Grant's Episode #01
しょうもない冒険談
「よぉ! 久しぶりだな。」
酒場の戸が勢い良く開け放たれると同時に、威勢の良い声が響く。
「いらっしゃい、お久しぶりね。」
まだ日も暮れて間もない夜の刻、レオーネの酒場の店番を任されているのは、虎獣人のミランダだ。
「今回の冒険は、ほんっとしょうもねぇクエストだったぜ…」
大きく溜息をつきながら、威勢のいい青狼獣人 - グラントはカウンター近くのテーブル席に腰を下ろした。少し遅れて彼の後をついてきた大柄な赤狼獣人も、同じテーブルの席についた。
「とりあえず軽く一杯やるかー! 姉ちゃん、生大ジョッキ2つ頼むぜぃ!」
「はーい、ちょっと待ってネ!」
店内は混み合っていて、ミランダ一人ではどうにも回らないようだ。
「なんだ、ママは厨房か。」
と、グラントがぼそり。ママというのは店の名前にもなっている女主人レオーネの事。彼女は今、注文された料理を作るのに、奥の厨房で必死になっている。ちっぽけな街の、唯一の酒場であるから、冒険者や旅人が立ち寄る事が多く、この店は食事時になるとよく混雑している。
「まあ、忙しそうだし、仕方ないさ。もう少し、待とう。」
穏やかな口調でグラントの相方の赤狼獣人、ルドルフがそっと諭す。この店は通常、一人ないし二人で店番をしている。開店時間の昼から夕食時までは、レオーネとミランダが二人で店を切り盛りしているのだが、夕方から夜にかけては、二人でも人手不足になるほどの混雑ぶりだ。
「ハイ、お待ち遠様。生・大ジョッキ2つね。」
あたふたと狭い店内を駆け回っていたミランダがようやく二人の前に注文の品を持って現れた。
「待ってました! それじゃ乾杯といくかっ!」
グラントとルドルフはジョッキを手に取ると、互いのジョッキを軽くぶつけて乾杯をし、ジョッキの中身を一気に飲み干した。
「プッハァァー! やっぱコレだろ!?」
グラントは口の周りについた泡をその長い舌でペロリと一掃すると、テーブルの中央に置かれたメニューを手にとって、あれやこれやと注文を始めた。一方、ルドルフはというと、注文をグラントに全て任せて、テーブルに肘をついて目を閉じている。少し疲れているのだろうか。
「お待たせしました、生大ジョッキ2つと、ソーセージとジャガイモのマスタード添えです。」
彼らのテーブルに品物を届けにきたのはミランダではなく、黒毛のイヌ科獣人だった。
「おー、ユージンか、今夜は早いんだな。」
「ああ、ママが今夜はとんでもなく忙しいって言うんでね、ちょっと早めに入ったのさ。」
「ふぉ、そっかぁ、(ゴクゴク…) んまぁ、(ムシャムシャ…)お前も結構、(ゴクリ)大変なんだなあ。」
届けられた酒や料理を早速頬張りながら、受け答えをしているグラントを見てルドルフが苦笑する。彼の祖父は王立騎士団長、祖母は貴族娘であり、礼儀作法に関しては幼少の頃から厳しく躾られていたため、グラントのような無作法に最初こそ戸惑ったものの、冒険者という身分においてはさほど気にする事でもない、と諦めたようだ。
「二人とも、ゆっくりしていって。今はオーダーに時間が掛かるから、気長に頼むよ。」
ユージンはそういい残すと、店内を回りながら、他の客の追加注文を受け、厨房へ入っていった。
しばらくして、夕食を終えた客たちが少しずつ店を後にすると、店内は次第に落ち着きを取り戻していった。ここからは、食堂兼酒場であるこの店が、本来の酒場としての顔になる時間だ。そして、旅人や冒険者といった中でも、特にこの店の近くを拠点としている、いわゆる常連客が集まる時間でもある。
この時間帯になると、昼から働いているミランダは勤務終了となり、普段どおりであれば、この時間になってユージンが店に入ると言う形だ。レオーネも夜が更ける頃には店を出て、夜中には店の人間はユージン一人になる。
