2006/10/24

藤原歌劇団 ランスへの旅 A 10/22  演奏会

さて、このエントリーでは、歌手陣の出来を中心に述べていく。高橋以外のキャストでは、これは感動的だというものは特になかったが、一方、腹に据えかねるほどひどい歌唱でもなく、これでは楽しめないというほど酷いものでもないし、ほとんどの看板歌手が入っていて、スペシャルキャストを用意したわりには期待どおりでないけれど、まあ、作品の面白さを訴える程度には、ちゃんと歌ってくれたと言っておくべきだろうか。

ロッシーニは、難しい。だが、それを隅から隅まで、ちゃんと歌えるなんてことは、多分、ほとんどないことだと思う。欧州の一流劇場が、世界のベルカント歌手のトップ・スターたちを、無理やり集めでもしない限りは。そうならなくても、ロッシーニの作品というのは、十分に楽しめるようにできている。下手でもいいとは言わないが、この日のキャストたちは、自分たちの持っているものを出しきって、良い表情で、舞台を終えた。ROFのディレクターであるゼッダも、彼らの仕事を讃えていた。

メリベーア夫人の森山京子、フォルヴィル夫人の佐藤美枝子、それに吟遊詩人の高橋という華やかな三役は、それぞれに自分の華をアピールできたと思う。ミロノフが評判どおりではなくて、光るものは感じたのだが、もうすこし小さなホールなら、彼のよさが生きたのかもしれない。男声が弱くて、特に、シドニー卿の彭は、詩人との大事な場面があるだけに残念だった。禿頭の折江忠道がベテランの味で脇役を手堅く演じ、表現の難しい目録づくりのアリアを、ビジネスライクに、クールなユーモアで歌い上げたプルデンツィオの久保田真澄などが良い。

多重唱は響きが整理されていて、有名な14声の大コンチェルタートなどは、やはり聴きごたえがある。ただ、全体的に、もうすこしはみ出るものがあってもいいような気がする。今回はコーラスを使わないで、その部分をキャストがカヴァーする仕組みだったが、特に、その部分でキャストたちが役のフォームを崩さないで、合唱が登場人物を揶揄したりするところで、もう一工夫がほしかった。レチタティーボ・セッコは、意外と活きが良かったように感じたが、これはゼッダのサポートが大きい。

コルテーゼ夫人の登場のアリアのあと、佐藤扮するフォルヴィルの演じるコメディが、なかなか重要なのだが、少なくとも私は、この部分で逸早く演出家の冷笑的な視点を感じることができたわけだから、佐藤はここで、とりあえず良い仕事をしたということになろう。

コリンネ登場の前の六重唱は落ち着きすぎという意見もみられるが、私は、前のエントリーで述べたように、ここの部分の音楽づくりには満足している。コリンネの美しいハープ付きアリアのあと、快活さを取り戻す6人の描写は、これも前のエントリーに申し述べた視点から面白い。その後、シドニー卿の部分が凹んだが、ベルフィオールの告白は、演出がやや煩すぎて、歌のよさが引き立たない部分のひとつだ。小山陽二郎の熱演も、不発。ローブを脱いで、全身水着姿になる部分の笑いは軽薄だった。それでも、大げさに言葉を飾り立てて歌うところを、小山はできるだけ強調した。最後、愛の二重唱のように背中をあわせて2人を歌わせるのは、やや工夫が足りない。

目録の歌と、大コンチェルターテについては、既述のとおりだ。後者では、キャストが舞台上で着替えをはじめるところが話題になっているが、くだらない。間を縫って、中心となる歌手が前に出るところは、ハラハラする。

フォルヴィル夫人とリーベンスコフの和解は、既に触れたとおりだが、森山の歌唱は、ここが最良だった。ミロノフは、男声であれば、相手方をもうすこし包み込むようなものがほしい。愛の成就はこの部分だけなので、本当は、もっと盛り上がってもいい場面だった。

お国自慢の歌遊びは、あっさりやっていた。もうすこし観客を巻き込むような熱狂がほしい。それぞれの歌唱は決して悪くないが、演出がフロアーを寄せつけないのだ。それで、あっという間に詩人の締めが来るが、その素晴らしさは既に述べたとおりだ。ピットのハープの横に降りていって歌う演出は好評らしい。

終演後のフロアーからは、高橋に大きな喝采が集まったが、結局、誰が誰だかわからなかったなあという感じが、明らかに漂っていた。佐藤、小濱、折江に、やや熱い拍手。ミロノフは意外に拍手が多く、後半、盛り返した感じだろうか。彭と森山に、ポツンとブーイング(森山へのブーは不当だろう)。指揮者のゼッダは、第2部のスタートを含め、大喝采であった。

オーケストラが立ったときに、ゼッダがハープを指したが、フロアーは気づかず。この場を借りて、ブラーヴァと言っておこう。フルートにも大事な部分(シドニー卿のアリア)があるが、斉藤和志が吹いていたようだ。すこし吹きそこなった部分もあったが、弱いバスをよく支えたと思う。弦を中心に、東京フィルはよく鍛えられたロッシーニ・サウンドを出して好評だ。新国「イドメネオ」とのシェアで、不安視する向きもあったが、いずれもオーケストラの評価は高い。こういうことは初夏にもあって、ハーディングの「復活」と、ルイージのオペラ・ピットで、いずれも及第点のパフォーマンスをしているから、問題はない。
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