2007/7/29

旬の2人の女性チェリストを聴く ソル・ガベッタ 山上ジョアン薫   演奏会

この日は、マチネとソワレで、昨年あたりから注目していた、若い女性チェリストたちの演奏を楽しんだ。順番が反対だが、ソワレの山上ジョアン薫は、ピアノのダリア・チャイコフスカヤをパートナーに、浜離宮朝日ホールでリサイタルをおこなった。彼女は名教師のペルガメンシコフ最後の弟子であり、その他にも錚々たるメンバーに師事している。先日のチャイコフスキー・コンクールでは決勝進出はならなかったものの、ディプローマ(演奏家資格)を獲得した。

さて、このチェリストは、技術的には相当に優れたものをもっている。弱奏部や、中音域での音色のゆたかさは耳を惹く。ところが、強く弾かねばならない部分では、それらの長所を自ら塗りつぶして、表現が単調になってしまうのがいけない。彼女は自分の演奏のなかで、その問題の解決法を実現しているのだが、本人は気づいていないのかもしれない。つまり、八分の力で弾けばいいのである。

それがある程度うまくいったのは、最後のチャイコフスキーの「奇想的小品」や、冒頭のサンマルティーニのソナタだ。技巧的な部分の多い前者では、力を抜いてリラックスした状態で弾くことが絶対条件であるため、下手に力まないで済む。また、バロック時代のサンマルティーニでは、そもそも強烈なフォルテが求められていないので、ゆったりした表現力を醸し出せたのであろう。一方、ブラームス(2番)やショスタコーヴィチのソナタでは、芯のつよい表現が求められるため、塗りつぶすような表現になってしまいがちだ。緩徐楽章には魅力的な部分もあるが、アレグロ楽章に行くと、途端に退屈な音色になってしまう。だから、しっかり音色のパレットを守るために、強奏部分で余裕のある表現をこころがけ、ばらばらに混ざりあってしまった絵の具のように、単色の響きにならないことを注意した表現をすべきだ。

これと比べると、ソル・ガベッタの演奏は、本当に驚くべきものだった。彼女は、新日本フィルの定演「トリフォニー・シリーズ」で、エルガーの「チェロ協奏曲」のソリストとして登場した(C.アルミンク指揮)。繊細の上にも繊細。響きは少なめで、音がきれい。しかも、内省的な奥深い世界を音化して、我々にしっかり伝えてくれる表現力の高さがある。

それにしても、かなり独特な演奏だったことは確かだろう。冒頭部分は独奏の我がままが効くし、またそれが面白いのであるが、ガベッタの場合、カチッカチッとフォルムを決めていって、全然、はみ出ることもなく、流れるように、二の句、三の句を接いでいくのだ。唸り、引きずりながら、徐々に楽曲の流れに乗せていくようなアプローチが主流だとは思うが、ガベッタの演奏はなんとも清潔で、音符外への持ち込みが少ない。だからといって、ドライというわけでもない。内側に触りがたい、微妙な感情の襞を抱えながら、ガベッタは生まれたての赤ん坊でも扱うようにして、慎重に駒を進めていくのだ。

協奏曲だというのに、彼女は、自分の音がバックグラウンドの向こうに埋没することを、すこしも恐れていない。そこが、山上の演奏と明らかにちがう点だ。ガベッタは、チェリストにとっての命が、音色のゆたかさにあることをよく知っている。それを守るためならば、どんな犠牲も厭わない。幸いなことに、アルミンクはこの場所での「ローエングリン」の上演を思い出して、半分の響きでソリストを守りつつ、繊細なツケに徹してくれた。最初のヤマで、独奏が最高音まで上り詰めて、オーケストラがそれを力強くなぞっていく場面だが、ガベッタはその上行部分においてさえ、すっきりした美しいラインを崩そうとしない。終わりの方をすこしだけ引っ張り気味にすることで、高音の処理を滑らかに進めようとしている。ガベッタについて指摘できる唯一の弱点は、ときどき、こうしたハイポジションで響きが軽くなってしまうことだ。

ゆったりした自分の流れで、たっぷりと感情を描き出した第1楽章。そこで浮かび上がってきたのは、エルガーを捉えた死からの誘惑だ。その雰囲気をさり気なくサポートする、死と親密なクラリネットの音色である。だが、ガベッタの演奏で効く限り、辛いことばかりではない。第2楽章のドラマティックな動きや、第3楽章の甘さも、十分に印象づけられているが、それらの表現は、なんとも上品なメッセージとして仕上げられており、まるで、お祈りでも聞いているような感じがした。

第4楽章はひとつひとつテーマが丁寧に色づけされており、隙のない表現力がぎっしりと詰まった素晴らしい演奏。特に、コーダの前で美しい思い出が回想される部分の甘美さ、その引き締まった響きの美しさは、忘れることができないだろう。これにつづくコーダは、葬儀の最中、愛人の在りし日の思い出からふっと現実に帰ったような、リアルな感情がふっと姿をみせる。だが最後は、それを振り払うようにして、からりとした響きで、悠然と弾きおわるのである。最後だけ、すこしテンポ・アップして、我々を空想の世界から引き上げてくれるかのようだった。だが、それまでの余韻がなくなるわけもない!

アンコールでは、まったく知らない曲、ヴァスクス「チェロのための『本』」という作品からのピースが演奏されたようだが、作品自体は特殊奏法を使いながらも、しっとりとした叙情を感じさせる聴きやすい曲だった。それをガベッタが、丁寧に弾きあげる。途中、チェリストが声を出して、旋律をなぞるところが何ともいえない。それがまたメッツォ風の美声であり、一口にいえば「そそる」。ここで、泣きが入ったのは言うまでもない。

そのほか、ベートーベンの4番と、この日の委嘱新作については、次のエントリーで書く。
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