If I can −−もしも私にできるなら
19世紀に生きたマルチ人間、ウィリアム・モリスの座右の銘です。
彼は、その言葉どおり、絵画に、詩作に、工芸デザインに、装丁・印刷にいたるまで、気の赴くままに多彩な才能を発揮しました。(モリスの業績を知りたい方はこちらをどうぞ→
ウィリアム・モリス協会)
さて、この‘ウィリアム・モリス’という名前の冠した万年筆があることをご存知でしょうか。
名前だけ聞くと‘輸入モノ’のようですが、れっきとした‘国産モノ’です。
メーカーはパイロット! およそ万年筆趣味の方が惹かれるようなものではないのかもしれません。ごく細身の万年筆です。(‘婦人用’って書くと差別的?)
現在のように万年筆にはまるずっと前に購入した万年筆です。
町のちいさな文房具屋さんで買いました。小学校の前にあって、ノートを忘れた学童が朝駆け込んで買っていくような、そんなちいさなちいさな文房具屋さんです。ガラスケース使用のレジのカウンターの中、その片隅にひっそりと置かれていたのでした。
「あ、ウィリアム・モリス!」
見た瞬間に‘モリス柄’だとわかりました。
その当時すでに立派な本フェチ者だった私にとって、ケルムスコット・プレスの創設者であるモリスは神様のような存在です。その彼のデザインした模様を見逃すはずがありません。迷いもせずに「これ、ください」と言っていました(笑)
それからン年−−。万年筆にはまってしまってから‘もう一色の方’を手に入れたくなっていました。私の‘ウィリアム・モリス’はご覧のように白地に薄水色の模様ですが、もうひとつ、色地に白い模様−−オレンジというか、サーモンピンクっぽかった−−の別バージョンがあったのです。でも、当時の私に両方買う余裕はなくて...。
後の祭りとはこのことで、調べても調べても情報は得られませんでした。
手がかりは「William Morris」という名前と、パイロット製ということだけです。
パイロット製! すがるような思いでペン・ステーションを訪れました。
でも、展示で見つけられた「ウィリアム・モリス」は、多様なペン先を比較した展示1点だけ。本体の姿を見つけることさえできませんでした。ちょっとがっかり。
目も眩むばかりのうるはしい蒔絵万年筆の数々に感動。並んでいる方々がお持ちのペンはいずれ劣らぬ名品と呼ばれる品々。手にした‘モリス’がとても貧相に見えました。それでもせっかく来たのだからと、意を決して、奥のデスクに。
館長さんはモリスを手にとると、ちょっと紙に試し書き。それから、すこし微笑んで「どこも問題はありませんよ」とのお言葉。そして続けて、ご自身も企画に携わったものだからなつかしい、と。
びっくりです。思い切って尋ねたら、もうひとつのバージョンは「黄土色」というか「黄色」っぽい色だったのだそうです。そして、この万年筆が、アパレル会社との提携で実現した企画だったこと、アパレル会社が保有していたモリス柄の‘パターン’を借りてつくられたものだったことを知ることができました。
とってもしあわせな気分で家路につきました。さすが、ペン・ステーション!
最近こういうおしゃれな万年筆を見かけません。よく耳に馴染んだ‘ブランド’の万年筆のOEMもいいけれど、こういう万年筆をまたつくってはくれないものでしょうか。
お気に入りの D.G.ロセッティの詩‘The Mirror’。ラファエル前派つながりということで、この万年筆で書こうかしら、とも思ったのだけれど、さすがに思いとどまりました。いくらなんでも残酷よね。ああ、どうかこの詩の she がジェーン・モリスではありませんように。

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