2011年11月。 最愛の娘が自死しました。 遺書もなく、何故そんな怖ろしい事が起ったのか未だに理解できず、また現実を受け入れられない母です。 娘を追って私もいってしまいたい気持ちになりますが、遺された子供がふたりいます。二女と三女。それから私を愛してくれる夫。 この三人のために私は生きなくてはなりません。 でも本当に辛いです。 時薬があると聞きました。 本当に効くのでしょうか. このブログはすこしでも快復している自分と家族を実感できればその後の希望につながるのではないかという自分の為の処方箋のつもりで綴ります。 コメントはただいま受け付けておりません
2017/1/21 | 投稿者: よな

去年の2月から口の中が不快なのが治らない。
唾液が多すぎるのかと思ったけれど唇は乾くし舌は痺れるしむしろドライマウスなのだろうか?
もうよく分からない。
口の中が真空になる。
ネットで「口の中が真空になる」で検索掛けたら何もヒットしないかと思ったら自律神経の乱れとのことだった。
こんな症状の人はいないと思っていたから一人じゃないことが分かってちょっとほっとする。

でも思い返すとずっと寝てばかりで何もできなかった私が口の中に違和感を覚えるようになったその去年の2月位から料理をしたり掃除をしたり人と会うのが苦でなくなっていたように思う。
周りの人びとにも元気になってきたねと言われるようになったのもこの頃から。

そういえばあの日以来毎朝起きてまず頭の中に長女の十字架の描かれた黒いカバーの骨壺が浮かび上がり、長女がこの世にもういないことを認識させられて絶望していたが
口の中に痛みを感じるようになってからは目覚めて最初に感じるのは身体的な不快感となっている。

これは長女のことで悲しみ苦しむ時間から少しでも離れようとする無意識の防衛本能なのだろうか。それで体が不調になったのではないだろうか。
そんなことを考えてしまう。

体調不良にも罪悪感を感じる今日このごろ。






2017/1/20 | 投稿者: よな

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次女が描いてくれました。

私だって(笑)

実物より可愛すぎ!
若すぎ!
ほうれいせんもたるみも
みんな消してくれました。

優しい三女は「似てる!」と言ってくれたけど
正直者の夫は「誰? え? ママ? あ、ママの子どもの頃?」と思いっきり?マークを顔に浮かべてました。
「今の私を見ながら描いてくれたんだよ!」と言うと
「次女は優しいねー」

「三女は似てるって言ってくれたよ」と言って睨んでやったら
「あ、うん、優しいの意味はこうしてママを描いてくれることが優しいなと思って…」
と、もごもご言い訳してました。

うん、たしかに。
みんなやさしいねえ

長女は何て言ったかなあ


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2017/1/16 | 投稿者: よな

前の記事で私の呼び名のことで娘たちと揉めたことを書きましたが翌日には三人とも何事もなかったように穏やかに接し他愛ない冗談を言って笑ったり…。

でも夕方に次女が
「ちょっとしたケンカしても翌日には何事もなかったように話をして丸く収まったように思っても言われた言葉が胸に引っ掛かったまんまでなんか気持ち悪いことってあるよね…」
と言い出しました。
昨日のことだなって思ったけど取り敢えずとぼけて
「そう?そんなことあったの?」
と聞くと頷いて私の顔をじっと見つめてきました。
これはきちんと向かい合って欲しいということだと分かりました。
「ママはそういうことない?」と聞くので
「あるかな」
「それは最近?」
「うん、ごく最近かな」
そう答えるとお互いニヤツと笑いました。

「昨日のことだよね。
もういいよ、お母さんって呼んでも。
ママはおねえちゃまがいた頃のままで変わりたくないって願っていたけどあなたたちはまだ若くてこれからどんどん変わって成長していくんだらそれを受け入れないといけないね。ごめんね」
素直に謝りました。

次女は
「いや、私が引っ掛かったのはママが呼び名を『ママ』にこだわったことじゃなくて、あと10年経ったらこの世からいなくなりたいと望んでいると聞いたことだよ。
だって死んでおねえちゃまに会えるなんて保証はないのに私達との時間を放棄してまでそんなにおねえちゃまにあいたいのかと思うとなんかおねえちゃまの方を愛してるのかなと思って」
なんて答えて良いのか分からずそれでも
「いや、今生きている子ども達を大切にするよ。おねえちゃまは神様が側にいて守っていてくださるから」
と伝えました。
そう言いましたが、子どもたちはみんな同様に愛してるし可愛いけれど、やっぱり亡き子への思いは特別なんです…

