2012/4/30

関越道バス事故  

今日で4月も終わりだが、今月は大きな交通事故が多発した。
4月12日、京都市祇園で軽ワゴン車が暴走し、観光客で賑わう交差点に赤信号を無視して突っ込む。死者7人。
4月23日、京都府亀岡市で集団登校中の小学生の列に軽自動車が突っ込む。3人死亡。
4月27日、千葉県館山市でバスを待つ小学生の集団に軽自動車が突っこみ1人死亡。
4月30日、群馬県藤岡市の関越道藤岡ジャンクションで高速バスが防音壁に衝突し、7人死亡。

運転手死亡により事故原因が明らかでない最初の祇園の事故(あるいは事件)以外は、居眠りまたは注意散漫による事故だった。ずっと眠ったまま運転できるわけでもなし、ほんの一瞬だけ睡魔が襲ったのであろう。ただし、結果は凄惨で残酷だ。

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犠牲者が無言の帰宅 家族らおえつ
2012.4.30 19:39
 関越自動車道の高速ツアーバス事故で、亡くなった犠牲者の遺体が一夜明けた30日、富山、石川両県の自宅に無言で帰宅し、残された家族らはおえつを漏らした。
 午後4時ごろ、石川県能登町の会社役員、山瀬直美さん(44)のひつぎが、自宅近くにある夫、哲夫さんの実家に到着。出迎えた親族らが合掌し、優しく丁寧に玄関内に運び込んだ。
 遺体とともに群馬県から戻った哲夫さんと長女らは、目を真っ赤に腫らし憔悴しきった様子。山瀬さんの実父は「娘が先に亡くなることになるなんて思っていなかった」と言葉を詰まらせた。
 富山県高岡市では午前8時ごろ、会社員、長谷川茉耶さん(23)の遺体が車で運び込まれると、おえつが家の外まで漏れた。弔問に訪れた男性は「父親は何も話せない状態だった」と声を落とした。

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娘を失った父親の悲嘆とはいかばかりなものだろうか。自分には娘がいないから分からないが、察することはできる。

ちなみに富山県高岡市は我が輩の生まれ故郷である。富山県西部に位置し、県内第二の都市で人口17万人。伝統的に金属工芸が有名で、かつては銅器、今はアルミ製品の生産がさかんだ。どういうわけか、ここ1年ほどの間に全国ニュースに高岡市が登場することが少なくとも3回あった。昨年2月ニュージーランドの地震で語学研修中の富山県立外国語短期大学の学生が建物の崩落により死傷した。高岡市出身の学生が複数いた。一年前の昨年4月、高岡市内にも店舗を有する「焼肉酒家えびす」でユッケ集団食中毒事件が起こり、5人が命を落とした。そして今回の事故である。

生まれ故郷であり、親族も住んでいることから、我が輩はたびたび高岡に旅行する。自分で車を運転して行くこともあるし、高速バスに乗ることもある。だから、関越道と上信越道の分岐点である藤岡ジャンクションはときどき通る。我が輩がバスで高岡に行くときには、かならず西武バス・加越能バスの共同運行の便を使っている。値段は片道7000円ほどだ。とくにこれらのバス会社が好きだというわけではない。ただ、これしか乗ったことがないので惰性で乗り続けている。そして、最近では、これよりはるかに安い東京−高岡間の長距離バスの便があることは聞いていた。

昨年の8月のことである。高岡に住んでいる妹と姪が我が輩のマンションに泊まりに来た。彼女らの旅行は今回の犠牲者の何人かと全く同じ行動だった。夜間運行の格安長距離バスで東京ディズニーランドに朝到着し、1日遊んだ後に我が輩のマンションにやってきたのである。そのときに、高岡から東京まで3000円あまりで来ることができると聞いて、我が輩は驚いた。

近年の日本はデフレが続き、消費者は安いものばかり探して買うので価格競争が激化している。我が輩も、かつてはそういう安いものを求める普通の消費者だった。自分のことを特別だと思っているわけではないけど、最近ではそういう普通の消費行動をしていたことを反省している。原産地にこだわらず、品質もそこそこで良しとして、とにかく安いものを買い求める我々の行動が、日本国内の農業・漁業を衰退させ、生産業を空洞化させてきた。それは結果として国内の雇用を減少させ、賃金の上昇を妨げ、我々自身に跳ねかえってきた。

