2009/12/13

雷鳴轟きて  走り書き

暗闇の中、そいつはヤバイと思った。


バイトで城に潜入した際、出くわしたその場面。
辺りは暗いので、詳細はわからない。
だが、この咽返るような血の臭いだけは隠しようも、誤魔化しようもない。
その部屋にいたのは一人の男。
女の気配ではない。
そして、多分、この血の持ち主である肉塊。
おそらく一刻前までは人間であったであろうモノ。
どんな死に様なのか、想像に難くない。
多分、朝日が差し込めば、この惨劇さがわかるだろう。
夜の闇に覆われていて、ある意味良かったかもしれない。
そんなもの、見なくてすむならその方が良い。

「君、誰?」
男の声音は楽しそうだった。
今にも歌いだしそうなぐらい、陽気だった。
それでも心の臓を揺さぶるほど、こいつは強く危険だと俺の本能が言っている。
この、楽しそうな表情の裏側は、得体の知れない暗闇でいっぱいだ。
笑いながら人を殺せる、人でなしの感情。
殺気もなければ、憤怒も恐れも迷いもない。
これが、忍者のあるべき姿なのだろうか。
本能がどれほど警告音を鳴らしても、俺の体は寸とも動かず、頭の中はそういったどうでも良いことを考えていた。
「あれ?君、忍術学園の生徒?」
言い当てられた。
男からは俺が見えるのだろうか。
まさか。
俺に見えないものが、相手にも見えるとは思わない。
俺の目の良さは、並じゃない。
自画自賛でもない。
「見えなくてもわかるよ。なんていうかね、気配というか、雰囲気というか。忍術学園の人間って、大体同じ雰囲気なんだよね。先生も一緒。まぁ、先生達は仕事の最中は自分に戻っちゃうんだけどさ。表すなら、大川流、なんだろうねぇ」
男はひどく饒舌だった。
そして学園のことをよく知っているようでもあった。
だが俺はこの男のことを何も知らない。
ゆえに、気を抜くことなどできない。
この男は、強いから。
「ふぅん」
男は感心したように笑った。
「自分の力量を弁えてるじゃないか」
僕はそういう子は好きだよ、と続けられた。
馬鹿にされてるのだ、反吐が出る。
「今殺しちゃうのは惜しいね。君、まだまだ強くなれるよ」
男はこちらに近付いてくる。
その時、遠くで鳴っていた雷が、轟音を立てて光って落ちた。
瞬間見えた、その男の顔。
薄く笑った、凍てついた能面のような。
雷はそれきり光らず、男の顔はその一度きりしか照らさなかった。
男は喉の奥で笑って、俺の横を通り過ぎた。
「次に会う時までに、もう少し強くなっていなね。それまでは」

――僕のことは忘れておいで。

戦慄が走る、というのはこういうことを言うのだろうか。
俺の背中には嫌な汗しか流れなかった。
遠くが騒がしく、俺は慌てて城を出た。
仕事は明日以降にお流れだ。
外に出ると、先ほどの雷のせいで火事になりかけているのだと知った。


あの男と対峙していた時に握り締めていた刀は、いつの間にか根元から折れていた。
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2009/12/13

