2007/4/21

インドラ・トーマス ソプラノ・リサイタル 4/21  演奏会

アメリカのソプラノ歌手、インドラ・トーマスのリサイタルを聴いたが、やっぱりというか、予想以上に素晴らしいコンサートだった。事前に案内記事をつくったが、伴奏はピアノの河原忠之が担当。会場は、すみだトリフォニーホールの大ホールだった。

この歌手は、正しくホンモノだ。演奏時間だけで1時間強のリサイタルを、たった一人で歌いとおしたのも大変なことだが(しかも、決して小さくはないホールだ)、最後まで落ちることのなかった声量と声の張り、プログラムの多彩さ(すなわち、表現の柔らかさ)、よくコントロールされ、美しく伸びていく声の広がり。ソット・ヴォーチェ(囁くような弱音)から、戦闘機のロールのように美しく翻って強声を導く、「歌に生き、恋に生き」の最後を聴くだけでも、この歌手の高い完成度を感じるには十分だろう。

フォルムを捉える知的な面も申し分なく、それは面白いことに、もっとも様式感のあっていないブラームスの「ジプシーの歌」(op.103)で、もっともつよく感じられた。確かに、ドイツ・リートというには、あまりにも自由すぎるのだが、インドラは、そのことを百も承知で歌っているように見えた。

彼女は、この曲をブラームス云々というよりは、本当のジプシーの歌のように歌いたかったのだ。歌う場所は選んだほうがいいが(様式感に煩いところでは慎重であるべきだ)、どこかシャンソンのような味わいのある「ジプシーの歌」は、彼女を象徴する曲目になるかもしれない。彼女はちゃんとブラームスを理解し、相応の敬意を払った上で、そうしているのだ。

冒頭から、「アイーダ」の有名なアリア「勝ちて帰れ」で魅せる。こういうのを「オーラ」というべきなのか、彼女が歌いだそうとすると、なにか急に風景が変わる感じがする。この曲では力押しにならず、アイーダのこころの揺れを繊細に描きながら、支えのしっかりした歌のフォルムで、アイーダの気高さを醸し出す。つづいて、先述のブラームスだが、アイーダのときの黒地で襟の部分が大輪の花のように赤い衣裳が、実はリバーシブルで、今度は地と襟の色が逆になった衣裳で登場したので、会場はビックリだ。インドラは、曲ごとにちがうスカーフをかけたりして、ファッションにも気を遣っている。

前半を締め括る「トスカ」の「歌に生き、恋に生き」が、この日の白眉だったかもしれない。コンパクトながらも味のある素晴らしい歌唱で、なによりも、気高いまでに、カチッと決まったフォルムが見事である。この「フォルムが美しい」というキーワードは、インドラ・トーマスを語るにはなくてはならない言葉なので、何度でも使う。

後半は、ヴェルディ「仮面舞踏会」のアリア「ここがあの恐ろしい場所」。休憩をはさんだとはいえ、その前があの気高いトスカだっただけに、内面の弱さが目立つアメリアには堂々としすぎていると思ったが、中盤あたりから、自らの運命と向きあうことになる「恐ろしい場所」に立っている、ヒロインのこころの揺れが鮮やかに醸し出された。あとの黒人霊歌ではないが、最後の祈りの言葉に全神経が集中し、万感がこもっている。

つづくホール・ジョンソン編による「黒人霊歌」5曲では、一転してソウル歌手のようになるのだが、トスカとは対照的ながら、同じくらいに素晴らしいのだ。彼女の祖母の世代とは、また違ったポップな歌い方であるものの、彼女の声の清潔さと、精確なフォルムの美しさが効いて、むしろ、そうした現代風の唱法の原点をみる想いがする。

牧師の家に生まれただけに、少し崩しても、自然と滲み出る信仰心がピリッと効いていた。愛唱歌風の肩の力の抜けたパフォーマンスで、聴衆を彼女の故郷の教会に招待してくれたような感じである。

この雰囲気から、最後の、「アイーダ」第3幕のロマンツァ「おお、わが故郷」に復帰するのも簡単でないが、ピアニストが先に登場し、アイーダ(インドラ)があとから登場する、小さなパフォーマンスをつけて、工夫していた。だが、やはり半ばまでは、前の場の雰囲気を掃除していくような感じであるのは、止むを得ない。しかし、中盤以降はぐっと集中力が乗り、細かく動きながらの弱音の彫琢などが見事である。

いや、なんとも素敵なパフォーマンスで、感動した。インドラは、やや(じゃないか・・・)身体は大きいものの、チャーミングな女性だ。なにより、歌から醸し出される魅力が凄まじくて、これならサロメだろうが、トゥーランドット姫だろうが、説得力十分であろう。

