prayasさんの日記
2006年11月03日19:21 神秘家ピタゴラス
「万物の根源は数である。」と言ったのはピタゴラスだと今に伝えられている。ピタゴラスは数学の定理だけが知られているので彼は数学者と思われているが、実は神のように尊敬された神秘家だったのである。彼は数秘術の創始者とも言われている。ピタゴラスは心の理解力を獲得していてあらゆるたぐいの賢い行為を完全にこなす卓越した知恵ある人だという証言が伝えられている。心から望むとき事柄の成り行きすべてを見て取れたという。
ピタゴラスはエーゲ海に浮かぶサモス島に紀元前581年頃に生まれ、エジプトに行き秘教を学び、南イタリアにあったギリシャの植民都市のクロトンに移り、沈黙を規律としたミステリー・スクールを設立したと伝えられている。ピタゴラスは未来の予測が出来て、二十もの自分の転生を記憶していた。冥界に降りたり、神々や精霊、動物とも話が出来た。また同時に複数の場所に現れたという。同時に別な場所に現れるのは仏教では六神通力の一つ神境通と呼ばれる。ピタゴラスは人に被害を与えた熊をやさしく撫で、食べ物を与えて、今後生き物を襲わないと誓わせてから山へ返したという。アッシジの聖フランチェスコにも同じく狼を手なずける話がみられる。これらのエピソードはシャーマンを彷彿とさせオルペウスの話とも重なる。
オルペウスはギリシャ神話の琴座の説話で出て来る。彼は竪琴の名手で、生きながら黄泉の国と人間界を自由に行き来き出来た。森の動物たちはオルペウスの爪弾く竪琴の音に恍惚として耳を傾けたと言う。オルペウスの教えでは人間の魂は肉体に閉じ込められ、本来の神性を忘れて眠っている。しかし我々が肉体への囚われからはなれた時、その魂は自分自身の神性さに気づく。魂は転生輪廻の苦しみから解放され、物質的な肉体を脱ぎ去って天上界の神の元へと還り、神と融合する。
チャンドーギャ・ウパニシャッドには目隠をされて己の神性さを忘れた男の話が出て来る。男が「ここに目隠しされたまま連れて来られた。目隠しされたまま捨てられたんだ。」と泣き叫んでいると、誰かが目隠しをはずし、町の方角を示してくれた。道を尋ねながら村々を渡り歩き、男は無事に帰宅する。
チャンドーギャ・ウパニシャッドをシャンカラの解釈でまとめると次のようになる。肉体の罠に囚われて存在(アートマン・ブラフマン)から遠ざけれてしまったのが目隠しをされた男である。この男は「私は苦しい。」「私は賢い。」「私は欲しい。」「私は憎んでいる。」「私は不幸だ。」と私と大いなる自己とを混同して、誤った考えに囚われてしまった。そこから逃れるにはどうすれば良いのか、散々探したあげく最後に、他人に対して慈悲あふれ、真我を実現した人間(グル)と出会う。そして霊知(ジュニャーニャ、ヴィドヤー)を学び自分が道を見失った放浪者だと思っていたが、それが間違っていたことに気づく。そして存在とは何かを知り、自らがそれだということを理解するのである。自己の真の姿を知る事によって、自分が作り上げた牢獄状態から解放される。男は喜びと平安に満ちて我が家に帰還する。アートマンを見いだしたのである。ヒンドゥーの教えでは真の自己を忘却した者は無知(アヴィドヤー)によって苦しむのである。
オルペウスの最後はバッコスの巫女達に八つ裂きにされ、手足はばらまかれてしまう。河に投げ込まれた首は歌を歌いながら島に流れ着き、丁寧に回収された首は神託を下すようになる。ここにもまたシャーマニズムにあらわれる象徴が見いだされる。
オルペウスは「最も聖なるイニシエーションを示した。」とされ密儀宗教の創始者と目されている。
イニシエーションの構造は参入者が死と再生を経て、より高次の存在に再誕生することにある。ウパニシャッドではイニシエーションをデクシャと呼ぶ。イニシエーションを受ける者はデクシタと呼ばれ、胎児にされる。子宮を象徴する特別な納屋に入れられ、精液に見立てた水を浴びせられる。神々に捧げられた供物として儀礼的な死を向え、神の生け贄にされるのである。参入者の死、胎児化、そして再生をはたして神々に近づくのである。
インドのマハラジャ(王)の即位式はデクシャを行ない地上の支配者として宇宙的再生をする。密教のイニシエーションは灌頂(かんじょう)と呼び、頭頂に水を灌ぐウパニシャッドのデクシャから来ている。聖書でのメシアはヘブライ語で油を注がれし者という意味だ。ユダヤ教でのメシアはダビデの子孫から生まれ、イスラエルを再建して世界に平和をもたらす存在とされている。
しかしユダヤ教徒やキリスト教徒だけが救われるローカルな時代は終わり、たった一人のメシアだけが誕生するのではなく、これからは地球に住むもの誰もが皆油を注がれメシアとなる時代が訪れるだろう。メシアとは地球に平和をもたらす存在のことだからである。地球時代の真のメシアとは国家、民族、宗教の条件付けを超えた地球市民として生まれ変わる者が誕生することなのだ。当然これを読んでいる人も自分自身とまわりに平和をもたらす存在としてメシアになるのである。そのためには当然古い条件付けから脱皮しなくてはいけない。それが本当のイニシエーションである。形式的なイニシエーションは自我が平行移動するだけで自我は超越せず以前と変わらず同じ次元に止まるだけだ。
オルペウスのイニシエーションは秘密だった為に詳細は不明である。伝わっているオルペウスの教えは不死や輪廻の思想、黄泉の国の魂の罰と天上界への帰還、禁欲、菜食主義、沈黙の重視などである。これらの教えはヘルメスからアポロに伝わりオルペウスを経てピタゴラスに受け継がれた。ピタゴラスの死後、アルキッポスとリシュスの二人を残して、ピタゴラス派の人々は焼き討ちにあい殺されてしまう。紀元前3世紀にはピタゴラス派は消滅したと伝えられている。
しかし、ピタゴラスの秘教的な教えは地下水脈となって地下深く流れていった。10世紀にエメラルドタブレットがヨーロッパで翻訳され15世紀にはヘルメス文書が翻訳され中世のヨーロッパでは錬金術が流行した。そして新プラトン主義、グノーシス、カバラ、エリファス・レヴィの高等魔術、神智学などに影響を与えた。
参考文献
「謎の哲学者ピュタゴラス」 左近司祥子 講談社
世界宗教史 エリアーデ 筑摩書房