2008/11/7

おくやみ ジャン・フルネが逝去  ニュース

情報が遅くなったが、今月3日、ジャン・フルネが95年の生涯を閉じたという報は、まったく残念でならない。私が知っているフルネは、せいぜい晩年の何年かだけであるが、その1つ1つが私にとって大きな思い出である。

フルネは戦前にデビューし、マルセイユ歌劇場を振り出しに、母国・フランスやオランダを中心に活躍したが、92歳、最後のコンサートを日本に定めたことからもわかるように、わが国において特に評価の高かった指揮者であり、フルネ氏も日本をこよなく愛してくれた。もうすこし、日本がフランスに近ければよかったのに!

日本のオケには数多く出演したが、中でも、名誉指揮者の称号を桂冠されている都響との関係は深い。2005年の最後のコンサートでは、ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」、モーツァルトのピアノ協奏曲第24番、ブラームスの交響曲第2番というプログラムを指揮。モーツァルトのソリストを務めた伊藤恵は、晩年のフルネからもっとも信頼されたピアニストであった。一部に酷評する者もあったが、最後の最後のブラームスを含め、この指揮者の人生の、すべてが詰まった演奏であったといえる。のろかったし、音に聞く全盛期の彼の尖った音楽は想像できなかった。しかし、そこにかかっているものの重みを考えれば、それは問題ではない。

都響のメンバーも涙を隠さず、フルネとの別れを惜しんだ。

楽団は友情の印に、フルネと、それに付き添う奥さんのために、毎回の定期で席を用意していた。もしもフルネの臨席があれば、都響のメンバーも勇気100倍したはずだ。残念ながら、実際、そこにマエストロ夫妻が座ることはなかったと思われるが、フルネは自分が来場できない場合、そのシートを「未来の音楽家のために役立ててほしい」と言い、「マエストロ・フルネ・シート」として楽団に託した。

ベルティーニに次いで、フルネをも喪った都響である。新しい道を踏み出さなければならない!

ご冥福をお祈りする。
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タグ: フルネ



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