旅行にしてもそうではないか。東京からだと、北海道や沖縄に行くよりも、韓国や中国に行くほうが安上がりなこともある。我が輩は40代半ばにもなって、いまだ北海道も沖縄も行ったことがない。だけど、そうやって国内の観光地など見向きもしない我々の行動は、ただでさえ人口減に苦しむ地方の経済をさらに疲弊させ、北海道の広大な土地が外国人に買われたり、沖縄県の知事が中国に行って「どうか観光に来てください」とお願いする事態に立ち至っている。韓国との国境の島である長崎県対馬ではもはや韓国人観光客ぬきには島の経済は立ち行かなくなっているらしい。

話を元に戻すと、東京から高岡までは、新幹線と特急を乗り継げば1万3000円くらい。我が輩が使っているバス便で7000円くらい。自家用車の場合は高速料金とガソリン代で、やはり1万3000円ほど。であるから、2人ならば高速バスの料金よりやや安くなるという程度だ。だから、3000円あまりで行けるというのは、無理のある話なのではないか、と思った。

ざっと計算してみた。今回事故を起こしたバスには46人が乗車していた。1人3500円の運賃として、16万1000円。50人乗りのバスはガソリン1リットルで4kmくらい走るらしい。600km走るとして、150リットル。現在値1リットル150円として2万2500円。高速料金は金沢−浦安間が2万4300円。運転手1人として日当と宿泊費で2万円。とすれば、必要経費を差し引けば9万4200円。それを、バス会社とツアー会社で山分けするとして各々4万7100円。ただし、これは連休中の繁忙期のことで、ふだんはもっと少ない人数でもバスを走らせることもあるだろう。ツアー会社、バス会社、それぞれ社員5人の会社だとしても、社員1人あたり1日9000円の給料をもらえばあとは何も残らない。実際には、車両の維持費や事務所の家賃、通信費その他さまざま経費がかかっているのだから、かなり苦しいのでは。まあ、他にも様々なバスを運行させているのかも知れないが...

計算からは、これが儲かる商売なのかどうかよく分からなかったが、運賃を安く抑えるために運転手を1人だけにしていて、これが事故の原因であることには誰も異論がないだろう。2人で交代していれば仮眠をとることができたのだから。ちなみに、我が輩が利用する便はかならず運転手2人体制で運行している。

連休の楽しいひとときをディズニーランドで過ごすはずが、思わぬ事故に巻き込まれ、不慮の死を遂げた若い女性達のことを思うと胸が痛む。ただ、我々はこの事故から何かを学ぶべきなのではないだろうか。我が輩は、今年の夏は学術調査のために外国に出かける予定であるが、格安航空便は絶対に使わないだろう。
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2012/3/11

発災から一年  

今日は午前中曇っていたが、午後からは晴れ間も広がりやがて快晴の空になった。あの日から一年が過ぎた。早いなあとも感じるし、いろんなことがあったとも思う。ところで、一年前の今日はどんな天気だっただろうか。晴れていたような気もするし、曇っていたような気もする。

テレビでは午後からNHK・民放ともに地上波では特別番組を組んでいた。被災地の現状を伝えるとともに、残された人たちの亡くなった人たちへの思いと悲しみ、避難者の苦労と苦悩を伝えていた。テレビ東京だけは、「なんでも鑑定団」や「日曜ミステリー」を流していて、さすがだと思った。不謹慎という気はしない。信念のようなものを感じる。

国立劇場では天皇皇后両陛下をはじめ、閣僚も参加してで東日本大震災一周年追悼式が行われた。

現在までに死者1万5854人、行方不明者3155人。発災時刻である2時46分には近所のショッピングモールにいた。多くの人出で賑わっていた。発災時刻の2時46分になると、「だだ今から犠牲者を悼んで黙祷を捧げます」という放送が流れた。立ち止まって黙祷をした。どれくらいの人たちが黙祷を捧げていたのだろうか。目を閉じていたので分からない。そのときスーパーマーケットに入ろうとしていたので、立ち止まって入り口を塞いでしまったが、邪魔だとは言われなかった。

