初めまして naguです  

こんにちは。
初めてここへきてくれたあなたは
今どんな気持ちでいるのでしょう?
乳がんと告知され、懸命に闘おうとしている?
闘う家族を支えたいと思っている?
きっと不安で、心細くて、どうして私が・・・って
そう思っていますよね?
みんな同じです。不安に思って当然なんです。
でもね、一緒に闘いましょう。
そして毎日笑って過ごしましょう。
笑顔が一番!!
病院に行く日以外はがん患者であることを忘れて
思いっきり人生を楽しんじゃいましょう!
一度しかない、神様が与えてくれた大切な人生なんですから。
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2019/10/4

お疲れ様  家族のこと

令和元年10月2日0時35分・・・父が他界しました。
昭和14年生まれ、享年81でした。

病院から連絡がきたのが1日の11時20分ごろ。
残り数日と言われてはいましたが
面会時間が15時からなので、
娘と15時に家を出て病院に向かうという約束をして
それまでは通常通り過ごそうと、家事を終え
11時50分からのステップのレッスンと
その後のピラティスに参加するべくジムに向かいました。
ジムでチェックインしたと同時にスマホが   

急変ということではありませんが
血圧が下がってきているので
ご本人の体力次第でどうなるか・・・という状態です。
そばにいてあげてはどうでしょうか?


病院からです。スタジオに入っていなくてよかった。
支度をしてすぐに行くと伝え、ジムのフロントで
今チェックインしたんだけど、父の病院から
連絡来ちゃったんで、チェックアウトしてくれる?

と、お願いして急いで帰宅。
施設の支配人と今後の打ち合わせに来ていた兄と
母を拾って、父の待つ病院に向かいました。
その場で下の兄と我が家の子ども達、夫に連絡。

下の兄は仕事を片付けて急いでこちらに向かうと。
15時に面会する予定だった娘も すぐ行くから住所! と
大急ぎで病院に向かってくれました。

13時を回ったくらいに母の疲労がピークになったようで
帰って休みたい と連呼するようになりました。
娘は到着していましたが、下の兄はまだ来れておらず
父を独りにすることはできないので
下の兄が到着したら母を帰すことにしました。

母と上の兄はそのまま母の部屋で待機することにし
あとから来た下の兄を病院に残し、私も一時帰宅。
やりっぱなしだった家のことを済ませ、夕飯を作って
高校から帰宅した次男を連れ18時に再び病院へ。

私はそのまま病院で夜を明かすつもりで
支度をしていったのですが
病院の個室に空きがなく、大部屋のままだったため
面会時間終了後は、病室から離れた廊下の
長椅子にいるよう言われてしまったのです。
下の兄と相談し、帰宅することにしました。
兄は埼玉に住んでいるため、夜中に急変した場合は
来ることができないけれど、あとは頼むと私に託し
帰っていきました。
私も一緒に来ていた次男と、会社帰りに駆け付けた
夫とともに帰宅し、いつ呼ばれてもすぐに向かえるように
支度だけして22時にはベッドに横になりました。

23時45分、病院からの電話で起こされた時の私の心拍
エアロビクスやった直後より早かった >へ<

お帰りになられた時よりかなり弱っています。
血圧が40しかありません。
早めにこちらに来られた方がいいかと思います。


すぐに母の部屋に泊まっている上の兄に連絡し
私はすぐに出られるけれど母も行くか尋ねました。
当然行きたいと言うので、迎えに行くから
すぐに支度してと伝え、施設の玄関で待機。

・・・待てど暮らせど下りてこない '_';
何やってるんだよ!と、やきもきしながら待つこと10分
やっと母と兄が現れました。 おっせ〜よ!  ←心の声
人前に出るのに化粧しないわけにはいかないから・・・と
お化粧してたんだそうです >へ<

向かっている途中、夫から連絡が来て
再び病院から連絡が来て
心臓が止まりそうだから急いでと言われたと伝えられた。

病室に着いたのは0時25分。
看護師に 2分前に心臓が止まった と告げられた。

私はショックで何も言えず。
母は 間に合わなかったの? と、キョトンとしていて >へ<
何で化粧なんかしてたんだよ!
そのまますぐ出れば間に合ったじゃん!
 と
怒りが込み上げてきたが、必死で言葉を飲み込んだ。

心停止していても、医師が立ち会わなければ
呼吸器を止めることはできないため
酸素は供給され続け、肺が膨らんだり萎んだりしている。
それを見て母は まだ生きてるわよ!動いてる! と。
肺に酸素を送って膨らませてるだけだということを説明し
医師が来るのを待つ。
救急外来が来てしまったとのことで
医師の立ち合いまで10分待たされた。

慌ててやってきた医師は、瞳孔と心拍の確認をし

0時35分、ご臨終です。
力及ばず、申し訳ありませんでした。


と、語った。

涙は止まることなく流れ続けたけれど
穏やかな顔をしている父を見て安堵している自分がいた。

その後体に装着された管を全て抜き
きれいにしてもらって霊安室に移動。
死亡連絡を施設に入れるとすぐに
病院から施設に戻る手筈を整えてくれ
施設の支配人も飛んできてくれた。

頼んでいた葬儀屋が2時過ぎに迎えに来てくれて
父を乗せて施設に戻り、施設内の聖堂に安置してくれた。
施設の方に、あとは任せて休んでくれと言われたので
お線香だけ上げさせてもらって帰宅した。
母には兄がついていてくれるからひとまず安心できた。

3時半に帰宅し、ビールを出して独り父に献杯した。

お疲れ様、頑張ったね。ゆっくり休んでよ!

