4月30日、29日早く床についたので早く目が覚めた。ハンドバッグの中にスゥイフトの奴婢訓があった。28日美術館に行ったが、電車の中で読むために入れていた本だった。
窓際のテーブルで読んでいる中に東の空が赤く染まり太陽が出てきた。
ガラス越しに写真を撮ったが朝焼けは無い。
「夕焼けは鎌を研げ、朝焼けは傘を持て」と言うが、今日は雨の心配は無い。
5時過ぎに湯に行き、1人でゆっくり入浴して部屋に返ると夫もおきていた。
洋服に着替え、お茶を飲んでいると「お隣のお部屋に朝食のご用意をしておきましたからどうぞ」隣室に入ると綺麗にセッティングされていて、食欲をそそる。
熱いお吸い物が出て、少し多いかなと思ったけどれど、美味しく、全部いただいた。
食後散策した。林間を渉る緑の風と鳥の声で満帆の帆を張って、元気が満ち満ち山を登った。
山を登ると目の前に厚木の町か一望に見える。 更に登っていったが神社らしいものは見えない。
この山は猪は出ないが、ハクビシンやアナグマは出るそうだ。突然出合ったらと思うと二の足を踏み引っ返した。
庭の片隅に猪が小屋の中にいた。
フロントで八菅神社のことを尋ねると、川正へ来る途中、上り道で道が2本に別れ左へ来たが、右へ行くと八菅神社だそうだ。 八菅山は役行者が荒行をやっているとき、突然8本の管が現れた事から名付けられたそうだ。
猪は川正でつがいの猪に生ませ繁殖させて、多い時は30匹くらい居たそうだ。




巨大都市
10時頃hisaが迎えに来てくれて、田舎家に着くとsetuとtake も来ていて「今日は東京をドライブしましょう」「皆でお食事してから出かけましょう。hisaくんどっか良いとこある?runaちゃんも行きましょう」「mikuがいますから、一寸無理です」7人で出かけ、若者向きのレストランに入って食事をした。鰻茶漬け丼とかマグロ寿司丼とか年配向きのものもあり、結構美味しかった。
食後、hisaと夫と私は厚木から東名、首都高速3号に入り、渋谷、六本木辺りまでは分かったがその後ルートがハッキリ分からない。
C1に入り「あれがレインボーブリッジ、そして、お台場ですよ」お台場は行ったことがないので幕末の砲台があったお台場の印象しか無い。高層ビルの林立した近代都市の風景には驚いた。臨海副都心で当然だろうが。
今まで東京に何度も行っているがその度に驚く。
長男が大学に入って下宿も決めたからと言うので行ったが、其の汚いのに驚いた。駒場に近かったかどうか憶えていないが、何度も何度も拭いても汚い、当初必要なものを買って直ぐ帰った。次にkazu が結婚して新宿近くの都営住宅に住んでいた時行った。エレベーターも附いていて、集合住宅に住んだことのない私はとても便利だと思ったが、setu が近くに大きい公園があると行った。中央公園と言ったと思うが、排気ガスの臭いが非常に気になった。慣れると気にならないのか「setuちゃん空気が悪いわ、子供を遊ばせるには適していないわ」それに所々にホームレスの人が毛布や衣類を干して小屋の中で食事をしたりしていた。
「遊んでいる子供達に買い物を頼んだりして、子供もお使いに行ってあげたり」「何と無い連帯感が出来たりとか、友好的で良いかもしれないけれど、不味いことかもしれないし」現在より穏やかな時代だったのだろう。
新宿は便利な所で世田谷のTさんと渋谷で待ち合わせたりした。「児玉 誉士夫邸に特攻機が飛び込んだ時は凄かったのよ」などと話していたから昭和52.3年頃だったのだろう。
数年経って彼等は松が谷のコーポラスマンションに移った。
客用の駐車場もあると言うので、車で行った。
夜、setuに誘われてショッピングプラザに行って驚いた。プラザの中空に大画面のディスプレイが映画を放映していた.
その後彼等は戸建ての家に移って居たが、01年大賞受賞に出席で東京へ出かけ、夫はどうしても帰らねばならない用事で帰り、私だけsetuが迎えに来てくれ八王子の家に行った。近くに中央大学があり、モノレールがはしっていた。近くにショッピングプラザがあり、駐車場も広く、専門店も入り其処で十分まかなえ、生活をエンジョイ出来、自然も残って良いなとおもった。東京都はドンドン広がり、増殖していると感じたが、今日のドライブでは、空に向かって増殖し、摩天楼が林立する。2次元には限度があり3次元に発展するしかない。しかし、東京に75年に1度ぐらい直下型の地震があると言われるが大丈夫なのか?
人間の心身も脳も意識も順応して変化して行くのだろうか? 私のような高所恐怖症でも変わるのだろうか。
湾岸道路からC2、高速6号線を浅草で出て、東京スカイツリーの直ぐ前に車を止めてくれ、写真を撮った。2012年完成の予定で高さ634m、東京タワーの高さが332.6m。現在既に東京タワーの高さを抜いたそうだ。


4