スーパーでは食肉売り場に宮城の黒毛和牛が特売で並んでいた。被災地応援にかこつけてこの日に特売を持ってきたのではとついつい思ってしまった。たぶん邪推だろう。というわけで1パック1000円のバラ肉薄切りを購入した。

関東では、このところ震度3の地震が何回かあった。毎月11日前後に大きな地震があるという話を聞いていたので、もしかしたらちょうど1年後にまた来るかも、と少し不安な思いも心をよぎる。このところ首都直下型が来る可能性が大きくなったという報道もあり、世間話というと「地震が多いですね」とか「東京でも大地震がいつ起こってもおかしくないって言うし、恐いですよね」という会話が多くなっている。

我が輩はけっこう用心深いほうなので、家にも飲料水やカセットコンロのカートリッジ、保存食などを備蓄している。でも、それを役立てるには大地震があっても生きて家にたどり着くことだ。

3月8日の財務省発表によると、今年一月の我が国の経常収支は4373億円の赤字だった。原発の稼働停止により、火力発電用の石油やガスなどの輸入が増え、貿易赤字がふくらんだことが原因だ。イランの核兵器開発疑惑問題でペルシャ湾は緊張が高まり、それで石油などの価格が高騰していることも影響しているのだろう。ガソリン価格も上がっていて、1リットル150円近くになっている。そういえば去年の震災後から4月始めにかけて、ガソリン供給が止まり給油できなかったのを思い出す。食料品や水などの品薄状態も続いて、これからどうなるんだろうという不安を持ったものだ。単一電池なんかは5月の連休に入るころにも品切れだった。今となっては、またなんでも買えるようになったが、デフレは続く、経済はどうなる、将来の社会保障は?消費税率あがるの?、原発の廃炉作業は、と不安は絶えない。

とはいえ、不安だ心配だとばかり言っていても気が滅入るだけで、それが社会全体がそうなってしまうと、それこそ不景気に拍車をかけかねない。貿易がダメなら、せめて内需拡大で日本経済に貢献しようと、最近はよく買い物している。今週も新しいプリンターを買った。古いヤツはずいぶん前から壊れていたのだが、文書を印刷するのは大学にいるときだけにして、どうしても必要なときはファイルをUSBメモリに保存し、コンビニへ行ってプリントしていた。ちなみに、最近のコンビニのコピー機はおそろしく進化している。スキャン、さまざまなメディアからのファイル印刷はもちろん、高速バスの座席予約ができたりチケットが買えたりする。

まあ、我が輩がどんな買い物をしてるかなど、どうでもよいことである。とにかく、あと10年か20年かして、「あの頃は日本も危機的な状態だったね」と振り返ることができる日が来るように、我々はそれぞれの持ち場で全力を尽くすしかない。

ところで、海外でも震災の犠牲者に追悼の意を表してくれる人々もいる。

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ニューヨークなど世界各地で震災追悼式、犠牲者に祈りささげる
 ロイター 3月11日(日)12時30分配信

バングラデシュの首都ダッカでは10日、火を灯したろうそくを持った市民がダッカ大学のキャンパスに集まり、犠牲者を追悼した。

米ニューヨークでも10日、市内の教会で追悼式典「TOGETHER FOR 3.11」が開催され、参加者は犠牲者への祈りをささげた。同教会ではまた、反原発のメッセージを掲げる人たちが集まり、マスクをして無言の抗議活動を行った。

