安里にて 1997.2.27
「彼の工房をRHYMEとつけたらと言っているのです」
「painting work RHYMEいかがですか」
「それより、アンリーって良い名前ですね」
「アンリーってアンリールソーから付けたのですかと、よく言われるのですが、とても平凡な発想で安らかな里なのです」安里のマダムはとても優しい顔で言った。「だから里帰りするように、年に二度は必ず此処へ帰って、傷ついた羽を休めるのです」
「ネーミングって大切ですね、私の友達の家のお向かいに知利斗里と言う沖縄料理の小さなお店があったの。ちは知る、りは利益の利、とは一斗樽の斗、りは里、利益がいっぱいはいる事を知る里とでもいうのかしら、それとも箒で掃き寄せてチリ取りで取り込むと言う意味かしら、どちらにしても随分と欲張りな名前ねと笑っていたのですが、数年たって行くと荒れ果てて閉店していました。
友達に聞くと、店主はある時脳卒中で急に亡くなり、後を継いだ女将がまた、すざましい人でお客に酒をガボガボついで「それでも男か、男ならグイとあげなよ」と客が飲まなければ自分が飲んで、荒稼ぎをするものだから客足は遠のき、誰一人寄りつかなくなった頃、大樽が転がるように倒れてそのまま帰らぬ人となったそうなの。
チリトリでお金を集めようと言う意味だったかも知れないけれど、過ぎたるは及ばざるがごとし、声も大きければ体も大きく、それでいて何とも憎めない、捨てっぱちの魅力と言うか、掃き寄せて貯めるなど考えもしない。
結局はお金は塵あくたのように頼りないものだと感じていて、誰より無欲な人だったのかもね」
「RHYMEの山岸です」
「壁画の仕事もチョイチョイ入るので名前を付けたいと山岸君が言ったの。
丁度いつもよく行くTake5と言うレストランのマスターがジャズのCDのジャケットを出してきて、Take5の詩をうつしてきたのがテーブルの上にあったのね
smooth to rhyme
A sign a rhyme some kind of words combind
RHYME 韻、韻を踏む、詩、もう一つMOVEはどう?と言ったのです。動き、この詩の中には bust a move to a brand new grooveとあるの、でも彼の場合は
Take a move to a brandかも知れないけれど、ワズワースの詩集もあるけれど、偶然テーブルの上にあったその詩から、偶然は必然に通ずると言うのかしら」
「そうそう山田さんから預かり物がありますよ」
安里のマダムは{酔密塔}とタイトルの書かれた薄い本を渡した。ページを開いた瞬間不思議な世界が展開した。
ビアズリーの絵をもっと病的にもっと内面的にしたような。
扉の外に憧れて融合したいと切望しながら扉の中から一歩も出られない少女。
自分が作った唯一人の王国の中で時空を超えて旅をする。
彼女にとってそれが実存、皆はそれを虚と言うだろう。
自分の世界のその裏側で、働いて家庭を持ち、社会の中で生きる普通の世界がある。彼女は時には街に出て普通の女の子と友達になりたい、でも波長があわない。さまざまな人が行き交い、触れ合い、語り合う雑踏の中も彼女には人っ子一人いない砂漠と同じ、彼女の周りだけが空白で透明で、さんざめく街の景色もふれあえない。
私はページを繰りながら頭の中で一ぺージごとにコメントを付けた。”大正なつかしいモダニズム””汚れを知らぬ繭玉の中””シロだけが唯一触れ合い仲間”
”失うものへの哀惜、総ての物は通過していく、彼女の元には何も残らない。
でも”偏執狂のように追い続ける心””過ぎ去るものは月日と同じ二度と帰りはしない。本をハンドバッグに入れ、絵をゆっくりと見て、一枚の小さな絵を買って安里をでた。

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