そう言いながら5時までビールを飲んで1時間ほど眠った。
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2019/10/1

覚悟  家族のこと

父が緊急搬送されてから10日。
人工呼吸器を装着したり
心臓にペースメーカーを埋め込んだり
意識が戻ることを期待しての治療を行ってきた。
今後の身体への負担を考え、人工呼吸器を外して
気管切開をするという提案もいただいたが
それはお断りすると決め、昨日医師と面談を行った。

面談の約束が15時だったため
母に気分転換をさせるべくランチをして
買い物をしていると、父の入所するホームから電話が 

看護師のMです。先程お父様の面会に行ってきました。
その際、15時から医師と面談されると聞きまして
もしよろしければ同席させていただけないでしょうか?


施設の方たちは、入れ替わり面会に行ってくれていて
聞こえているかわからない父の手を握って
声掛けを続けてくれている。・・・ありがたい。
前回の面談内容も施設の看護師には伝えてあるが
戻ってこれた時の体制を万全にしたい・・・と
様態の変化を聞きに通ってくれているらしい。
医師からの説明で疑問に思うようなことも
専門的な知識を持っている人が聞いていれば
より分かりやすく伝わるのではないか・・・と
同席を申し出てくれたのだ。

病院で合流すると、看護師だけでなく
両親の入所の際お世話になった本部のKさんも
駆けつけてくれており、母の涙腺も緩む。
Kさんとは初めて施設を見学に行った
8年前からのお付き合い。
一旦入所を断った時から入所を決めるまでの5年間も
両親に寄り添ってくれていて、一番心を許している人。
仕事だから・・・と言われればそれまでだけど
すごく頼りになり、温かい心を持っている人だと思う。
父の面会も勿論だが、母の心配をして来てくれていた。

医師の準備ができるまで、父の病室で待機。
顔色もよく、スヤスヤと眠っているだけにしか見えない。

そのハゲ頭をさぁ、ピシャンって叩けば
なんだよ!って言って起きるんじゃない?


なんて笑いながら、耳元で 起きてよ! と声をかける。 
順番に声をかけていると、面談室への移動を促された。
今回はしっかり話を聞けるであろう人間が
自分だけでなく(母は内容を理解できないから)
2人も加わってくれたということがありがたく
私にとっても支えになった。

現在の状況をご説明いたします。
前回ご説明させていただいたときに
悪化している旨をお伝えしましたが
更に酸素の取り込みが悪くなっていて
血液検査も今日の結果を見ると
かなり悪化してきていると数字が示しています。
申し上げにくいのですが、ご本人の体力次第
時間の問題ではないかと思われます。
一番は腎臓の機能の悪化が著しいということ。
手足がものすごく浮腫んでいて、肺には水が溜まり
今、体中に炎症を起こしているような状態です。
そのために血管の水分が外に漏れてしまって
血管の中は脱水症状、体には浮腫みが溜まっている。
これがレントゲン画像ですが、肺の白さから見ると
恐らく肺水腫、肺が水浸しになってしまっている状態。
そのために酸素濃度をかなりあげているのですが
それでも十分に保てなくなってきています。
非常に悪い方に進行していて
この状態だと正直時間の問題と言いますか・・・
現在十分な治療は行っていますが
それでもどんどん悪化していますので
改善というのは正直0とは言いませんが
限りなく0に近い状態です。
場合によっては短期間で・・・と考えられます。
先日、気管切開の説明をさせていただきましたが
その手術に耐えうる体力はないと思われますので
現状の治療のみを続けながら様態を看ていくしか
できないという感じです。
今後、急変が起こった時に延命治療を行っても
患者さんの身体を傷つけ、苦痛を与えるだけで
何かよくなるというわけではありません。
今後、急変があった場合、無理な治療は
控えた方がいいのではないかと考えています。

体力がなくなり、急変を待つのではなくて
最後を家族で看取れるように
人工呼吸器を抜いてはもらえないかと尋ねたが
今の日本の法律ではそれは認められず
安楽死という扱いになるためできないと返答された。
一度装着した呼吸器を外せば生きていけないと
わかった上で外すのはやってはいけないことなんだ。

今できることは、これ以上酸素濃度を濃くしないこと
沢山使っている抗生剤など
投与しても改善がみられないので投与を中止すること
そういったことしかできません。
薬を投与することで血管内の脱水と体の浮腫みは
酷くなっていきますので、症状が改善しないなら
投薬を中止してもよいと思います。
本人の苦痛を和らげるための鎮痛剤と
栄養の点滴は続けるべきですが
その他の治療薬は中止してもよろしいかと思います。
ただ、それによって本人が生きていられる時間
酸素を送り込んで呼吸をし、心臓が動いている
という時間が少なくなるということは考えられますが
ご本人が苦しんでいる時間は短くなるということです。


家族は意識が戻って改善する見込みがないのなら
本人の苦痛をできるだけ取り除いて
早くラクにしてあげたいと思っていると告げると

安楽死ということはできませんが
ご本人の尊厳を損なわず、なるべく静かな形で
見送りができるように・・・という方向で
行わせていただこうと思います。
ただ、完全に治療をしないという形ではありません。
ご本人、意識はありませんが
管が入っている痛みは感じておられます。
それを抑える鎮静の薬は引き続き使っていきます。


最後に、時間の問題という時間がどの程度のものなのか
確認をすると、数日 と返答されたので、更に
数日ということは1週間はもたないだろうということか と
聞き返した。

今の悪化状況を考えると、それは難しいと思われます

医師も患者の家族にこう告げることは辛いだろうなぁ。
でも、言葉を濁すのではなく、事実を伝えるのが
医師としてできる誠意だもんね。ありがとうございます。

残りの数日、子どもたちを連れて病室で
父と思い出話をしながら過ごしたいと思う。
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