花散る雨  走り書き

それを訊いたのは、いつでどこだったか。

長い廊下に、僕と彼の二人きり。
廊下を挟んだ壁には何もなく、廊下の始まりと終わりが見えないぐらい遠い。
しかしそれは自分の記憶が曖昧だからだろう。
それは僕が幾つの時だったか――いや、互いに私服であったから学園内ではない――のであれば、それは僕の家の廊下に違いない――それが正しいのならば、十一の頃か。
記憶と過去を重ね合わせれば、そういうことになる。
思えば、十三の子供にひどく難しい質問をしたものだ。
彼は最初、かなり呆けた顔をした。
それはそうだろう。
多分、今の僕が訊かれても同じような顔をすると思う。
「・・・なんだ、それは」
彼の問いかけはとてもゆっくりだった。
僕は再度同じことを口にした。
「良い人ほど早く死ぬって、皆が言ってた。何で?」
彼は僕をじっと見て、それから考えるように顎に手を当て天井を仰ぎ見た。
そうしてすぐに「ああ」と呟いて、僕に目線を戻した。
「斜向かいの若い男が死んだんだってな。知り合いか?」
「うん。ううん、あんまり」
最初の肯定はその若い男が死んだことに、次の否定は大した知り合いではないことに対しての返事だった。
この頃の僕は会話が下手で、意志の疎通のしにくい子供だった。
家の者以外で僕の言うことを全て理解できた人はいない。
彼もまた、最初の頃はわからないとよく癇癪を起こしていたものだ。
慣れというのは凄い。
「そうか、喜八郎」
家にいるときだけ、彼は僕を名前で呼んだ。
「うん?」
「良い人だから早く死ぬんじゃない。早く死んだから良い人なんだ」
よくわからなかった。
その言葉も、その二つがどう違うのかも。
「結果論だな」
と続けられたが、僕の頭は混乱するばかりだ。
「わかんない」
僕の率直な言葉に、今度こそ彼は苦笑して、窓の向こうに咲いた中庭の桜を――そうだ、桜が咲いていたのだから、季節は春だ――指差して、
「花を手折るのならば、散った後より咲いている最中の方が良いだろう?」
そう言った。
僕は頷く。
散った後では残るは葉のみで、意味がない。
だけど。
「でも折るより、そのままであった方が良いよ」
僕の言葉に彼は瞬間驚いたように目を見開いた。
しかしその後すぐに、喉の奥で笑いながら、
「そうか。そうだな。花はあるままが良いな」
中庭の桜を見た。
「文次郎さん?」
いつまでも笑っている彼が不思議で、僕は声をかける。
「悪いな、俺にはそれ以上答えられねぇよ」
彼はそのまま僕に背を向けると、廊下を進んでいく。
「えー」
僕の不満げな声に、僅かに立ち止まり肩越しに僕を見た。
それは、とても大人びた顔をしていた。
口に中に唾が溜まって、それをごくりと飲み込んだ。
「お前がもう少しろくでなしだったら、忍者に向いていたんだがな」
それは、当時もう忍術学園に入っていた僕には侮蔑の言葉だったのだろう。
だが僕はそんなことより、彼が何だか悲しんでいるような気がして、追いかけて問いただしたいような、慰めたいような気分になった。
けれど、僕の体は楔でも穿ったかのように寸分も動かず、声も出なかった。
彼の姿が見えなくなって、朝から空を覆っていた雲がとうとう雨を降らせ出すまで、僕はずっとそこに立っていた。
それは、僕が十二になる年、彼が僕の家で過ごした最後の長期休暇のこと。


初めて僕の学年で命を落とした生徒が出たとき、彼の言った意味をようやく知りえた。
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2009/12/13

故意に、失せる  走り書き

冬の学園はひどく寒い。
吐く息も白く、そして空気は透明な色を湛えるかのように凍てつくように冷たい。
その冷たささえ名残惜しむのが、ここをもうすぐ巣立っていく者の、常。

空気を掴むかのように、小平太は掌を握り締めた。

「次屋」
背後に気配を感じ、その者の名を口にして小平太は振り返った。
次屋は少し離れたところに立って、小平太の一連の動作を見ていた。
そして振り返った小平太の顔を見て、息を一つ飲み込んだ。
発しようとした声が飲み込んだ息に抑えられて出てこない。
せめて、今、一言口にできたなら。

――何を彼に、言えただろう?

「なに泣きそうな顔をしてるんだよ」
くしゃり、と頭を撫でられる。
学年の中では高いほうの自分の背丈も、彼には到底敵わない。
でもそれは決して嫌じゃない。
けれどこの手はもうすぐここからなくなってしまう。
自分が入学した時からあったこの手は、もうあと一月もしないうちに二度と触れられないところへ行ってしまう。
きっと、彼は。
自分の在学中にはここに戻ってこないだろう。
遊びにも来ないだろう。
そんな確信が何故だかあって。
そして彼は。

頭に乗せられた手を取った。
それはこの寒い校庭で、何もせずに立っていたとは思えないほど温かくて。
それが余計に寂しく思えた。
だけど、悲しくはない。
だから。
「泣くわけないじゃないですか」
笑うことができる。
ただちょっと感傷に浸っただけ。
この寒さが、凍てつくような空気の冷たさが、透明な水色が。
全てそれに拍車をかけただけのこと。
もう、自分は。
「先輩、最後の委員会が始まりますよ」
覚悟を決めている。
「おぉ、もうそんな時間か!」
この平穏な檻の中で二度と彼に会えないことも。
「遅刻者は先輩だけです」
次に会えるとしたらもう一端の忍びとしてということも。
「なにぃ! 走るぞ!!」
でもきっとあなたは。
「ちょ、待ってくださいよ〜!」
あなたは。
「早く来い!」
きっと俺らのことを覚えていない。
この学園で学んだこと以外は全て足枷だったとして、ここに残していく。
友達も、教師も、俺ら後輩も。
それができるのが、ここの六年生。
甘ったれた情も、それを生む過去も。
全部切り捨てていく。

あなたはさっき、そんな顔をしていた。
この空気に負けないぐらいの、むしろそれ以上の冷たい眼をしていた。
この時期この学園がこんなにも冷たい空気を纏うのはそのせいかもしれない、なんて。
埒もないことを思ったり、した。
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2009/12/13