伴奏の河原忠之は黒子役に徹していたが、フォルムがしっかりしている上に、柔らかみがあって、実に歌いやすそうだった。ブラームスの曲では、インドラの自由さに対して、アイ・コンタクトで遊び相手になりながらも、実は、しっかりと碇の役割をしている。この曲と、雰囲気満点の「トスカ」では、インドラも、特に河原に対しての謝意を示した。

今回、会場の雰囲気も、なかなか面白い。決して熱狂的な聴衆ではないのだが(終演後の掛け声も多くない)、歌に被せて拍手したりはせず、声がすっかり消えるまで静かに聴いている。インドラの歌が素晴らしいこともあって、1曲ごとに噛み締めるように、声がなくなっても、まだ聴き入っているという感じの余韻が残る。そのくせ、「黒人霊歌」では開けた雰囲気になるし、同じ霊歌でも、祈りの要素が強いものでは、やはり噛み締めるようなムードになる。

一体感のある良い舞台で、14:00にはじまって15:30頃にひけたが、充実した時間を過ごした。

なお、これに先立って収録された「題名のない音楽会」に出演予定で、5月27日か6月2日に放映されるとの情報がある。


【プログラム】 2007年4月21日

1、ヴェルディ アリア「勝ちて帰れ」〜歌劇「アイーダ」
2、ブラームス 歌曲集「ジプシーの歌」(op.103)
3、プッチーニ アリア「歌に生き、恋に生き」〜歌劇「トスカ」
4、ヴェルディ アリア「ここがあの恐ろしい場所」〜歌劇「仮面舞踏会」
5、H.ジョンソン編 5つの黒人霊歌集
 T Great Day!
 U Ev'ry time I feel de spirit
 V Witness
 W His Name So Sweet
 X Ride on,King Jesus!
6、ヴェルディ ロマンツァ「おお、わが故郷」〜歌劇「アイーダ」

 ピアノ:河原 忠之

 於:すみだトリフォニーホール(大ホール)
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2007/4/21

二期会の諸研究会 ユニークな「駅伝コンサート」を企画  期待のコンサート

私も詳しくは知らないが、二期会には、カンパニーとしてのオペラ公演のほかに、有志によるブロック・研究会活動というのがある。看板は小難しそうな感じでも、実際は、同好会みたいなものにみえる。実際、もっと深い意味があるのかどうかは知らないが・・・。

津山恵という歌手(イェヌーファで外題役)に注目していた時期があり(いまでも良い歌手だと思う)、彼女が所属し、岸本力が情熱を傾けるロシア・東欧オペラ研究会というのには興味があって、二度ほど二期会のスタジオに聴きにいったが、レヴェルはそれなりでも、手づくりの温かみがあり、面白かった。社交好きの方なら、身近に歌手と触れあえる良い機会だ。

さて、そうした研究会が、二期会には意外と多い。しかし、それらの活動は、個々ではなかなか十分な広がりを得られず(この前、ロシア・東欧がやった『ルサルカ』は、スタジオの席が一杯だったが)、相互の交流も薄かったような気がする。否、実態は知らないのだが、傍からみれば、そのように感じられるというだけのことだ。

前置きが長くなったが、それらのグループが一堂に会して、次から次にマラソン・コンサートならぬ、駅伝コンサートをやろうという企画が持ち上がった。日どりは、来る6月16日。東京文化会館小ホールという、手ごろな箱が用意された。1グループが20分くらいの枠をもち、それぞれの演目を発表する。15:00に「日本歌曲研究会」で幕を開け、19:30くらいまで続くが、出入りは自由ということである。4000円で、すべての演奏が聴ける。

 駅伝コンサートの紹介(東京二期会HP):     
  http://www.nikikai.net/concert/20070616.html

当然ながら、多彩な内容になっている。しばしば大劇場の公演に出るような人の名前もみえれば、そうではない人の名前も少なくない。だが多分、四の五の言わずに、虚心に歌手たちのパフォーマンスに耳を傾ければ、楽しい気持ちになれるコンサートだと確信している。

もうひとつ、山田武彦や山口佳代をはじめとして、歌手たちをサポートするコレペティたちの腕にも注目したい。正直、それほど巧みではない人もいるが、去年、ルサルカを伴奏してくれたコレペティは、名前こそ知らなかったけれど、オペラをよく知っているし、技術的なレヴェルも高くて、目を丸くさせられた。去年の夏に聴いた、服部容子の「リゴレット」なんて、いまもって鮮烈に記憶しているが、わが国では、こういうすごい人たちのことを、意外と冷遇している感がある。

きっと面白いと思う。素敵な企画になるはずだ。
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