2009/8/14

湯浅譲二 バースデーコンサート 80歳の誕生日を祝して 8/12  室内楽

作曲家の湯浅譲二が12日、80歳の誕生日を迎えた。その誕生日当日に彼のことを祝うため、秋吉台の現代音楽祭に関わる音楽家や弟子たちを中心にしたグループが、東京オペラシティのリサイタルホールで公演を行なった。

湯浅の作風をめぐるキーワードはいくつもある。例えば、最近では「未聴感」ということを頻繁に口にしているように思うが、「未聴感」は本質的な価値ではなく、作品を残したいと思う者にとっての前提的な条件ではあれ、本当に大事なのは、そのことによっていかなる表現をしたいかということに尽きる。ありがたいことに、最初の「マイ・ブルー・スカイ第3番」(ヴァイオリン独奏)を聴いた瞬間、湯浅が本質的になにを求めているのかは、すぐに直感できたといって間違いではなかろう。

つまり、楽器本来の持ち味、そして、それを弾く人間の持ち味というのを、いかに引き出すかということが、それである。フルート独奏による『タームズ・オヴ・テンポラル・ディーテリング』の演奏において、そのことはより象徴的であった。この作品はまず演奏者が肉声を発し、それを模倣するようなフルートの響きが、そのイメージを追いかけていくところに始まる。以下、人声との重ねあわせを中心とする特殊奏法を交えて、作品は鷹揚に展開していく。

ここで、私が面白いと思ったのは、そうした奏法の特徴が風変わりな聴感に止まることなく、徐々に本質的な表現、つまり、楽器と演奏者の持ち味の表現という「本丸」に向かって推移していくことにあった。聴き手が皮相的な面白さに呆れてしまう頃合いを見計らって、湯浅はすかさず別のパラダイムを準備し、否応なく聴き手と演奏者が1:1で向きあう瞬間を用意する。例えば、このフルートの作品は9分あまりにすぎないが、後半にいくと、こうした手法の面白さに向きあう演奏者のこころと、聴き手の関心がおもむろに出会うような感覚が待っており、そこに演奏者の個性がぬっと裸身を晒すことになる。

このような形で、湯浅の作品の前に立つ者たちは、たちどころにその本性が丸見えになるが、実のところ、聴き手のほうも同じように裸にされるのだ。

日本の作曲家にほぼ一般的なように、湯浅もピアノが得意であると思われる。ピアノ独奏による『メロディーズ』と、ヴィオラ独奏による『ヴィオラ・ローカス』では、前者に作曲家の愛着があり、後者には作曲家としての興味がある。愛着は作品に自然な展開をもたらすが、必ずしも身近な楽器ではない場合は、それに代わって、知らないものに対する飽くなき関心と、本来の演奏者には思い当たらないようなイメージの転換や組換を生み出す可能性が高くなる。そこに、ある種のユーモアが生まれやすい。

わかりやすいのは、テューバ独奏による『ぶらぶらテューバ』だろう。テューバの特徴はいくつかあるが、そうした要素に対して湯浅の示す温かい関心といったものが、この作品のほとんどすべてを占めており、悪くいえば、子どもじみた、あるいは、童心を思い出させるような素直な共感が見えてくる。湯浅といえば、前衛のハードな知性家というイメージがあるが、その本質的な部分に、こうした純粋なものがあることは見逃されがちではなかろうか。

初演の平松英子に代わり、松平敬が歌った『R.D.レインからの二篇』は、親交のあったレインという精神病理学者の追悼のために、レイン自身のつくった「つぶやき」「私はなくしてしまった」の二篇の詩を選んで付曲されている。ところが、その内容は葬式のものがなしい弔辞とは似ても似つかず、リラックスした、賢者の諧謔に満ちた作品なのである。特に、後者では日本語訳のあとに原語の詩が追っかけるような形になっており、その二重性のなかに、愉快な友人との国境を越えた関係がユーモラスに忍び込んでいる。ここでも、湯浅とレインの関係が、音楽と詩(もしくは、それぞれの中にあるパーソナリティ)によって、やはり1:1で向き合っている。

最後に、二十絃筝の曲『筝歌〈蕪村五句〉』が演奏されたが、ここでは蕪村による辞世を含む5つの句が選ばれ、謡がつくようになっている。この曲はいわば一種の歌曲なのであるが、伝統的に存在する「筝歌」とは似て非なるものと言えそうな気がする。もちろん、それは20世紀的なイディオムをふんだんに含んだ響きのイメージからもたらされる感覚でもあるが、より本質的に、声と筝の音の関係性においてパラダイムが異なるように感じられるせいでもある。うまく説明できないが、湯浅の作品における声と筝の音と、付け加えるならば、さらに蕪村の句との関係は、それぞれ1:1:1で対応するように思えるのだ。

湯浅の作品では単純な融合をよしとせず、それぞれの要素がパラレルな価値観を保っている。ここでは、吉村七重という傑出した筝の奏者と、それとは別の謡の名手が、蕪村というもう1人の天才とを加えて、パラレルに我々の前に出現する。その壮観たるや、表現のしようもないほどだ。ここにこそ、湯浅の音楽の本質の本質をみる想いがしたのである。

80歳になったとはいえ、湯浅は杖をつくでもなく、まだまだ元気そうである。昨年、100歳の誕生日を迎えた先輩のエリオット・カーターもバリバリに現役で、いまだに新しい作品を披露しつづけている。この老爺を追いかけて、まだまだ20年も若い湯浅には頑張ってもらわなくてはならない。

【プログラム】 2009年8月12日

オール・湯浅・プログラム
1、マイ・ブルー・スカイ第3番 (vn:ジョージ・ヴァン・ダム)
2、クラリネット・ソリテュード (cl:山根 孝司)
3、タームズ・オヴ・テンポラル・ディーテリング (fl:大久保 彩子)
4、ヴィオラ・ローカス (va:般若 佳子)
5、メロディーズ (pf:藤田 朗子)
6、テナー・レコーダーのためのプロジェクション
 (テナー・リコーダー:鈴木 俊哉)
7、R.D.レインからの二篇 (vo:松平 敬)
8、ぶらぶらテューバ (tub:橋本 晋哉)
9、筝歌〈蕪村五句〉 (二十絃筝:吉村 七重)
10、川島素晴 湯浅メロディーズによるプロジェクション (全員)

 於:東京オペラシティ リサイタルホール
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