2000/8/31
帰巣本能
12・8・31
世の中の「文化・文明」は、殆どが、男性によって創造されて来た。
其の根元的なエネルギーは、男性の「帰巣本能(母親に対するあまえ)」から来ている。
中国の「大極殿・たいきょくでん」は、別名「鳳凰殿・ほうおうでん」であり「鳳凰」と言う架空の鳥の名が付けられている。
エジプトの神の「イシス神」も鳥の様に両翼を持ち、その頭には太陽の鏡が着いている。
マヤ文明の神である「ケツァル-コアトル」も、太陽の化身の鳥の神である。
エジプトの「イシス神」は女神であり、戦いで傷付いて死んだ「夫神・オシリス」を再生した神である。
これは、明らかに、男性が考えた神である。
其処には、男性のあまえの構造が見える。
本来、神を信仰すること自体が「あまえ・依存する心」から、発生したものだ。イエスには、まだあまえが残っているが、釈迦と老子には、もうあまえは残っていない。
イエスは「天の父よ」と、意志決定を神の所為にして居るが、釈迦と老子は、其々「ダルマ・法」と「タオ・道」と言う、宇宙の働きに気づき、人間の作為を捨てる理・ことを謂って居る。
つまり、釈迦と老子は、あまえの自己意識を、卒業しているのである。
だから、神殿を造営する事も、偶像を作る事もしてはいない。
イエスの謂う十字架は、後の人間の創り出したカルマ・業であり、神の創造した物ではないのだ。
あまえとは、人間が依存する対象として、求める天絵(あまえ)の心象風景なのではあるまいか。
観音菩薩像も、男が考え出した母親のイメージで、自分が神の懐に抱かれ、休息したいとのあまえから来ている。
イエスを生んだマリアが、慈母として愛の象徴と成っているのも、あまえの構造の現れである。
古来、女体は生産の働きの権化であり、一万年も前から、偶像として土中に埋められてきた。
その幻影が、未だに、人類の潜在意識に残っているのではないだろうか。
現在、家庭の崩壊が進んでいるのは、未熟な子供が、頼りとする両親、特に父親が「たより(太寄り)」に成らない処から、家庭を安らぎの場とすることが、出来ない事が原因である。
私が、此処まで魂しいの旅を続けて来られたのは、自分の踏み台である父親に拠る処が大きい。
父親が、何物にも依存していなかったので、家には神棚も仏壇も無かった。其の事が、私の成長段階で、神仏への依存心を育てず、自分自身が、神への祭壇を登る事が出来た要因だと考えられる。
天皇家の「十六弁菊花紋」は、元々は比叡山の開祖である「最長(伝教大師)」の家の家紋であり、シュメール文化の水のマーク「十六島(クップルイ)」から来ている。
其れに、出雲の神魂神社の階段は16段であり、神の住む社の床を入れると17で、十六菊花紋も中心の芯をプラスすると、17の数と成る。
シュメールの文化には、あまえの構造は無く、「スメルの働き・スメラのミコト」の価値観が有り、此の水の惑星で、人間はどの様に生活するのかを、考えた文化である。
それは、「スメミマ(スメ・太陽の目)、(ミマ・美しい身)」の大王が、「統べる・スメル(葦原の地を治めるの意)」との認識から、文化を築いて来た事を示している。
水辺を、自由に移動する生活では、一カ所に城を造って留まる必要も、偶像を作って、権力を行使する必要もなかったのではないだろうか。
そして、権力を維持する為に、人民の心を操る宗教や、教団や神主も必要としなかったのではないか。
自分が、自分で生きていく暮らし、其処には、あまえの構造は育ち様が無いのかも知れない。
イエスや、釈迦の訓えは、王が城に住み、国民を搾取する社会構造の副産物であって、本来必要としない哲学である。
私の、あまえ(心象風景)は、「一休禅師」や、大愚「良寛」の様に、童と遊ぶ翁・おきなと成って、「嫗・おうな」の膝枕で、息を引き取ることにある。