すると前日に理窟を並べ立てて私を責めた三女が
「ママの気持ち分かるよ」と言ってきました。
「昨日はママがおねえちゃまにこだわっているのがなんか嫌で私も意固地になってママをやっつけてやろうと思ってママを責め立てて『お母さん』って呼ぶのを認めさせようと思ったけれど一晩考えてやっぱりママの気持ちも分かるなって思った。私も言い過ぎたって反省したよ」
と言ってくれました。
三女からこんな反省の言葉を聞くのは初めてです。
やっぱり成長しているんだなあ。
それは本当に嬉しいことなのだから、多少寂しい思いをしても受け入れていかなくてはーと心に決めました。



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2017/1/15 | 投稿者: よな

受験生の三女。
昨日はセンター試験でした。
6年前長女はセンター試験を目前にしてお正月に膵炎を起こし救急搬送されて入院しました。
膵炎はストレスによるものと診断されメンタルの弱さを実感しました。
その後の一般入試でも本命校で鼻血をだしてしまい時間をロスして実力を発揮できませんでした。
結果は第一志望第二志望も落ちて試験日に初めてキャンパスを訪れた「滑り止め」にだけ受かりました。
夫は浪人を勧めましたが私は長女のメンタルで浪人が堪えられるのか心配だったのでその大学に進学することを勧めました。いわゆる最難関校ではないけれど私のイメージは良かったので。
長女も大学のブランドに拘らず与えられた環境で精一杯自分を磨くと言って進学を決意しました。
大学を決めてからは入学前から英会話教室を探したりとても意欲的でした。

そんな春休みの日、私と買い物に出掛けた途中で小学生の頃の同級生に偶然会いました。彼女とは塾も一緒でした。
「こんにちはー。受験終わったねー」
その子はにこにこと話しかけてきました。
「大学どこに決まった?長女ちゃんは塾でも成績優秀者で名前をはりださるていたから、良いとこきまったんでしょ?国立?」
屈託なく聞かれて長女の顔がひきつりました。
「いや、違うよ、A大学だよ」
その子はマズイこと言ったなと言う顔をして
「あ、そうなんだ」と言い、長女は
「○○ちゃんは?」と聞き返しました。
「B大学だよ」
長女よりランクの上の名門大学の名前をはにかみながらでもちよっと誇らしげに答えました。
「そうなんだ、おめでとう」
長女はそう言って別れました。

家に帰ってから長女は部屋に閉じ籠り大音量で音楽をならし大きな声で泣いていました。
バタンバタンと物を投げたり暴れているような音も聞こえてきました。
私は気がすむまで暴れさせてあげようと思って声も掛けずにそっとしておきました。

しばらくして気がすんだのか長女が部屋から数冊の赤本(過去問題集)を持って部屋から出てきました。

「これ、三女にあげて。
きっと三女もこのレベルの大学受験すると思うんだよね。
私が受験勉強で困ったのは過去問やりつくして他に問題に取りかかりたいと思ってもこのレベルの英文がなかったのよ。解く問題がなくて困ったの。
6年前の過去問が手に入れば問題には困らないと思うのよね。だから三女のためにこれ取っておいて」


この話を先日「過去問、皆やっちゃったよー」という三女に長女の赤本を手渡しながらしてやりました。

「なんか…すごい妹思いだね…。愛を感じたよ…」
三女はそう言い傍で聞いていた次女も頷きました。
最近は次女と三女は
「おねえちゃまって、ジャイアン並みに横暴だったよね。私なんて『遊んでほしければ弁当箱洗っておいて。その間にあたしはお風呂にはいってくるから。そうしたら早く遊べるでしょ?』なんて言われてしょっちゅうおねえちゃまのお弁当箱洗わされたよ」
なんて愚痴ったり
「あの人は中二病で自己顕示欲の塊だから」
なんて悪口を言うことが多くなっていたので
私は久々に長女の優しかった所や三女の資質を見抜いた先見を次女三女が誉めてくれたので嬉しくなりました。

「でも…今塾で過去問はデータとして保管されてるから6年前以前のも手に入るんだよね…」
三女が手にした赤本を見つめながらつぶやきました。
「そうなの?!」
がっかりした声で思わず叫んでしまったら三女はバツが悪そうな顔をしましたが、それでも気を取り直して
「あ、でも塾のデータは解説がないから。赤本は解説があるからやっぱり助かるよ!これで勉強すればおねえちゃまも成仏できるね!」

