2006/10/16

ルツェルン・祝祭チェンバーフェスト T&U 10/15  演奏会

サントリーホールで、ルツェルン・祝祭チェンバーフェストと題された2つの演奏会を聴いたので、その報告を残しておこうと思う。

まず、マチネのチェンバーフェストTだが、十分に期待どおりではなかった。特に「兵士の物語」は、お兄さんマイヤー(ヴォルフガング)のオーボエの凛とした音色や、フリードリヒのトランペットの木管楽器のようなしなやかさ、レイモンド・カーフスのパーカッションの開放的で、自由に満ちた響きなど、それぞれのパーツは素晴らしかったが、にもかかわらず、それらがもうひとつ消化不良に終わった感が否めない。象徴的なのは組曲の終曲であるが、響きがシンプルに整理されていくのに反して、渦巻きのように激しさを増していくアンサンブルの不思議なエネルギーが出ないで、なんだかアッサリとおわってしまう。テンポを押さえ気味にしてオーケストラ的な響きの広がりを見せたのは良かったが、それが大事なところで生きなかった。

対して、メンデルスゾーンの弦楽八重奏曲は、中間2楽章が素晴らしく美しい。メンデルスゾーンの音楽は古典派からロマン派への結節点にあり、そのどちらの顔に重点を置くかで、まったくちがった表情をみせる。今回の8人は、明らかに古典派のほうに重きを置いている。したがって、演奏の特徴は、太陽のような響きの燃焼ではなく、繊細な響きの結びつきに集約されるのだ。もともと渋みのある第2楽章はともかく、第3楽章において、これだけ落ち着いた響きの溶けあいを楽しめたのは、希少な例ではないかと思う。全体的に、竹澤の積極的なアンガージュマンが目立ったが、若いホンダ=ローゼンベルク&カレーニョの第2も、ヴィオラのクリスト&豊嶋と交歓を楽しむなど、意外に健闘していた。そのなかで、ブラッハーがやや安定感を欠いた。低音は控えめだが、唸りだすと堤の深い音色はよく効いた。マインツも巧みな奏者である。後半に行くほどアンサンブルが固まりだして、終楽章は愉悦感に満ちた演奏を楽しませ、メンデルスゾーンらしい快奏となった。

17:00からのチェンバーフェストUは、文句のつけようのない内容である。まず、モーツァルトのクラリネット五重奏曲では、女王、ザビーネ・マイヤーが登場から凄まじいオーラを放っていたが、演奏でもやはり魅せる。高音域・低音域に加え、中音域にでも変わることのない、ふっくらした響きの柔らかさ。アンサンブルとの対話の柔らかさ。音色の彩りの柔らかさ。この3つの柔らかさにおいて、確かに傑出している。そして、その味わいを感じさせることが、この曲の肝であることはいうまでもない。

マイヤーの動きを中心とした第2楽章の響きの美しさが出色であるが、2つのトリオの性格が鮮やかにあぶりだされた舞踊楽章の見事な構築感も素晴らしければ、同じく変奏のキャラクターを明確に描きわけられた終楽章は、そのひとつひとつの燃焼度がより高い。弦楽陣はアース/バラホフスキー/ポッペン/エルベンだが、彼らのアンサンブルの質もきわめて高く、特に、響きの少ないエルベンのチェロのモダンな響きが耳に新しかった。控えめなチェロがきりっと要所に効いているのは、あとのブルネロとの比較で面白い。アース/バラホフスキーの若いヴァイオリンを、ヴィオラのポッペンとともに、きれいに包み込んだ感がある。

後半は、ブラームスのピアノ五重奏曲。ピアノはポリーニだが、やや小ぶりなスタインウェイを使用する。その配慮は成功しており、最強奏を思いきって使ってもアンサンブルを潰すことなく、神のようなポリーニの強烈な支配力を繰り出すことができる。しかし、下界も見逃せないメンバーだ。ブルネロの強烈なカンタービレも印象的ながら、大ベテランのクリストの存在感には恐れ入った。ブラッハーも煌く音色で、今度こそ、リードとして申し分ないパフォーマンスであった。