「さて、店の方もひと段落付いた事だし、そろそろ君たちの冒険談を聞かせて貰おうか。」
周囲の常連客の顔ぶれを確認しながら、ユージンが促す。常連客達は皆、言わずとも二人が久しぶりに店に来ていることだけで、冒険から帰ってきた所だという事を察している。グラントは苦笑いしながら、おもむろに口を開いた。
「あー、まあ、なんだ…。 今回は、うーん…聞いてもつまらないぜ?」
口篭もりながら話すグラントに、ユージンが突っ込む。
「君達にとってつまらない冒険でも、みんなは期待しているさ。君の話術も交えて、楽しませてあげなよ。オチのある話なら、それなりに楽しいと思うんだ。」
「いや、オチもなにも…なあ?」
と言いながら、グラントがルドルフの方を見ると、彼も額に手を当てて苦笑していた。
「君たちにとって面白くない、お間抜け話なら、みんなは楽しいと思うよ?」
その言葉にグラントが硬直する。どうやら図星を指されたらしい。そのリアクションに聴衆も盛り上がってきている。
「さあ、みんな待ってるよ、話をしてあげないのかい?」
ユージンはにこやかな笑顔でグラントを見つめている。
「このやろー…話さなきゃならない状況に追い込みやがって…。」
話術の巧みなグラントも、ユージンには敵わないみたいだなと、ルドルフも二人の心理戦の結末に感心するばかりだった。
「…で、今回のクエストは、依頼人の話を聞いた感じでは娘が誘拐されたみたいな感じだったんだけどよ…。」
いつもは得意げに話すグラントの口調が、今日はイマイチ振るわない。話をしながらも、当時の状況を思い起こすだけで気分が萎えてしまっているのかもしれない。だが、彼の話術そのものは健在のようだ。特に人の真似は。
「そこの金持ちババァがキーキー甲高い声で叫ぶんだわ。『うちの可愛い愛娘のミルキーちゃんが誘拐されてしまったんざます! アンタたち、無事に助け出してくれたらお礼は弾むざますよ!』ってな。 んでよ、最後に見かけた場所とか手がかりになりそうな場所を聞き込んだわけだ。」
事の顛末を全て知っているルドルフはおかしくてたまらないらしく、時折笑いを堪えている。
「…で、居場所を突き止めて、張り切って乗り込んだ敵の本拠地っつうか…人里離れた場所に建っちゃいたが、まあ、普通の家だわなぁ。そんで、家の中の様子を探るために、窓から中を覗いたらよ、いかにも人の良さそうなライオンのじいさんが一人、ぽつねんと居ただけだった訳だ。」
聴衆は酒も入っていて、おとなしく聞き入っている者ばかりというわけでもないが、話し始めた事なので、グラントは周囲に構うことなく、そのまま話を続けた。
「まあ、ありがちな罠かも知れねえと思って、ルドルフに正面から普通に入ってもらって、その隙に俺は裏口から忍び込んで、中を探るっていう、これまたありがちな作戦で中に侵入したんだが…なあ。」
そこでルドルフとグラントが思わず顔を見合わせると、ルドルフは堪えきれずに吹き出してしまった。
「まさか、あんなところでお前らしくもないミスをするとは思わなかったよ、ハハハ。」
「だからそんなに笑うなってー! 仕方ねえだろ、あのボロ家のボロさは予想外だったんだよ!!」
二人の話では、その小さな家は、獅子獣人の老人の家で、予想以上に老朽化が進んでいたために、グラントの体重だけで裏口の戸の前の床が抜け、忍び足で進んでいた彼は床を踏み抜いて老人の部屋に倒れこんでしまったのだという。盗賊としてあるまじきミスだった事も彼のプライドに傷をつけたのだが、その現場を、丁度玄関から入ってきたルドルフと、彼を迎え入れた老人に目撃されていた事が、何よりも彼にとっては恥ずかしかったに違いない。
「その瞬間、場の空気が文字通り凍りついたよな…。」
ルドルフがぼそりとつぶやくと、その言葉に聴衆も当時の状況を想像して、どっと爆笑が起こった。