「イシス女神」の羽根は、我々旅人の休息の巣・毛布の象徴なのである。
何れにしても、男の旅は、男性の遺伝子の仕組みから、一歩も出る事はなく、母性の原初・原理の源へ辿り着く為の、競争原理の範疇・はんちゅうでしかないのだろう。
其れが、帰巣本能のエネルギー源として、我々「オトコ・男性」を動かし続けているのだと思われる。
平成12年8月31日
礒邉自適
2000/8/30
人が生きるとは旅をすること
12・8・30
人生の目的とは、心の旅をする事であって、お金を貯めたり、宗教を興して信者を集めたりする事ではありません。
人間の役割は、神の代わりに、此の現世での体験を通して、「心・意識」の成長を続ける事なのです。
その為に、私たちの五感の対象である、此の大宇宙・大自然が用意されているのです。
人生の成功者とは、この旅の成功者の事であって、財産や地位を築いた人の事ではないのです。
もちろん、財産や地位が有っては、旅が出来ないと言う分けではありません。
ただ、財産や地位が有ると、それを守る為に「意識・心」が、財産や地位の方向に囚われてしまうので、心が不自由になり、真実の旅が出来なくなるからです。
ですから、心の旅の成功者である老子・釈迦仏陀・イエスキリスト等は、人間社会の一切から、自由であり続けたのです。
老子(中国)、釈迦(インド)、イエスキリスト(中東)、の存在は、2千5百年、2千年と、人々の記憶の中に伝えられて来ました。
其れこそが、成功者の証です。
財産や、地位を築いた人々は、ただ歴史上に登場する名にすぎません。
其れは、何故なのでしょうか。
其れは、神の世界では「魂・たましい」と呼ばれる霊の記憶だけが、重要なのであって、物質の世界は、その霊魂の支えにしかすぎないからです。
精神は、自分の肉体や目で見えるもの、手足で捉えられる物により反応し、刺激を受けて成長を続けます。
ですから、物質もまた、神が用意したもので、神の肉体と言ってよいでしょう。
では何故、成功者と呼ばれている人達が必要かと言うと、其の物質に刺激され振り回されている人達に、その危険を知らせてくれたからです。
物と、人間の間には、言葉が有ります。
其の言葉は、人間の脳が創り出したもので、其れに拠って、脳は更に発達し、大脳新皮質と成りました。
其の大脳の新皮質は、言葉や数字を使用する為に、機能し続けて来ましたので、其の働きが大きく強く成り過ぎて、我々人類全体の意識を、押し潰した感があります。
大脳は、我々が母親の身体から生まれた直後から、人間が積み上げてきた文明・文化の中に在りますので、情報が制限されてしまうのです。
生物は、成育してきた基本体系である大自然(神の世界)から、隔離された環境の中で育つ世代が、何世代か続くと、もはや大自然とのコミュニケーションが失われてしまうのです。
そうして出来上がった権化が、大都会です。
いま一番困るのは、其の大都会で生まれ育った人達が、想像した「文明・文化」が一番正しいものとして、人類全体の社会通念を覆ってしまっている事です。
もう直ぐ、其の事に、気付く者さえ居なくなるかもしれません。
今や、大自然が、人間の意識の内に、取り込まれようとしています。
其れは、人間の大脳の錯覚なのです。
何故かと言うと、大自然の仕組みの投影が人間なのであって、人間の投影が大自然なのではないからです。
この理・ことわりに、一人でも早く気付くべきです。
其の為にこそ、人間には、旅が必要なのです。
漢字の「旅」の意味は、「軍隊が 集団で旗を立てて 移動する」と言う意味なので、イエスキリストや釈迦仏陀の言う「たび」とは意味が違います。
彼らの謂う「たび」とは、家を出て、家族や、家の仕事から、自由に成るとの意味です。
其れは、日本語の「たび・家から離れる」の意味と、同じ概念なのです。
