渡来と海人
http://www.oct-net.ne.jp/~hatahata/yhazu%20yahagikara.html
矢筈岳(やはずだけ)
熊毛郡 屋久島町一湊 矢筈岳(やはずだけ)矢筈崎(やはずざき) 屋久島の地名。一湊松山遺跡出土品 一湊川によって開けた沖積低地および砂丘地にある。矢筈岬と一湊湾が形成する天然の良港に恵まれ,背後には「布引きの滝」が流れるなど,生活に必要な水を容易に求められる立地条件の整った場所である。九州における縄文時代前期を代表する曽畑式土器が,大量に出土した特徴ある遺跡として注目されている。この土器は,屋久島から遠く離れた熊本県宇土市にある曽畑貝塚が標識遺跡で,一般的に底の丸い深鉢が多く,壺,碗などもある。外側のほぼ全面と内側の口縁部の一部に細いへら状,もしくは棒状の道具を使って文様を描いている。
曽畑式土器が発見されている地域は,朝鮮半島南部の釜山市にある東三洞(とうさんとう)貝塚から九州全域,さらに沖縄県など,南北950キロにも及ぶ。そのため,朝鮮半島と西北九州縄文人との活発な交流が考えられている。
(「教科書にのらない鹿児島の遺跡 37」 県立埋蔵文化財センター)
http://www.edu.pref.kagoshima.jp/er/kyouzai/ruins/kagoshima-iseki-top.files/kakuiseki/kaku-isekinew.htm
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結論
1 矢筈地名・矢作地名は地域の有数の河川沿いにあり、
多くは海岸の良港から内陸の鉄産地に集中。
2 隼人あるいは熊襲、そして尾張氏に関わった場所である。
3 多氏に関係した場所でもある。
4 特に矢筈は漁港、漁業基地、砂鉄の出る浜が多かった。
5 従って尾張氏、隼人、熊襲、多氏が製鉄に関わった氏族であると証明できる。
6 比較的であるが、原発などのコウキケンドの施設が散見できた。
以上。 2007年6月9日 かわかつ著・編集