2007/3/24

新国 オルフェオとエウディリーチェ 酒井はな/山本隆之 3/24  演奏会

新国の「エメラルド・プロジェクト」第2弾となる、グルックの歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」の公演を観たが、全体としては満足感の高い公演に仕上がった。しかし、それはバレエ・チームのレヴェルの高さにおいてであって、声楽陣は、それに見合ったパフォーマンスをできなかった。なお、今回の公演は、ウィーン初演版を中心とした構成となった。

まずは、ドミニク・ウォルシュの素晴らしい振付と、演出について触れるべきだろう。今回の振付は意外とコンサヴァティヴで、新作ながら、丁寧に磨きこまれている。メインとなるオルフェオとエウリディーチェのダンスは、エモーショナルでわかりやすいが、余計な装飾を抑えている分、余白を埋めるダンスの表現力の高さが鍵となる。また、この振付の見どころのひとつは、コール・ド・バレエにあり、特に、舞台照明のセットを下ろす大胆な発想で、鬱蒼とした地獄の雰囲気を作り出した第1幕第4場は、出色である。マエストーソとプレストでみせた群舞の動きは、激しさを伴った音楽に寄り添って、真新しい動きに飾られながら情熱的で、圧巻である。もちろん、ここで、その動きをかなり高いレヴェルで実現させた、ソリスティックなダンサーたちの働きについて、触れないわけにはいかない。息を呑む場面だった。

第1幕から出ずっぱりの山本隆之は、ときどきコミカルな動きを混ぜながらも、クールなオルフェオ役で、突破力のあるダンスだ。ひとつひとつの動きがよく磨きこまれ、丁寧な舞踊である。例の第1幕第4場は最後、精霊たちのこころの壁が取り払われるにしたがって、照明セットが天井へと上がっていき、最後は、舞台奥からさす光の筋をたどって、オルフェオが歩んでいく演出。ここを歩いていく山本の姿は、ただそれだけの動きにもかかわらず、全編を通してみても印象的だった。

第2幕から本格的に登場するエウリディーチェ役の酒井はなが、やはり魅力的だ。彼女が踊ると、一見、何の意味もなさそうに見えた繋ぎの部分が、息を呑むシーンへと変わる。ウォルシュの求めたものの真価は、彼女のダンスの中に、もっとも象徴的に具現した。第2幕第1場の登場で、活き活きと踊ったソロは素晴らしかった。

第2幕の最大の見どころは、洞窟の迷路で、自分を見てくれと迫るエウリディーチェに対して、必死に、それを拒むオルフェオとのやりとりだろう。ここは実際に舞台上に迷路を描き、ミラーで客席に写してみせる趣向で、はじめのほうは、この枠を守って2人が踊る。しかも、約束にしたがって、オルフェオは、エウリディーチェと顔をあわせられない。一見、不自由な演出だが、この枠があることがむしろ、2人の踊りの官能性を高める結果となっている。オペラ改革のことや、哲学的な観点からも、この部分は興味ぶかい。しかし、2人は徐々に枠を破りはじめ、ついに、オルフェオがエウリディーチェを見てしまう場面は、抜群の緊張感で堪らない。

しかし、エウリディーチェが死んだあとの酒井のみせた、驚くべき脱力と、山本のリリックな踊りも見逃せない。ここで、有名なアリア「エウリディーチェを失って」が歌われるが、これは残念きわまりなかった。バリトンの石崎秀和、これではプロの仕事とはいえないだろう。しかし、ダンサーの踊りは、説得力のなさを補って余りある。

もうひとつ見どころがあって、それは単独でも演奏される有名な「精霊の踊り」で、楽園の平和で静かな情景を象徴する、この場面を、ウォルシュは先の地獄の激しさとは対照的に、実に丁寧に織り上げている。やはり、群舞のダンサーたちの巧さが目立つ。インタビューでは、振付家のウォルシュは、この部分に魅了されたために、振付を引き受けたと述べているが、そのためか、基本的にウィーン原典版を採用した指揮者のガルフォースも、パリ版から、このパートを抽出している。

演出的なことでは、もうひとつ工夫があり、もとの台本にはない2つの場面が、序曲とエピローグに挿入されている。すなわち、序曲では生前のエウリディーチェの姿が描かれ、少しすれ違い気味のオルフェオとの生活が描かれた。プログラムによると、オルフェオは処女作の「夢の迷路」という作品に取り組む詩人という設定だが、時間が自由にならないのか、すこし忙しそうな感じ。エピローグは再会のあとで、プロローグの自宅のシーンに戻り、エウリディーチェがいないので、オルフェオは慌てて取り乱す。最後、第1幕でオルフェオが自殺を図ろうとしたバスから、エウリディーチェがひょこっと顔を出すフィナーレだった。エピソード全体は、オルフェオの夢のなかの出来事だったのか? はたまた・・・。