日本の歴史は、「瓊々杵尊・ににぎのみこと」や「饒速日命・にぎはやひのみこと」「大国主命」「少名彦神・すくなひこかみ」「倭建命・やまとたけるのみこと」などの、旅人が築いて来たものです。
古代では、旅人こそ、新しい社会を想像する原動力だったのです。
其の事実を考えれば、今こそ、旅人が必要な時代と、言えるのではないでしょうか。
平成12年8月30日
礒邉自適
2000/8/27
鳳凰・ほうおう
12・8・27
「鳳凰」とは、中国の伝説の大きな霊鳥で、聖天子出生の瑞祥として、出現する物として伝えられている、神の世界の鳥である。
日本のお祭りに、繰り出す御神輿の上に飾られる鳥も、其の伝説に縁るものである。
日本だけではなく、中南米のマヤ文明のカレンダー・暦にも、同じ様な鳥がある。
其の鳥は、「時間の操縦士」の心臓から伸びた、時間の木の上に止まって、「太陽」と「蜥蜴・トカゲ(戸陰)」を操っている様に、表現されている。
其の、太陽と蜥蜴の組み合わせは、占いの意味の「易」の文字として、中国の漢字にも「易・日(太陽)+勿(トカゲ)」の組み合わせが有るので、中国とマヤの文化は、先祖を同じくする者達が、存在すると言う事だろう。
日本の伝統文化の、神輿の上の鳥や、天照大神の使いが鶏とされているのも、「天照大神」と「太陽」と「鳥」の関係を考えれば、同じ思想や風習が、伝えられているのではないだろうか。
ヨーロッパの文化は1万年くらいで、日本の縄文文化は、其れよりも古いとも云われている。
日本に、其の源の文化が存在しても、何等不思議な事ではない。
今度は、何処の国に、其の鳳凰の瑞祥が現れるか、それを見ていれば、今度の聖天子が何処に現れるかハッキリするであろう。
平成12年8月27日
礒邉自適
2000/8/25
覚者と翁
12・8・25
日本の皇室の元は「神武天皇」だが、其の「神武(若御毛沼命・わかみけぬのみこと)」に「東征して 国を治しめせ」と伝えたのは、「塩土翁・しおつちのおじ」だと云われている。
だとすれば、日本の歴史の始まりは、塩土翁の一言に因って、始まったと言う事に成る。
塩土翁は、南九州に住んで居ながら、「奈良・大和・倭」の情報が見えて居た事に成るので、天通眼が有ったか、神のメッセージを受ける能力が有った事に成る。
日本書記には、神武天皇の項に、「天皇 あまつひつぎを始めた日に 大伴氏の祖先 道臣の命(みちのおみのみこと)、大来目部(おおくめら)を率いて 秘密(しのび)の事を受けてよく そえうた さかしまごとを もって 敵を掃討した。」と、有る。
道臣命、大来目部とはどの様な人かを考えて見ると、「道・衜・ドウ」の漢字は「行+首+手」の組み合せで、意味は、「敵の首を刎ねて 手にして 行く先を清める」となり、「臣・ジン」は大きく開かれた目の象形で、意味は「道理に明るい人」となる。
道臣とは、「戦いに強く 道理に明るい人」となり、大来目部は大きな目の氏だから、「目(意)が大きな人。良く目が見える道理に明るい人」と言う事になり、道臣命、大来目部とは、神に通じた大臣と言う事になる。
其の大臣が、祝詞を唱えたり、策を指示したりして、神武天皇の「政・まつりごと」を助けたと言う事に成る。
「ブッダ・仏陀」とは「覚めた者・成仏した者」の意味で、インドの釈迦牟尼佛の事であり、釈迦牟尼佛は「聖王」か「聖者」のどちらにでも成れたのだが、聖者の方を選んで一生を送った人である。
聖王は、徳を以って「国民・おおみたから」の生活を守護し、聖者は民衆を精神的に指導する人である。
よって、理想の「翁(おきな)大人(おとな)」の働きは、覚者・仏陀と成って政治を行い、おおみこころを実行する事にある。
平成12年8月25日
礒邉自適
2000/8/25
覚者の仕事
12・8・25
