2007/3/10

新国研修所 アルバート・ヘリング 3/10  演奏会

新国立劇場のオペラ研修所による、中劇場での公演を観た。現役の7〜9期生を中心に、コーチ陣とゲスト、OB&OGを交えた公演である。

演目は、ブリテンのオペラ「アルバート・ヘリング」。また例によって、ガンガン具体的なことを書いていくので、そのつもりで読んでほしい。ところで、ピーター・グライムズでも、ねじの回転でも、ヴェニスに死すでもなく、アルバートが選ばれたのは、なるほど納得だった。キャストにわりと平等に活躍の場が与えられているのも大きな理由だろうが、レチタティーボ的な部分が重要な部分を占め、古典にも通じる形式がみられることに加え、ブリテンの仕込んだイロニーには、様々な音楽的要素も散りばめられて、ひとつの作品で、いろいろな歌唱法が試されることも重要だ。

しかし、何より大事なことは、これから先を拓いていかねばならない研修生にとって、ふさわしいテーマをもつ作品だということなのかもしれない。

今回の上演は、非常に優れた指導陣に支えられて、魅力的な舞台に仕上がっている。昨年のひねりの効いた「プッチーニのパリ」も面白かったが、今年はさらに上出来だ。モーパッサンを下敷きにしたリブレットも興味ぶかいものだが、演出のデイヴィッド・エドワーズの微に入り、細を穿つ巧妙な動きのデザインには感心した。彼のメッセージはシンプルながら、いろいろに噛みしめて、どんどん味が出てくる類のものである。それゆえ、項を改めて詳述したい。

それゆえ、音楽的成果について先に述べることになるが、まず、題名役を務めたイアン・ペイトンが素晴らしい。技術的な安定感は、やはり、ここでは抜きん出ているし、そのため、ユーモアを出すにしても、かわいげをアピールするにしても、余裕のある表現で、観客に共鳴してもらうことができる。彼は、レザール・フロリサンの公演でソリストを務めるような実力者だから、ここで出くわしたのはラッキーなことだ。期待どおり。

さて、このアルバートを中心にするとしても、各キャストがそれぞれ個性を生かすことができた点で、この公演は楽しかった。大劇場へいったときに通用するのか疑問に思う部分もあるものの、少なくとも、オーケストラも小編成、さほど大きな舞台を前提に書かれていない、この作品においては、そのことは、いったん脇に置いておいたほうがいい。

いちばん目立ったのは、ナンシー役を歌った1年生(9期生)の、東田枝穂子だ。多分、もともと声の美しさが売りだったように思うが、声の張りも十分で、聴きごたえのあるソプラノだった。今回は、アルバートの親友の恋人(ナンシー)役で、重みのある役柄をしっかり演じきっていた。ワーズワース先生役を演じた鈴木愛美は、東田と声質は似ているが、より芯のある歌声で、3回生としての成長をしっかりと形にする。第2幕では、コーラス練習をさせるときのコメディも楽しかったし、祭りのスピーチのときに、照明が落ちてしまうハプニングにも冷静に対処した。期待のバス、森雅史の警察署長も低音の安定感がしっかり聴かれて、さらに肉厚な声を育ててほしいが、いまのところ、これで問題なかろう。

あちらこちらに聴かれるコミカルな重唱では、彼らの個性が、とりわけよく生きていた。例えば、第1幕の選定会議の場では、どっしり重厚感のある清水華澄のレディ・ビロウズを中心に、フォルムのしっかりしたエリザベス・ソンダーズのフローレンス、カッチリして紛れのない森の警察署長、伸びやかで華のある鈴木の先生、ゆったりと歌のフォルムを描きだす能勢健司の牧師、高音のキレのある歌声が自慢の河野和久の市長と、6役がうまく噛みあって魅力的な場面になった。

また、主要キャストが横に4人ずつ、2列になって、それぞれ間を空けて並び、お経を唱えながら、ひとりずつアルバートの悲劇を嘆いていく部分は、上出来だった。最後は、それらがグチャグチャになりながら、ハーモニーができるところで、後方からヨレヨレとアルバートが現れて、自分の家を運んでくるのだから傑作だ。町の家々は、教育番組風のかわいらしい造りだが、張りぼての平板に、窓とドアがつけられている。それらが回り舞台の上に乗せられて、それまでは、なんとなく設えてあったのだが、このときだけは、アルバートが転がしてくるのだ。そして、それが、アルバートの変化を象徴する。

外見上、アルバートはなにも変わっていない。否、変わったといっても、他のオペラと比べると、あまりに些細なことである。彼は酒をあおり、泥酔して、女遊びをした。それだけだ。25ポンドの賞金のうち、3ポンドだけを使って・・・。衣裳すら、何の変化もない。だが、こんな僅かな隙間に、ブリテンは人間の成長を、そして、社会の変わり目のある風景を描写することができると、この作品ではっきり示したのである。アンドレア・シェニエみたいな大事に関わらなくても、革命は起こし得る。また、そうした革命が、現代の革命なのである。

オーケストラは東京シティ・フィルが担当し、アンドリュー・グリーンウッドが指揮した。ロイヤル・オペラのスタッフを務めたこともあるキャリアの持ち主だけに、祖国のブリテンは知り尽くしている。オケはもうすこしプレゼンスがあってもいいが、やや特殊な感じのする音楽面を、大きな破綻なく描き上げることができたので及第点である。ピアノの大藤玲子も、よく歌手をサポートした。

演出に関する分析と、ブリテンの仕組んだイロニーについての考察は、次のエントリーで!
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