「おまえら、笑うなー!! 誰だって、ミスはあるんだ! 仮にも人が住んでいる家で、あんな風に壊れるなんて思ってもいなかったんだってば!!」
グラントは躍起になって聴衆の笑いを抑えようとしている。よほどあのミスが精神的に堪えたらしい。いくら言い訳をしても、このようなミスは盗賊にとっては致命的だ。
「まあ、それで結局、そのご老人に話を聞くと、最近迷い込んだ子猫がいて、家で餌を与えてるという事でね… その白い子猫、立派な首輪をつけていたので、もしやと思って依頼人の貴族の御婦人の所へ連れ帰ったんだ。そしたら、ね(笑)」
真っ赤になって怒ったり恥らったりしているグラントに代わってルドルフが続きを話し出した。
「予想通り、その子猫がミルキーだったんだ。 …だから、今回のクエストは戦闘だとか、危険だとか、一切ナシでね…。ご老人の家を破壊しただけだったのさ。もちろん、謝罪もしておいたし、修繕のために後で知り合いの大工を手配すると約束しておいたよ。」
その言葉にグラントが続けた。
「あんのババァ、愛娘とかいって、猫だなんて一言も言ってなかったよなあ。しかも迷子になった程度で誘拐されたとか大袈裟だしよぉ!」
「でも、獣人だとも一言も言っていなかったし、しっかり確認しなかった自分達も悪かったかな…。」
悪態をつくグラントに対して、ルドルフは冷静だ。
「あー、そうかもしれねぇなぁ。 まあいいや、もう済んだ事だしな! …つーわけで、俺らの冒険談っつーか、アホ話はこれで終わり!」
聴衆は二人の「冒険談っつーか、アホ話」が、冒険としてはお粗末だった事に不満はあったが、話にオチがついていた事に満足し、それぞれのテーブルへ戻っていった。
「ところで、ルドルフ、大工の知り合いなんて、いるのかい? この酒場もちょっと水周りが痛んできているから、できれば紹介してもらいたいよ。」
と、これはユージン。何気ない話の隅々までしっかりと聞いていたようだ。
「ああ、ユージンはレグルスが大工やっていた事を知らなかったのか。今度会った時に話しておくよ。」
「それは初耳だよ。でも、身近に大工が居て助かったよ。で、もし知り合いが居なかったら、グラント、君がその老人の家を修繕していたのかな。」
その言葉にグラントが言い返す。
「俺は器用だから大工仕事くらい簡単だけどよ、ンな面倒クセーことやらねえよ。設計や材料の調達だって考えなきゃならねえだろ!」
一攫千金を狙う冒険者盗賊には、地道な作業は向いていないのか、それとも見返りのない仕事はやらないというのか、自分で壊したのに直さないという、微妙に無責任さを感じさせる発言にユージンが突っ込んだ。
「壊したのは自分なのに、後の始末は全部人任せなんだね…。ルドルフ、同情するよ…。」
「ハハハ、それはどうも。 でも、俺は気にしていないよ。」
その言葉にユージンは、『ルドルフ、君の人の良さには頭が下がるよ。』と苦笑しつつ、店の奥へ戻っていった。
「まー、今回はこんなチンケなクエストだったけどよ、次はもっとちゃんとしたクエストが受けられるといいな!」
グラントの言葉に、ルドルフは大きく頷いていた。
「とりあえず、客も空いてきたんだから、どんどん注文していいよな? …とりあえず、コレと、コレと、これ! 早く持ってきてくれよな!」
グラントは先ほどまでの恥ずかしい体験談を打ち消そうと必死になっているように見えた。
「グラント、ヤケ食いヤケ酒は良くないぞ。」
ルドルフが優しく諭すが、今の彼には効果がないようだ。
「ウルセェ、これが飲まずにいられるかっての!」
「そんなに、気にしてたんだな。」
「もー何でもいいから酒もってこいー!」
レオーネの酒場の夜は、まだまだ続く。
Grant's Episode #01 しょうもない冒険談 End

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