「仕事」とは「仕えること」だが、何者に仕えれば善いのか、其れが人生最大の問題である。
仕えるとは、何かを支える理・ことでもある。
「支・シ」の漢字は「枝+手」の組み合わせだから、つっかい棒を持って、倒れない様に支えると言う意味になる。
しかし、何を支えたら良いのか、近頃、其れが明確でない。
仕事の仕は「人+士」で、「士」は、立てるの意味で「志・こころざし」の事である。
「こころざし」とは、心をさすことで、何か、心に挿さなければならない事になり、其の為には、何等かの仕方(方法)を見付けなければならないのである。
其の為には、自分(自らの分け)を知って、仕分けをしなければ、仕事が見つからない事になる。
其の仕分けが、千手に分けられ表現されたのが、千手観音菩薩の姿である。
その、千手に分けられた命・みことが「やおよろずの神々」で、それを神むすびするのが、「総大神」であり「王君・大王・スメラのみこと」である。
其の、総大神が現れてこそ、仕官の道がハツキリしてくるのである。
「仕方が無い」ではなく、仕方を明確にする必要に、迫られているのだ。
仕が絡むと「柵・しがらみ」と成って、事がスムーズに流れなく成り、「まつりごと・神むすび」が巧く行かない。
其の為に、柵を解くのがホトケの役目である。
其の「ホトケ・覚者」である釈迦は、其の「御事・みこと」に成る為の入口の門が、8万4000も有ると、説いたのである。
自分の業・カルマを解かないと、「リリジョン(religion・宗教)」の新しき神との結びが起きないのだ。
「天御中主神・あめのみなかぬしのかみ」は、「高御産巣日の神・たかみむすび(精霊の働き)」と、「神御産巣日の神・かみむすび(現世の働き)」と三神で、「造化三神・ぞうかさんしん」と呼ばれている。
イエスキリストは、「天御中主神」を「天の父」と呼び、「聖霊」と「子(この世のむすび者)」の三つの働きを説明している。
イエスキリストの言う「子」とは「仏・ブッダ」であり、大御心の親・「スメラの天津日継の司祭」・聖者の事である。
平成12年8月25日
礒邉自適
2000/8/24
遺伝子は画像を抱えている
12・8・24
近代科学の発展で、遺伝子・DNAは「記憶・情報」のシステムだと理解されて来た。
遺伝情報とは、環境が変化してストレスが起きた時、新しき環境に適応する為に、自分の肉体情報を組み替えて、変化して来た記憶の集合であると言う。
環境に合わせると言う事は、其の環境情報を読み取るセンサーを、持っていなければならない。
其れに、自己認識の画像と、変化の目的や、目標の画像を、組み込む能力を必要とする。
例えば、ジャングルに住む蝶の仲間で、羽根に大きな目玉の図形を持っている種が居る。
其れは、自分を狙う鳥を騙して、自分の身を守る為に、用意した智慧だと言われている。
此処で不思議なのは、蝶は、自分が鳥に食われる立場である事を自覚しており、自分の敵である鳥の性質まで知って、鳥の立場から、自分の背中の図柄を見ている事である。
つまり、地上に留まっている自分と、木の枝に止まっている、敵である鳥の意識まで、自分の意識の範疇にしているのである。
其の、空間の捉え方の能力には、驚きを隠せない。
昆虫は、人間と違って、生まれた時から、家庭や家族も、学校も無い。
昆虫は、誰に習うでもなく、卵から孵って、自分の智慧だけで、生命を全うして行くのである。
其の驚くべき能力は、小さな脳だけで、出来る事ではないだろう。
細胞の一個一個が、自分の能力を認識していて、脳は、其の集合機能として、働いているに過ぎないのではないだろうか。
人間の場合は、大脳新皮質が発達して、言葉を創り出し、文字を使って、文明文化を興して来たのである。
そして、異なった世界を創り出し、自然の生き物とは、違った世界に住んでいる。