要するに、オルフェオとエウリディーチェは、十分、うまくいってはいなかったという設定なのだ。なるほど、これならば、大きな危険を冒してやってきたオルフェオのことを、なぜエウリディーチェが信用しなかったかという問題が、すっきりするかもしれない。エウリディーチェの蘇りは、オルフェオにとっては救済となっても、エウリディーチェにとっては、迷惑だったかもわからない。そのすれ違いは、楽園での踊りのなかにも、ちゃんと描かれていた。エウリディーチェは既に精霊たちに交じって、しなやかに踊っているが、オルフェオは周りにあわせられずギクシャクしていた。このあたりの演出も、よく練られている。

東京フィルの務めた管弦楽は、意外と聴きものになった。指揮のデヴィッド・ガルフォースは、ベートーベン寄りの重厚な解釈で、うまくまとめていた。音楽そのものは、よりバロック的な解釈のほうが、魅力が大きい。例えば、ザクザクした切れ味や、流れの変わり目の尖鋭さというものが、この作品では重要なファクターとなるからだ。その点で、この日の演奏は十分とは言いがたいが、踊りに焦点のあったスッキリした流れは爽快である。

このガルフォースは、ピット・パフォーマンスもさることながら、版の研究からはじまって、公演全体に対する貢献度が、きわめて高そうだ。牧監督は、自らのバレエ団でも新国でも、この指揮者をよく起用しているようだが、その意味は、こういうところにあるかのかもしれない。振りは細かく、機械のようなバトン・テクニックは凄い。ただし、もうすこしメリハリのほしい瞬間もあったが・・・。プロフィールではオペラの経験も豊富だというが、声の使い方は、必ずしもうまくない。

声楽陣は出来が悪かった。オルフェオ役は自分のスイートな声域では、それなりだが、そこから外れると、まったく残念なパフォーマンスだ。コーラスも含めて、前半は添えもののように元気がない。後半は指揮者の喝が入ったのか、フル・ヴォイスをベースにして歌うようになった。女声のほうが若干マシだが、表現に艶が足りず、余裕がない。国光とも子のエウリディーチェは歌いだしは良かったが、一本調子だった。九嶋香奈枝のアモールがもっとも安定感があったが、それだけである。

というわけで、舞台全体の出来は素晴らしいのに、「エメラルド・プロジェクト」として、バレエとオペラの再統一を図るには、十分な成果であったとは言いがたい。しかし、振付自体は相当に魅力的で、何度でも観たい舞台だといえる。ウォルシュの振付はあまり無駄な装飾がなく、シンプルで、ダンサーの良さがよくわかる。中劇場のため、それを近くで感じられたのも良かった。また、その要求に高いレヴェルで応えた、新国バレエ・チームの優秀さを証明した公演でもあったといえるだろう。
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2007/3/22

4月の期待のコンサート インドラ・トーマス in トリフォニーホール  期待のコンサート

4月は、ハーディングがLSOを率いて来日するのが最大の話題になるでしょうが、これにグルーベロヴァとシュタットフェルトのリサイタルがあります。オペラの森は、ムーティの再登場です。マリボール歌劇場の珍しい「ラクメ」の上演と、ヴォルフ=フェッラーリのこれまた珍しいヴァイオリン協奏曲のコンサートもあります。読売日響には、いよいよ新しい常任指揮者としての、スクロヴァチェフスキがやってきます。

そのなかで、私が目をつけたのが、すみだトリフォニーホールを舞台とするインドラ・トーマスのリサイタルです。この程、新国の「運命の力」で初来日を果たし、来る24日が千秋楽なのですが、なかなかの評判です。写真ではわからないのですが、同郷のジェシー・ノーマンを思わせる立派な体型であるので、見かけは大味かもしれませんが、声の美しさは素晴らしいということです。新国のほうはパスなので、是非、この機会に聴いてみたいと思っています。

プログラムは全体像がわかっていませんが、アイーダ、仮面舞踏会、エルナーニといったヴェルディ作品のアリアに加え、ブラームスの「ジプシーの歌」が予定されていて、なかなか興味ぶかい内容です。大ホールですが、響きのいいホールですし、声量はあるという評判なので、良い席がとれれば問題ないでしょう。伴奏はピアノで、伴奏者、コレペティとして経験豊富な河原忠之さんが務めます。

【公演データ】インドラ・トーマス ソプラノ・リサイタル

 日時:4月21日 14:00〜

 会場:すみだトリフォニーホール 大ホール

 主催:サモン・プロモーション
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