タイの首都バンコクでは11日、震災や津波で亡くなった人たちを追悼し被災地復興を支援するイベントが開かれ、市民がマラソンやダンスのパフォーマンスを行った。

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他にも様々な国で追悼式典は行われている。ふだんは何かと日本との間に摩擦がある中国でも、上海でキャンドルサービスが行われた(元々は南京ジャパンウィークで計画されていたそうだが、おそらくは河村名古屋市長の「南京事件」関連の発言により場所を変えたのであろう)。記事にあるバングラディシュでは水害が多く、しばしば人的被害が出ていると聞く。タイは親日的な国らしい。NYの反原発集会は、犠牲者追悼とは切り離してくれたらなあとも思うが...ただ、我が同胞を悼んでくれることだけでもありがたいと、感謝の意を表するものである。
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2012/1/29

今日見た映画:ボルベール  映画鑑賞

ペドロ・アルモドバル監督『ボルベール〈帰郷〉』(2006) スペイン

マドリッドの空港で調理や掃除、洗濯などの作業員をしているライムンダ(ペネロペ・クルス)は、娘のパウラ(ヨアナ・コボ)、姉のソレ(ロラ・ドゥエニャス)と一緒に火事で焼死した両親の墓参りに帰郷する。これがラ・マンチャの町らしい。故郷に帰る場面で、平原に風力発電の風車が林立している光景があって、それでラ・マンチャと分かるのだろうか?実は我輩はスペインに行ったことがない。

故郷の町に住むパウラ叔母さんは痴呆が進んでいて、体も思うように動かない。ライムンダは叔母さんをマドリッドに連れて行こうとするのだが、叔母さんは頑なにそれを拒む。それに妙なことがある。すっかりぼけているはずの叔母さんなのに、なぜかライムンダたちにお土産にもたせるためのビン詰めの食料などが用意されている。家の中にエアロバイクがおいてあったりする。叔母さんがバイクをこぐとはとても思えないのだが。

マドリッドに帰ったライムンダは、夫のパコが職場を解雇されたことを知る。不機嫌になった彼女は、夜のベッドで夫に体を求められても「明日仕事だから」と拒否してしまう。夫はライムンダの横で、自分で自分の性欲を処理したりする。

翌日、ライムンダが仕事場からバスで帰宅すると、パウラがバス停で雨にぬれながら彼女の帰りを待っていた。ただならぬ気配を察して家に入るライムンダは、脇腹に包丁を突き刺されて絶命しているパコの遺体を見つける。パコは娘であるパウラを犯そうとして、パウラが包丁で父を刺し殺したのだった。

ライムンダはパコの遺体を毛布に包み、娘のパウラと二人でなんとか運び出しそうとする。そこへソレから電話がある。パウラ叔母さんが死んだというのだ。ライムンダは「自分は葬儀には行けない、あなた一人で行って」とソレに告げる。ソレは驚きながらも一人で故郷の町に戻り、葬儀に出席。ところが、信じられないことに火事で父とともに死んだはずの母親イレーネの姿を見かける。幽霊か?町の人たちもそのような噂はしていた。パウラ叔母さんの面倒を見ているのは、死んだはずのイレーネだと。

一方、ライムンダとパウラは、パコの遺体を閉店中のレストランに運び、大型の冷蔵庫に隠す。そして、なんとライムンダは夫の遺体が隠されているそのレストランで、持ち主に無断で営業を始めてしまう。

ソレは叔母のパウラの葬儀から帰ってくるが、なんと、さっきまで運転していた車の中から亡き母の声が聞こえてくる...

さて、我輩の感想。採点は50点。アルモドバルの映画は『オール・アバウト・マイ・マザー』や『ライブ・フレッシュ』を見たが、イマイチわかりにくいとの印象を持っていた。ハリウッド的な善が悪をやっつける分かりやすい映画が大好きなわが輩は、ヨーロッパの映画って苦手なんだ。しかし、この『ボルベール〈帰郷〉』はだいぶ分かった。最初は『ゴースト/ニューヨークの幻』みたいな幽霊映画かと思っていたが、そうではなかった。父親による性的虐待に傷ついた女性がそれでも強く健気に生きてゆく姿、母親と娘の確執、そして歳月を経ての和解が描かれている、のだと思う。