人間は、自分の何分の一かは、動物と同じであり、自然の一員で在る事も忘れて、やれ芸術だ、ITだと騒いでおり、自分の生命の営みに、意識を向ける事が無く成って来ている。
そう言う人々は、今の、文化や文明が、エネルギーを失って滅びた時は、生きて行けないだろう。
其処には、生きる為の画像が無く成って、頭の中が真っ白に成り、一歩も歩けない類人猿が、蝉の抜け殻の様に、ただ立ち眩んで居るだけである。
平成12年8月24日
礒邉自適
2000/8/23
無常折檻
12・8・23
今朝「無常折檻」との、聞き慣れない言葉が頭に出て来た。
朝起きて「折檻・セッカン」を、辞典言泉で調べて見ると、以下のように説明されている。
「中国前漢の朱雲が 成帝を強くいさめて 怒りを受け、朝廷から引きずり出されようとした時に 檻につかまったため、その檻の手すりが折れたという漢書に見える故事による」厳しく叱ること。転じて、責めさいなむこと。「子を折檻する」
こうしてみると、「折檻・せっかん」の言葉が持つ意味は、あまり喜ばしい場面ではない。
「庁」の漢字を調べて見ると、「庁」は「广+丁」の組み合わせで、「广」は建物の屋根の意味であり、「丁」は「聴」の略字であり、元字は「广+聴」の組み合わせで、「建物の中に 聴く人が居る」ことを表す象形文字である。
此れに拠ると、役所とは、国民の云う事を能く聴く所であり、叱る所ではないらしい。
叱るには、叱る側の事情がある分けだが、叱る行為と権力は有史以来、二人三脚を続けている。
「無常・ムジョウ」を調べて見ると「現世における 全てのものが すみやかに移り変わって、しばしも同じ状態にとどまらないこと。特に生命のはかないこと」と有る。
私の父「礒邉勲」は、私が17歳の秋に、49歳の若さで亡くなったが、私は父親に叱られた記憶が一度も無い。
父は、戦後中国から引き揚げて帰る時、「不見猿・不言猿・不聞猿(見ざる 言わざる 聞かざる)の三猿の置物だけを、大事に持って掃って来ている。
そして、その置物を、自分が何時も座る場所の頭上に、板を打ち付けて其の上に安置していた。
家の中には、其の他には、正式には、神棚も仏壇も置かなかった。
もちろん、神社や寺に参拝する事は一度も無かったし、子供達に其れを勧める事も無かったのである。
父親は、49歳で亡くなったのだが、其の時私は未だ、17歳だったので、反抗期の真っ最中だった事もあり、父親から、生前に、是と言った教えを受けた記憶が、残念ながら余り無い。
だから、父親の無常観について、聴く機会も無いままであった。
ただ、小学校4年生の時「自適よ 人が走ったからといって つられて走るな」と、云われた言葉が記憶に残っている。
「無常折檻」の意味は、此の、只今の森羅万象の現象世界は「道・神」の現われであり、其処には「徳・法」がおのずと備わっているのであるから、その道の働き・徳に、任せて居れば、誰かが誰かを叱る事も無く、檻の取手が折れる損害も、起きないと言う理・ことだろうか。
付け加えて措くと、父親が叱らない分、母親が代わりに、しっかりと叱ってくれた。
しかし、何で母親に叱られたか、其の原因を一つも覚えていないのは、子供だった私にとって、母親に叱られることは、苦痛ではなく楽しみだったのかも知れない。
本日53歳の8月23日に「無常折檻」と頭に出て来たのは、何の意味が有るのだろうか。
父の命日が10月23日で、祖父の命日が9月23日だから、23日は先祖の月命日である。
其れを意うと、私の命日が11月23日に成れば幸いだと想う。
私は、今朝のメッセージを「生成化育」其の侭に、鏡であるから、其々が自分を映し見れば良い。
そう受け取る事にした。
平成12年8月23日
礒邉自適
2000/8/23
友と争
12・8・23
「友・ユウ」と「争(爭)・ソウ」は、同じ二本の手を表す文字だが、意味が反対である。
