけではないのに、響きがとても自由で、時折、あとで演奏するストラヴィンスキーや、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチの影響なども嗅ぎ取れるが、全体としては、何かに似た音楽ではない、若きスクロヴァによる個性的な作品に仕上がっている。オーケストラの演奏も、前半からすると見違えるように優れたパフォーマンスで、集中力も高い。

さて、メインの「火の鳥」だが、人気曲だけに聴く機会も多く、同じ楽団をテミルカーノフが振った演奏会はともかく、N響&アンドレイ・ボレイコ、東響&ミッコ・フランクの演奏は、それぞれに素晴らしいものだった。しかし、この日の演奏は、それらに比べても、格段によい。オーケストラは、この曲に並々ならぬ情熱を傾けているようで、弦管ともに驚くべきパフォーマンスが続いた。大げさなことを言えば、RCOを思わせるベルベットで上品な響きがして、うまいの一言だった。

だが、もうすこし語らせてもらおう。まず、全体的な印象からいうと、スクロヴァチェフスキの「火の鳥」は優雅で、機能的な音づくりの極致といえる。だが、それは多分に、この作品がバレエとして踊られるためのものであることを、はっきり想定しているせいだ。序奏からヴァリュエーションまで、丁寧なアンサンブルがスリリングに展開し、手に汗を握った。特に、バリュエーションのおわりで、弦の響きを宙に放ったときのエレガントさには舌を巻かされる。

ときに、私のイメージの中では、つづく「魔の踊り」の部分は、いくら凶暴にやっても、やりすぎということはない。そこの悲劇性が強ければ強いほど、火の鳥による救済が鮮やかとなるからである。例えば、テミルカーノフのときには、あたかも戦災で国じゅうが丸焼けになるような感じで、弾かせていた。

だが、スクロヴァチェフスキの解釈はちがう。彼の考えでは、魔の踊りに強烈なイメージを与えることは必要だが、楽曲の肝は終曲におかれており、その序奏的な子守唄の緊張感に、魔の踊りは勝てない。なにより、魔の踊りもまた、優雅に美しい体の動きを前提した響きでなければならない。魔の踊りは三段構えで、徐々に高揚していくのだが、それも8割方で止められ、過剰にリズムが強調されてもいない。イン・テンポでじっくり情景を煮詰めていって、響きの鋭さだけでイメージの強烈さを喚起している。

そのため、子守唄の優美さは、この上もない。弱奏の美しさはヴァンスカに譲るが、スクロヴァの場合は、弱奏でも表出力が落ちないという特長がある(これは序奏の部分でもつよく感じた)。ララバイの後半で、弦が引きずり気味に下降していくのをシャープに印象づけながら、終曲へ入っていく。導入部のホルンの美しいパフォーマンスを、丁寧に受け継いで展開していくアンサンブルが素敵だ。クライマックスも金管頼みではなく、アンサンブル全体が一生懸命に押しあっているのがよくわかる。そのため、上向きにエネルギーが押し出されて、最後の一打で火の鳥が飛び立っていくことになるのだが、その部分がこれほど鮮やかだったことは過去になかった。

というわけで、まったく素晴らしい演奏で、順風満帆の船出というところであろう。次週、オネゲル、メシアン、それにブラ2というコンサートも聴く予定だ。

なお、しばしばノーランの脇でアシスタントを務めて、アンサンブルをまとめてきた小森谷巧が、この演奏会のコンマスを務めたことを書き加えておく。また、ゲスト・コンマスの立場にある鈴木理恵子さんが松葉杖をついており、痛々しかった。事情は知らないが、お大事にしていただきたい・・・。80代のスクロヴァチェフスキはというと、足腰もしっかりで、相変わらず元気そのものである。

【プログラム】 2007年4月22日 芸劇マチネー

1、ドヴォルザーク 交響曲第7番
2、スクロヴァチェフスキ ミュージック・アット・ナイト
3、ストラヴィンスキー 組曲「火の鳥」(1919年版)

 コンサート・マスター:小森谷 巧

 於:東京芸術劇場
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