話としては驚くべき展開である。非現実的にも見える。にもかかわらず、こういうこともあるのだろうと思える話なのだ。我々はテレビドラマに出てくる理想的な家族を標準的な家族の姿だと思い込む傾向がある。他人の家庭がどうなっているのかは知りようもないが、自分が人生で経験したこと、見聞きしたことからすれば、この映画に出てくる崩壊した家族、他人に言えない秘密をもったまま外見的には取り繕っている家族のほうが、夫婦睦まじく親子も固い絆で結ばれた家族よりもよほど現実的だ。

現実的でないのは、ライムンダ、ソレ、パウラ(娘)が全然似ていないこと。あれでは姉妹や親子には見えない。ペネロペ・クルスは顔立ちがくっきりしているのに、それをさらに際だたせるようなメークをしていて、それとくらべると姉のソレ役のロラ・ドゥエニャスは癒し系というのだろうか、対称的である。それは性格の対称性を際だたせる描き方なのだろう。

それで、ライムンダとパウラは、パコの遺体を上手く隠し通せるのだろうか?さらに、映画の中では過去に起きたもう一つの殺人が明らかになる。事故に見せかけた殺人が露見せず、またパコが殺されて姿か見えなくなった後も、パコの親族が探しに来るでもないところに、現代スペインの崩壊した家族の姿が示唆されている。

ペネロペ・クルスが膝までパンツを下げて便器に座り排泄をするシーンもけっこう驚きだったが、サスペンス・ミステリーとしてもそこそこ楽しめる作品である。
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2012/1/22

今日の気になるニュース:防衛大学卒業の任官拒否者から授業料徴収  

今日の産経新聞の一面は、防衛大学卒業生の任官拒否者からお金をとるというニュース。我輩はちょっと意見がある。

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防衛大、任官辞退で250万円徴収へ 26年4月入校生から 「授業料」相当分
 2012.1.22 01:30 産経ウェブニュース
 防衛省が、防衛大学校(神奈川県横須賀市)の卒業時に自衛官への任官を辞退(拒否)する学生や卒業後任官しても6年以内に退職する自衛官から、一般国立大学の授業料・入学金相当分の償還金を徴収する制度を導入することが21日、分かった。国防や国際貢献、災害派遣など自衛隊の活動は増え続けており、できるだけ多くの幹部自衛官(将校)の確保が必要と判断した。
 新制度は平成26年4月の入校生から適用する。徴収額は最大で国立大の4年間の授業料・入学金に相当する約250万円とする方向だ。志願者への周知が必要なため24日召集の通常国会に、新制度導入のための自衛隊法改正案を提出する。
 防大では、平成22年度(23年3月)の卒業生397人のうち12人が辞退。21年度は364人中17人▽20年度は431人中35人▽19年度は415人中26人▽18年度は421人中10人-が辞退した。
・・・・[中略]・・・
 防衛省は幹部自衛官の確保や学費を支払う一般大学生との不公平感の解消を検討する「防大改革に関する検討委員会」を22年9月に設置し、同委は23年6月に償還金制度導入を求める報告書をまとめた。
 政府の行政刷新会議は22年11月の「再仕分け」でも、防衛省に対し、任官辞退者へ償還金を課すよう見直しを求めていた。
・・・・[後略]・・・

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わが輩の意見。そんなことする必要ない。去る者追わずで、ほっておけ。そもそも、任官拒否者が出るのは、自衛隊が就職先としての魅力において他の民間企業に負けているからだろう。

そりゃそうだ。南スーダンには行かされる、ゴラン高原には行かされる、ハイチには行かされる。それでいて、「撃たれるまでは撃つな。銃を向けられても撃つな。先に撃たれて当たっちゃったら運が悪かったと思え。おまえ死ね」と言わんばかりに武器の使用制限を課せられる。海外に派遣される部隊が増えるのに、一方では国内でも地震・津波の行方不明者捜索から、被災者の救援、福島原発災害の徐染作業まで動員される。そこまで活躍していても、人員と予算は削減され続けている。本当に国家防衛の使命感に燃える若者以外には、あまり魅力的な職場とは言えないだろう。

あるいは本人の資質が欠けていた、軍隊組織に対する拒絶反応が出てしまったという場合もあるかもしれない。だとしても、そんな卒業生を無理やり任官させて将校にしても、士気が下がるだけだ。