「友」の漢字の成り立ちは「手+手」の組み合わせで、賛同する者同志二人の右手の形である。
一方「爭」の漢字の成り立ちは、上下の手が、物を奪いあらそう形である。
友と、争(爭)の漢字の意味は、物を与え合うか、奪い合うかと言う、単純な現象を現している文字なのだ。
「争・あらそい」が鎮まる事を、「静・セイ」と言う。
其れからすると、静の前には、争が有った事になる。
其の様子を想像すると、人間の進化の前に、食べ物を取り合う猿が、自分のすぐ目の前に見えて来る。
いや、「爭」の上の手は、木の上の猿の手で、下の手は、私し自身の手なのだ。
猿と人間が、樹上と、地上で、自然の恵みを奪い合っているのだ。
平成12年8月23日
礒邉自適
2000/8/20
神は水鏡で始まった
12・8・20
神は、水鏡から来たと言う伝説が有ります。
其の所為かどうかは分かりませんが、神社には鏡が供えられています。
昔の銅製の鏡では、人間の顔は、はっきりとは映らなかったのではないかと想いますが、其れでも鏡は、昔から長い年月伝え続けられています。
エジプトの、女神「イシス」の頭上にも鏡が付いております。
日本の山岳信仰では、岩鏡と言って、正面を向いた岩の平な面を、自分の魂を映す反射板として斎祈しております。
これらの事から考えると、「神様」の一番身近な処に、「鏡」が位置している事が理解できます。
私は、自分の体験から、この件を、次の様に理解しています。
人間は、神を意識する前に、自分を自覚する必要に迫られます。
神と言う、対象を見詰めるには、まず自分の自我がなくてはなりません。
その為には、自分の確認が必要ですが、其の自分に気付き、自我の確認をするのが、水鏡ではないかと考えられます。
日本語「鑑・かがみ」の語源が、「かがみ込んで 自分の影を見る」処から来ている様です。
自分の顔を、一度も見た事の無い人間が、森の湖泉に映る、自分の顔に気付いた時の驚きは、どんなものだったでしょうか。
其れが、自分の顔だと気付くまでには、多少の時間が必要だったと想います。
その顔が、自分の顔だと気付いた時に、人間に、「自分」と言う意識が生まれたのではないでしょうか。
最初の人間が、其れに気付き、後の人間は、その事を、最初の人に教えて貰うので、もう驚きは有りません。
其れは、もう当然の事としてしか、伝わって行かないからです。
同じ様に、現代の宮司や神官が、皆に見方を教えてしまうので、教わる側の人の意識を素通りしてしまい、当然の事としてしか、伝わらないのです。
教育も、総て、その様に認識が起きないまま、意識の表層を流されて行きます。
今では、誰の鏡にも、自分の顔は、絵に描かれたものでしかないのです。
其処には、神の神秘はもう見出せないまま、トキが悪戯に過ぎて行きます。
だから、今では、絵の映らない鏡に向かって「鏡よ鏡」の儀式を続けて、無駄な時間を使っているのです。
何故かと言うと、当然と成ってしまった現象は、認識作用を目覚めさせる力が無いからです。
「神は 水鏡でやって来た」確かにそうなのです。
最初に、自分を見た者、其れが神の本体なのです。
神とは、認識の別の云いか方なのです。
其の理に気付いた、釈迦牟尼佛は「私は目覚めた。ブツダに成った。」と、謂い放ったのです。
そして、天照大神は太陽神ですし、イシスも太陽神です。
鏡で自分を見るには、太陽の光りがなければ成りません。
人間は、太陽の光りに拠って、自分の自覚が起きたので、光が神と成ったのです。
神とは、「ただ今」の認識の中に住む働きなのです。
過ぎ去った、過去の意識の中にはいないのです。
鏡とは、ただ今の認識をする為の、神具なのです。
神は、水鏡で来たと言うのは、真実なのです。
其処にしか、真実の神の働きは有りません。
平成12年8月20日
礒邉自適