本当は持っていたもの  走り書き

母が死んだのは五年生の冬だった。


母の死に目には間に合った。
連絡をくれたのは父ではなく、長く母に付き添った婆からだった。
母は貴族の出だったが下級だったし金もなかった。
そんな彼女についてきてくれたのは婆だけだった。
この婆がいなければ、母の死に目には立ち会えなかっただろうし、ましてや長期休暇で帰るまでその死を知らないで過ごしただろう。
私は婆に礼を言うと、婆は涙を流して母の元へと連れて行ってくれた。
母は、昔から丈夫な方ではなかった。
そんな母を父は省みなかった。
父は一代で財を築き上げた人で、母と結婚したのも家柄のためだということはようとして知れた。
だから、というべきなのか。
母は私を一心に愛した。
それは異常なほどに。
誰にも会わさぬよう、口をきかぬよう、私を窓一つしかない蔵に閉じ込めるという手段に出るほどに。
父が強引に学園に入学させなければ、私は未だあの蔵にいたかもしれない。
目の端に映った蔵は、あの頃よりずっと小さく見えた。

「仙蔵」
か細い声で母は私の名を呼んだ。
傍により、座る。
随分と母は小さく見えた。
あの蔵と同じように。
だがそれと違うのは、私が大きくなったからだけではあるまい。
母は一層に痩せ衰えていた。
だがそれでも。
母は私の手を握り、そして。

「ごめんね」

そう言ってくれた。
そんな言葉、今までただの一度もかけられなかった。
自分の中で何かが落ちた。
しかしそれとともに。
握られた手の力は潰え、蒲団に乾いた音を立て落ちた。
背後で婆が泣き出したのがわかった。
私は、といえば、母の手を握り返すこともなく、ましてや謝ってくれたのに言葉を返す間もなく、逝ってしまった彼女にただ呆然とするかしかなかった。

葬儀が終わると、すぐに学園に戻った。
もうこの家には戻ることはないだろう、と思ったが何の感慨もなかった。
ただ婆がいつまでも門のところで見送ってくれていたのには、不覚にも目の奥が熱くなった。
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2009/12/13

遠き落日  走り書き

長期休暇で家に帰る。

「ただいま帰りました」

返事は、ない。
一瞥されるだけで終わった、久々の再会。
一般的に称すれば『家族』と括れる集団でも、俺の場合はこんなもの。
でも。
もう慣れてしまった。
あの人たちにとって俺は、いてもいなくても同じ存在だから。
あの日を境にこうなった。
俺はちっとも後悔してないけど。
ただ不都合がないわけじゃない。
それはちょっと困ってはいる。

「おかえり」

背後からそう声をかけられた。
振り向かずともわかる。
俺にそんな言葉をかけるのは、ただ一人。
潮江家の長男、跡取り。
要するに、俺の兄。

「ただいま帰りました」

先ほどと同じ言葉を口にして、頭を垂れる。
同じ潮江家に産まれたとしても、俺と兄の差は計り知れないぐらい大きい。
今のご時世、どの家もそういうものだろうが、兎角この家はそれが著しい。
ほら、兄がここに来た途端、母の顔が綻ぶ。
いつぐらいから、あの顔を向けられていないのだろうか。
少し、胸の奥が痛んだ――気がした。

 後悔していないのだから、痛む必要などないのだ。
 だからこれは、気のせい。

俺は兄の顔を見ないように頭を下げ、部屋を出た。
兄の視線が気になったが、振り切るように頑として前を向いていた。


「文次郎」

いつもの場所で、高い空を眺めていた。
ここにいると、何故だか必ず長次が来る。
だから俺は驚かない。
多分これが俺らにとって普通のことなのだ。

「・・・すまない」

そして彼が俺に一言謝るのも、いつものこと。
俺はちっとも気にしていないのに。
彼はずっとあの日のことを謝り続けている。
何度気にするなと言っても、彼はずっと気にかけている。
もうあれから何年も経っているというのに。
何より。

「お前も同じだろう」

そのはずなのに。


あの日を境に俺と長次は家族を失った。
そこにいるのに。
生きているのに。
誰も俺らを見なくなった。
後生か名残か、それとも兄の恩恵なのか。
学園の授業料だけは出してもらっているけれど。
それだけで家族だとは言いたくない。
いつ、というのは今更だし、どうして、というのも愚問だ。
『現況』が全てだ。
あの日俺が守るべきものを守ったせいで失ったのは、家族と主からの信頼。
あの日俺が守るべくして守ったお陰で得たものは、背中の傷と主の息子の信頼、そして罪悪感。

俺は俺の誇りを守った。
今言えるのはそれだけ。
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