記事を見れば、ここ数年で任官拒否者は毎年20人前後である。それで一人250万円徴収したって年間5000万円である。国家財政が毎年40兆円もの赤字を出している中では「焼け石に水」どころか1メートルほど離れて霧吹きを噴射しているようなものだ。

わが輩が意見では、たとえ5000万円かその何倍もの予算を投じても防衛大の卒業生20人を民間企業に送り出すメリットはゆうにそれを上回っている。なぜならば自衛隊は我が国最高の教育機関だからである。

数年前に、わが輩の担当するスペイン語の授業にヘンな女子学生がいた。「ヘンな」というのは語弊があるかもしれない。とにかく、何か他の学生と違った。しかし、どこが違うのか最初分からなかった。学生たちと飲み会をやったときにはじめて分かった。その女子学生は授業中に常に背筋を伸ばして座っており、絶対に机に肘をついたりしないのだ。飲み会の席でもそうだった。話を聞くと、彼女は防衛医大中退で、我輩が授業をしている大学に入り直したのだった。彼女は高校の部活どころか全くスポーツなどやってなくて、にもかかわらず入学すると突然スクワット200回とかやらされて、「これはダメだ」と諦めたのだとか。それでも、どんな時でも背筋を伸ばすという習慣を身につけて来ただけでもたいしたものだ。

もう一人の学生の話。彼は予備自衛官をしながら大学に通っている。いや、大学に通いながら予備自衛官もしている、と言うほうが正しいのか?まあ、どっちでもいい。東日本大震災の折、我輩はてっきり彼も招集されて被災地に行ったのだろうと思っていた。しかし、彼は招集されていなかった。というか、実際に招集されたのはほとんどが東北に住んでいる予備自衛官だけだったそうだ。

「こんな非常時に招集されないんだったら、予備自衛官制度なんて意味あるのか?」という我輩の問いに対して、その学生は次のように答えた。「万が一の有事に際しては、一般市民に混じって軍事訓練を受けた者が一定の割合でいるということ、それ自体が意味のあることなんです。たとえ招集されなくても、自衛隊と住民の橋渡しをできる人間、緊急時にどのように行動すればよいか知っている人間の存在そのものが抑止力になっているんです」。なるほど、それはそうだ。学生にものを教えられるのは教員として自尊心が傷つく。でも、実はよくあることなんだけどね。

ということを考えれば、防衛大出身者があちこちの企業にいてふだんは会社員として働いているけど、一旦緩急あるときは防衛大で受けた教育を生かして住民の避難誘導などを率先して行ったり、(ちょっと実感がわかないのだが)侵攻してきた敵に抗戦したりしてくれると思えば、悪くないではないか。

いや、我輩のような考えの人間からすれば、平時においても、それは意味があると思う。今の日本社会は先の大戦における敗戦のショックから発症した軍事アレルギーをいまだ患っている。大部分の人々が軍事に関する事柄を毛嫌いし、ごく一部のミリオタが戦争ごっこをしている現状では、系統的な軍事訓練と教育を受けた人間の存在そのものが貴重に思える。

記事では「国防や国際貢献、災害派遣など自衛隊の活動は増え続けており、できるだけ多くの幹部自衛官(将校)の確保が必要と判断した」と述べられている。本当だろうか。自衛官の数が減らされていって、若者たちの新規の採用が制限されている現状においては、組織は頭でっかちになっていて、将校ではなくてむしろ兵卒が足りないんじゃないか?

