知人の庭にややピンクがかった白い花が一面に咲いていた。「何の木なの」と尋ねると「このあたりではシャボンの花と言っているよ」
シャボンの代わりに使ったの」「それは知らないけれど泡がでるからね」
何年かたって種子が飛んできたのか、片隅にシャボンの木が一メートル位に生長していた。果皮を水に入れて泡立つのはエゴサポニンが含まれているからだ。
またそれの麻酔作用を利用して魚取りに使ったりする。
「さっちゃん如何、ピカピカの一年生でしょう」
「そう、ランドセルが大きすぎて、ランドセルのお化けが歩いているようだけど、皆の人気者で家では買ってあげられないのに、次から次から貰って洋服なんかいっぱい。洋服を色々着替えてタレント性があるのかしら。
近所中のアイドルになっているの。まあ変わった子だよ」
「貴方も楽しそうね」
「今日は皿の絵付けに行くの。山岸夫人のコーヒーカップも人気らしいですね」
「書いてる、最近の作品読たいな」
「書いてますよ、私たちの同人誌は難しいと若者から敬遠される傾向があるけど」
五年前の或る日
「達哉さんの展覧会の招待が来ているけど貴方いらっしゃる」私は富子に電話をかけた。「明日だったら都合が良いのですが、貴方は如何」
「私もあいてるわ」突然、赤ちゃんの泣く声が入ってきた。
「どうしたの、赤ちゃん、お孫さん?」「その事は明日お話するわ」
レストランで遅いランチをとりながら彼女は赤ちゃんの話をはじめた。
「娘が恋愛して妊娠したと言って、彼氏と一緒に帰ってきたの。出来たものは仕方がないもの、結婚に反対はしなかったわ、でも、赤ちゃんが生まれる頃には彼は姿を消してしまったの」
富子は淡々と静かな表情で言った。
「勤め先、下宿、中退したと言う大学、高校も問い合わせたけど偽名だったのね。該当する人はいなかった」
尋ね歩いた先々で、こんな大都会で人を信じて何も疑わないなんて考えられない。貴方の育て方が悪いのだとあきれ顔で言われた。
「東京のような大都会は得体の知れない人々で一杯です。雪のように清浄でバレーの練習と舞台と芸術しか無いような女性が無防備で生きてゆける場所じゃありませんよ」
アパートの管理人は「人を疑う事を知らないで育てた貴方が悪い」と富子に言った。ここまで話して彼女は「我が娘に人は怖いから疑ってかからなくちゃなんて教えられる?理想を追い真っ直ぐ生き生きと進んでくれる事を、親は思い願っているのでないかしら」
「そうね、こんな世の中でしょう。先日テレビ見ていたら、精子バンクで精子を得て子供を持ったアメリカのお母さんが子供に貴方のお父さんはドナーよ。と話しているのを見たけれど、精子バンクの場合は確実に親と分かるのは母親だけでしょう。勿論、アル中や暴力振るうような父親なら無いほうが良いかも知れないけれど。お孫さんは今居なくてもお父さんは有るのですもの」
「娘のショックが酷くて、私も親なのね、何となく落ち込んで。
でも子供は一日一日成長していくし、赤ちゃんもみんなに好かれるように気を遣ってあの人の遺伝かしら、如才がなくて其のしぐさが可愛いの頭も良さそうだし」「可愛い天使がやって来たってとこね」
「娘は仕事も捨てて東京へは戻らないだろうし、私は自分の仕事で忙しいのにどうなるのかしら」
「その中に上手く行くでしょう。先の事は分からないもの総て時が解決するわ」
あれから五年エゴの木のサポニンのように彼の持っていた甘美な麻酔作用は彼女の運命を変えたけれど、皆のアイドルの可愛い天使と一緒に歩んだ年月はとても充実したものだったのだろう。

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