成仏って…。
一言多いなあ。

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2017/1/14 | 投稿者: よな

先日の日曜日、長女のバイトの上司先輩同期が3人で来てくださいました。
毎年11月の命日の頃にバイトの仲間は訪ねてきてくれたのですが今年は連絡もなくて、5年も経てば仕方ないかな、皆さんお忙しいでしょうから…と思っていました。
が、転職してアメリカの大学院に進学された上司が一時帰国しているこのタイミングで来てくださったのでした。
本当にありがたいです。
5年経っても心に留めてくれる友達がいる。
親として心から嬉しいです。
長女は寂しがりやで最期はきっと孤独を感じてしまったのどと思うけれど、あなたはこんなに愛されていたんだよ、と教えてあげたい。
見てるかなあ。
一緒にいてお喋りを楽しそうに聞いていたかしら。
去年はパパが若い人達を相手に喜んじゃって人生訓みたいなものを演説し始めてしまったから、今年は皆に話をしてもらおうね、長女の話を聞かせてもらおうね、皆も久々にあって懐かしい話とかしたいだろうからね!と念を押しておいたので一人ではなしまくることもなくて良かったです。
夫の言い分は、長女の話をすると皆暗くなってしまって良くないかと思ってーということでしたが、長女の話をしなければ一体皆さんなんのために集まったんだか分からないのではないだろうか。

帰り際にこれもひとつの御縁だからこの繋がりを大切にしていきたいと皆さんに言って頂いて嬉しかったです。


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2017/1/14 | 投稿者: よな

我が家では私は「ママ」と呼ばれてます。
19歳の長女も、20歳の次女も、18歳の三女も、53歳の夫も「ママ」と呼びます。
自分でも家での一人称は「ママ」です。

夕べ次女が「わたし、いつまで『ママ』ってよぶのかなぁ」と言いました。
三女はそれを聞くと勢い込んで
「私も思ってた!これからお母さんって呼ぶことにしたい!良い?」と私に聞いてきました。
「良い?」と聞かれて私は反射で「やだ」と答えました。

「なんでー?」と聞かれて、なんでだろうと考えてみると
長女のいない新しい家族の形になってしまうようでそれが嫌だと思ったのでした。

子ども3人にママと呼ばれたあの幸せな日々が遠くに離れていってしまうような、もっと言えば今の生活とは別物の夢の世界になってしまうような…

でもそれは言いづらくて
「だってなんか老け込んじゃうような気がして」なんて言いましたが言ってるそばから目に涙がたまってきてしまいました。

「ああ、おねえちゃまか。おねえちゃまがお母さんって呼ばなかったから嫌なんでしょう?私達だけ成長しておねえちゃまを置いてきぼりにするようで嫌なんでしょう?
それ、言われちゃこっちは何も言えなくなるね」
ふたりは不機嫌そうに言いました。

家族の形が変わっていく
牧師にも予言されていたことでした。
それを受け入れなくてはならないのは頭では分かっているけど難しいことです。

私はずっと家の中のあちこちで長女を感じていたい。
次女や三女が居心地よく生活できるように心を配り何でもしてあげたいとは思うけれど、
私も長女を身近に感じて生きて生きたい。
ここは私に譲ってほしいと思うのは私の我が儘なのかなあ。

「それじゃ私達30歳になってもママとかおねえちゃまとか呼ぶの?イタクナイ?」

口を歪めて笑いながらそう言う二人に
「大丈夫。あと10年くらいでママはもう生きてないと思うから。
年とってもママと呼び続ける心配はないよ」

イライラしてつい余計な一言を言ってしまいました。
非常に雰囲気が悪い中、夕食を終えてほとんど口をきかずに夕べは就寝しました。

呼び名なんてこだわることないって分かっているんだけど…。
もう少し時間をくれないかなあ。





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2017/1/9 | 投稿者: よな

今年は次女が成人になりました。
昨日教会で成人祝福礼拝に参加し今日は振り袖を着て主人の母も一緒に渋谷のホテルで昼食をいただきました。
長女を成人目前にしてなくしてしまった私には感無量でありました。
教会で前に出て牧師から祝福の祈りをしてもらってる後ろ姿に涙が溢れました。
神様あの日から次女の命をお守りくださりありがとうございました。
成長をさせてくださりありがとうございました。
本当に嬉しいです。

祝福礼拝、教会に行きたがらない次女だから「当日気が向いたら行くよ」と言われてましたが、「親孝行すると思ってお願い!来てくれたらママはすごく嬉しいんだけど」と頼み込んで来てもらいました。
ありがとう、次女。
そして全てを整えてくださった神様、ありがとうございます。

長女の振り袖も見たかったな…。
でも長女はあまり振り袖に関心を示さなくてその分のお金で短期留学したいとか、どうせ記念の写真を撮るならヌードにしようかななんて冗談だか本気だか分からないこと言ってたっけ。
どんな女性に成長してたのかな。
将来が本当に楽しみだったのに。
やっぱり残念で仕方がない。






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2016/12/31 | 投稿者: よな

最近思うのはこの快復への道程にゴールはないのではないかということ。

確かに五年が過ぎた今、直後の頃のような身がちぎれるような苦しみや胸の痛みは薄まったし、他愛のないことに笑えるようにもなった。
寝てばかりだったのが家族に喜んでもらえるようにと心を込めて料理を作れるようにもなった。
いろいろな人に「元気になって良かった!」と言われて笑顔で頷いたりもする。