もしも仮に将校が足りなくなるとしても、任官拒否者を見込んでそのぶん防衛大学の入学定員を増やせばいいではないか。そんなことしたら入学者のレベルが落ちる?いやあ20人程度枠を広げたってそんなに変わりはしないよ。じゃなきゃ、東京大学や京都大学の定員を減らすのもいいかも。18才人口は減り続けているのに、あっちのほうはたいして入学者を減らしてないらしい。

中央官庁ではキャリア、ノンキャリの区別をなくす方向に動いているから、自衛隊でも防衛大学出身者ばかりが高級将校になれるという制度じゃなくて、能力次第では二等陸士から叩き上げて将校にもなれる、という制度を作ってもいいかも。ノモンハン事件での戦闘を指揮したジューコフ将軍がスターリンに報告した日本軍の評価は有名だ。「日本軍は、兵は頑強で勇敢、下士官は狂信的に奮戦するけど、高級将校は無能」。

繰り返すが、我輩は今回のこの決定を全く評価しない。ただ単に民主党政府の行政刷新会議が「仕分け」ちゃんとやってますよ、というパフォーマンスをしているというだけの話である。そして任官拒否者に対する見せしめの意味しかない。優秀な若者に防衛大学受験を躊躇させる可能性があるという意味では有害である。
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2012/1/8

今日読んだ本『予告された殺人の記録』  読書感想文

G.ガルシア=マルケス(1981)『予告された殺人の記録(Cronica de una muerte anunciada)』新潮文庫

いまだ外輪船が行き交い、自動車といえばT型フォードの時代。20世紀はじめ、コロンビアのカリブ海岸にある小さな町での出来事。月曜の朝7時すぎに、21才の若者サンティアゴ・ナサールがペドロ・ビカリオとパブロ・ビカリオの双子の兄弟によって、ナイフでめった刺しにされ殺害された。

私はサンティアゴの親友であった。また、ビカリオ兄弟とはいとこにあたる。事件から20年あまりが経ち、私は事件をもう一度丹念に紐解いてゆく。事件に関わった様々な人の話を聞き、ビカリオ兄弟の裁判の記録を読みながら。

前夜行われたバヤルド・サン・ロマンとアンヘラ・ビカリオの結婚披露宴から、サンティアゴは私も含めた友人たちと飲み続けだった。家に帰り、ほんの少しの仮眠をとったあと、サンティアゴはその朝やってくる司教を出迎えるために船着き場へと出かけてゆく。

司教は船の上から町の人々に十字を切って祝福を授けただけで、町には上陸せず素通りしてしまった。やや拍子抜けした感もあるが、私の家での朝食に招待されたサンティアゴは「その前に着替えてくる」と家に戻る。そして、そこには披露宴から一睡もしていないビカリオ兄弟が豚を解体するためのナイフを手にサンティアゴを待ち構えていた。

前夜に披露宴を挙げたばかりの新婦アンヘラ・ビカリオはわずか数時間の新婚生活の後、新郎のバヤルドによってビカリオ家に送り返されていた。彼女は既に純潔を失っており、そのことを隠して結婚した。怒り狂う母親の激しい折檻を受けてアンヘラが口にした相手の名前は「サンティアゴ・ナサール」だった。

ビカリオ家の受けた恥辱を晴らし、名誉を守るために、アンヘラの兄であるペドロとパブロはサンティアゴを殺しに行く。それは「予告された殺人」であった。双子の兄弟がサンティアゴに襲いかかる前に町中の人々が殺人予告を知っていた。知らなかったのは、サンティアゴ本人と私を含めたごく少数の者だけだった。

ビカリオ兄弟は会う人ごとに、自分たちは「サンティアゴを始末する」と告げていた。兄弟は誰かに犯行を阻止してほしかったのではないか。何人もの人たちがビカリオ兄弟を説得して犯行を思いとどまらせるか、あるいはサンティアゴに殺人予告について知らせることができたはずだ。にもかかわらず、何も知らないサンティアゴはビカリオ兄弟の前に現れた。兄弟は、ふだんサンティアゴが裏口から家に出入りすることを知っていて、わざわざ表玄関で待ち伏せていた。ところがその朝、サンティアゴは表玄関から家に入ろうと帰ってきた...