この編成ではシューマンの曲や、シューベルトの「ます」が圧倒的に有名だが、このブラームスの作品も、それらに劣らず魅力的だ。特に、後半の2つの楽章で、このアンサンブルが作り出したエネルギーには呆気にとられた。「T」の演奏会では、弱奏のたおやかさで印象的だが、この5人は強奏のがっちりした響きの突き合わせで、聴き手を異世界にトリップさせる。第3楽章は、クリストのボウイングで、根もとのほうを巧みに使い、右手をまわして先のほうの回転力を利用することにより、螺旋状に響きを立ち昇らせるテクニックがあったが、これに象徴されるような響きの閃きが、優美にして高揚したスケルッツォを築く。

終楽章は、ブルネロの酒脱な導入から始まる。いったんスケルッツォの流れを切った上で、もういちど響きの昇華が組み上げられる。小さな契機から、ピアノを含めた5つの楽器が、やはり渦巻くように響きを積み上げていくのが印象的だ。特に、そのなかで、ブルネロのチェロが果たす役割はきわめて大きかった。一度だけ、全体が暗さに沈みかかる部分があったが、ブルネロがあごを引いて全体を引き締めると、みるみるうちに響きの明るさが戻ってくる。再現からコーダに至る部分の仕上がりは、各楽器が突き抜けるパフォーマンスで、高い次元で結びつく名演となる。

ブルネロのチェロは、エルベンとの年齢的な比較とは反比例して、きわめてロマンティックで、歌に満ちている。まるで人間の声のように聴こえる、しなやかなチェロの歌声には驚きを禁じ得なかった・・・。

前半2楽章も、ほとんど隙のない演奏である。このあたりは暗いという人が多いが、この日の演奏に限っては、活き活きしたアンサンブルが新鮮な香気を放ち、自由で、潤いに満ちた健康さしか感じられない。ブルネロに象徴される、イタリア的な明朗な音楽性が底にあり、ブラッハーの独墺的な機能性の真っすぐさが、愛しくキスを交わす良い演奏だ。既に述べたように、ピアノの支配力が凄まじく、アンサンブルを良い意味で手玉に取る。これも、ある意味でイタリア的である。ミラネーゼ、ポリーニはこの日、殊にキレがいいように聴こえる。昔日の打鍵の尖鋭さと、柔かみが甦ったかのようだ。

この「U」の演奏会は、本当に盛り上がった。ただ、このチェンバーフェストだが、やや淡白な感じもしないことはない。「T」も「U」も1曲ごとに奏者が変わってしまうし、それはそれで面白いのだが、しかし、室内楽というのは、同じグループと一夜をともにすることで、どんどん弾き手とフロアーの親密度が高まっていくところに、大きな醍醐味があるのではなかろうか。そのハンデを越えて、マイヤー組もポリーニ組もともに、はっきりと会場のこころを掴んだのは偉い。だが、これが室内楽の理想であるとは、私には思えない。無論、ポリーニ組の演奏は、本当に忘れがたいものになるだろうが・・・。

休憩などでは、ルツェルン祝祭管のメンバーや、他の日の出演者たちが、賑やかに仲間たちを見舞うホールは、なかなか華やかだ。「U」では、宮本文昭の姿も見えた。私は8列目だったから、自分の気づかないゲストがたくさんいたことと思う。そんなところは、なんちゃってバージョンとはいえ、いかにも音楽祭らしい風景だ。となれば、聴衆と弾き手にとって、もう一段、深い充実を与える環境をつくることのできる余地があるようにも感じた。次回以降があるのかわからないが、もしあるとすれば、企画者の工夫のしどころと言えるだろう。
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