思えば最初の三年間は記憶がない。
夫や子どもたちに
「あの映画が〜」「あの店が〜」「あの時に〜」
とこの期間の話をされてもほとんと覚えていない。
ただひたすら寝ていた。冬眠のように。
今だって記憶力は老化であまりよろしくないけれどあの三年間は特別だったように思う。

それなら今は?
家事もして、笑って、記憶力も戻ってきて…
快復したのかな?
確かに快復へ向かって歩いているのだと思うけれど、でもこの喪失感はきっと一生埋まらない。
「快復した!」というゴールには生きている間はたどりつかないのだと思う。
でもそれでも良いと思うようになった。
喪失感こそ長女への想いだから。

記憶のあやふやな三年間だけどその時に牧師に言われたことを思い出す。

「もう長女さんのいたころには戻れません。
元通りにはなりません。
でも新しいものが作られていくんです。
新しいものはいつだって深い絶望の中から生まれるのです。よなさんのご家族が神様の慰めと祝福によって新しい形を作っていくことを祈ってます」

聞いた時は長女のいない新しいものなんていらないと思ったけれど、今は、今までと違う形で長女も一緒にいて家族の新しいものを作っていこうとしているのかもしれないと思ってみたりもします。






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2016/12/31 | 投稿者: よな

あの子がいなくなって6度目の年が明ける。
この五年間は何をする気力も湧かず生涯喪中と決めてお正月の準備もせずに今まで過ごしてきたけれど、今年は次女と三女のために「普通」の行事の雰囲気を少し味あわせてあげたくなった。
といっても大したことはできなくてしめ飾りや鏡餅を供える気持ちにはならないし正月料理も筑前煮はつくったけれどおせちはデパートで買って済ませてしまったのだけど。
ただあの子がいたお正月に毎年飾っていた羽子板を今年は物置から出して飾ってみようと思った。

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三姉妹それぞれが産まれた年の年末に実家の両親が贈ってくれたもの。

真ん中の「藤娘」が長女。
左の「花むすび」が次女。
右の「道成寺」が三女。

なんとなく面立ちや雰囲気がそれぞれに似ていると思う。
次女と三女は喜んでいたけれど長女は妹達に比べて地味目な自分の羽子板があまり気にいらなかったようだ。
当時幼稚園児だったおしゃまな三女が
「将来、みんなそれぞれこの羽子板のような人になるんだよ!」
なんて言った時には小学生の長女は鼻にしわを寄せて嫌な顔をしてたし、
また何年かたって小学生になった一言多い三女が
「おねえちゃまの羽子板の人が持ってるのはシイタケ?」
なんて聞いたりしたものだから
中学生の長女は思いっきり不機嫌な声で
「笠だし!」
ってそっぽをむいたりしてたっけ。

ああ、そんな羽子板出したらまた不機嫌になっちゃうかしら。
でもきっと今なら「藤娘、華やかじゃないけど品があっていいかもなんて最近思うようになった」
ってちょっと照れながら言いそう。

こうして飾るとやっぱり我が家は三姉妹なんだと思う。
我が家は五人家族。
ずっと。







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2016/12/16 | 投稿者: よな

以前は自死遺族のブログしか読むことができなかったのだけど最近は違うものも見るようになった。
猫ブログ、鳥ブログなど見て癒されたり、
それから絶対もう二度と見ることができないと思っていた
家族ネタのブログなんかも見て笑うようになった。
今楽しませていただいてるブログは小4、小2、一才の三姉妹を持つお母さんのブログ。
幸せそうな三姉妹の日常生活なんて以前は絶対見られなかったはずなのに今は思わず声を出して笑いながら読んでいる。
昨夜はベッドの中で読んでいたのだがやっぱり面白くて笑いそうになった。
でも隣で次女が寝ているので起こしたらいけないと思って笑い声を必死に押し殺した。

翌日、次女がとても優しかった。
なんか珍しく私のことを誉めてくれたりする…。
機嫌が良いのかな、良かった!
と思って、昨夜読んだブログが面白かったことを話した。
「スッゴク面白くて夕べベッドの中で笑いを堪えるのに必死だったんだ〜」
と言うと次女はビックリした顔をして
「なんだ…!笑ってたのか。私、ママが泣いてるのかと思って心配してたんだよ。昨日何かママが悲しむことがあったかなと思い返して、やっぱり私のせいかと思って暗い気分になってたんだけど…。どうしたのって声をかけようかとおもったけどそれも怖くてできなったんだよー」

ごめん…
そうだったんだ。
心配かけてごめんね。
ママ、笑ってたんだよ。
一人でも笑えるようになったんだよ。
安心してね。







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