2008/11/25

ゼッダ マホメット2世 ROF 日本公演 11/23 A  演奏会

前回は、作品全体についての考察が中心だったが、今回の上演について、演出とキャストの面から触れておこう。

【演出はつかず離れず】

演出は、ミヒャエル・ハンペだ。大きな枠組みとして、最初の記事で述べたように、すべての困難にも愛は勝るという大テーマを、2つの場面で強烈に印象づける以外は、つかず離れずの中庸な演出だったといえようか。

印象に残ったのは、第1幕、女たちの祈りの場面で背の高い十字架が、象徴的に使われていること。この場面以降、前景に十字架(オスマン軍が来ると彼らの旗に置き換えられる)、後景にあとで問題になる砦が浮かんでいて、このあたりの処理も手堅い。天幕のなかで、アンナとマホメットが向かいあう場面では、サルタンが入ってきた瞬間、目を隠して女中たちが出ていく場面や、サルタンという立場から1人のオトコに戻っていくときに、マホメットが帽子を脱いでアンナに向かいあうところなど、繊細でいい。

最後の墓前のシーンでも、霊廟の内壁や墓の蓋に十字架があしらわれており、なんといっても、この作品の重要な、だが、あまり声高に語られない要素が、やはりロッシーニの信仰心であることを象徴している。大詰め、アンナが自らにナイフを突き刺しながらも、マホメットに抱きつくように倒れる場面は、すこしウェットだが、感動的な場面となる。この死が、父やカルボ、ほかの虜囚の女たちだけでなく、マホメットさえも救ったように、私には思えたのだが、どうだろうか。

【キャストについて】

キャストは、大体において役柄によくあっており、それぞれの持ち味を発揮しやすい場所で、歌手たちが魅力的に歌い演じた。

既に述べたように、レベカの活躍は誰からみても明らかだろう。父親のエリッソは、フランチェスコ・メーリが、もの凄いスピントを効かせて大活躍し、観客を驚かせていた。メーリは確かに凄いのだが、長く聴いていると、すこし飽きが来る(なんと贅沢な耳!)。だが、アーダー・アレヴィ(カルボ役,Ms)が深みを添え、レベカの親密な声が全体を凝縮してくれるので、メーリの驚くべき強靱な声が、何倍にも表現力を増して聴こえる。アレヴィは前半、すこし声のキレが鈍い感じがして、さして美声でもないが、長く聴いているうちに、だんだんと内側に染み込んでくるような、柔らかさをもった表現がある。最後の三重唱で、レベカとデュオになるときの、艶やかな低音が印象に残る。その前の、長大なアリアも聴かせた。彼女については、全体に、よく鍛えられた声という印象をもった。

父娘が芯の強い声質なので、マホメット役のレガッツォはすこし辛かった。新国で「フィガロ」を聴いたときは、もうすこし強い声に聞こえたが、今回は相手が悪かったのだろう。レチタティーボの巧さなど、やはり光るものがあるが、この作品はほかの作品と比べて、レチタティーボの占める重要性は低い。特に、マホメットはそうで、むしろ、短い歌のなかで力強さを表現しなくてはならず、レガッツォ向きの役という感じがしないのだ。新国とは箱の環境もちがうが、やはり、8掛けくらいに聞こえたので、やはり好調とはいえない。特に低音の伸びが彼らしくないし、タイトな部分ではあまり歌いすぎないように、慎重な歌いくちが目立った。

最初の一場面だけだが、コンドゥルミエーロ役のテノール、エンリーコ・イヴィッリアも、良い歌手になりそうな素質を感じた。まだ声に若さが残るものの、身体の支えも逞しそうな強いテノールなので、将来、メーリを追いかけていくような存在に育つだろうか?

【まとめ】

もっと書きたいことがあるが、とりあえず、このあたりで筆を止めておこう。ロッシーニの作品のなかでも、まったく知られていない演目だったが、終演後の反応を見ても、ROF日本公演は、観客の期待に応えたといえるのではないだろうか。私も、主に作品の素晴らしさと、それを引き出したプロダクション全体の一体感から、すこぶるテンションが上がってしまった。ロッシーニは凄い!
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