というのが物語のあらすじである。

ガブリエル・ガルシア=マルケスは言わずと知れたノーベル文学賞受賞作家(1982)でありジャーナリスト。やっぱりスペイン語の教師としては読んでおくべきだよな、と思って、『百年の孤独』と『族長の秋』を図書館で借りてはみたものの、10ページも読まずに放り出してしまった。そんな我輩が、はじめて読みとおしたガルシア=マルケスの作品である。

『百年の孤独』などの幻想的な小説よりは格段に読みやすい。ただ、原文のほうはスペイン語教師である我輩でさえも、辞書を引きながらでないと読み通せない。最初は原文で読み始めて、途中から日本語訳を横に置きながら読み進め、そのうち先が気になり始めて、最後は専ら日本語訳を読んで読み終えてしまった。こんなので一冊の本を読んだと言えるのだろうか?これから原文も読もう。

ラテンアメリカはやはり未だに処女性を重視する社会だ。少なくとも建前ではそうである。我輩が中米在住中にはじめて親しくなった女性は当時21才だった(と思う)。彼女は、「結婚する前に性交すると死んでから地獄に堕ちる。もちろん自分は処女だ」と言明していた。別の女性であるが、何度かデートしたことがあった。ただし、二人きりにはならなかった。デートのたびに、幼い弟とか親戚の女の子が付いてくるのである。それで「チョコレート買ってくれ、キャラメル買ってくれ」と我輩にねだった。可愛い監視役である。

名誉のためには殺人もいとわずという風潮も依然としてある。とにかく「トランキーロ(Tranquilo、落ち着こう、平静でいよう)」が口癖のラテンアメリカの男たちは、いったんトランキーロでなくなると血の雨を降らせる。

これも我輩が住んでいた町での話だ。優秀で将来のある若者だった。婚約者がいたのだが、その婚約者の元恋人がアメリカ合衆国に出稼ぎに行っていて、まとまった金を持って戻ってきた。すると婚約者は、その元恋人のほうになびいてしまった(貧しい中米の国ではアメリカ・ドルの札束の力は絶大だ)。まるでビカリオ兄弟のように一睡もせずに一晩中飲み明かした彼は38口径を手に相手の男の家に行き、3発だか4発だか撃った。相手の男は死ななかったものの半身不随になった。撃った男は逃走して姿をくらました。

こういったラテンアメリカの習慣とか精神性は、やはりスペインから来ている、というのが我輩の持論である。現代のラテンアメリカはかつてのスペインである。例えば、デートの時に女性の親族が付いてくるという習慣も100年くらい前まではスペインにあったのだそうだ。イタリアでもあったらしい。そして、それは遡ればアラビア半島あたりの習慣で、スペインが15世紀以前イスラム支配下にあった時代に持ち込まれたのではないかと考えられる。不義密通にかんしておそろしく不寛容で、道に反した行いをした男女が斬首刑にされたり、石打ち刑になったというニュースはアジアの南西部を中心とした地域から伝わってくることが多いように思う。

興味深いことに、小説に出てくるサンティアゴ・ナサールはアラブ系移民の子孫である。既にカトリック教徒であり、主としてスペイン語を話して生活しているが、アラブ系移民のコミュニティーの人々と話す時はアラビア語も用いている。日本人にとってラテンアメリカは遠い。ほとんどの人は「ラテンアメリカ=ラテンのノリ、陽気で楽しそう!」というイメージを抱くが、実際にはおそろしく重層的な文化を持つ複雑な地域だ。先住民文化があり、それを征服したスペイン文化、さらにはアフリカ系、アラブ系の人々が溶け込み、現在ではアングロアメリカ文化の影響も広がりつつある。

一見平穏な「トランキーロ」な日常の中にも、摩擦があり、移民への差別があり、金持ちへの嫉妬があり、自分の体を慰み物にされた女たちの男に対する憎悪がある。それは「不作為」という形でサンティアゴ・ナサールに降りかかってきた。そもそもアンヘラ・ビカリオの貞節を奪ったのが果たして本当にサンティアゴ・ナサールだったのかすらも「私」は確信できなかった。もしかしたらサンティアゴ・ナサールは何故自分が殺されるのか理解できないまま死んだのかもしれない。だとすれば、なぜアンヘラ・ビカリオはサンティアゴの名前を挙げたのか?それは彼女自身ですらはっきりと説明ができない、と我が輩は推測するのである。
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