国際寺山修司学会長の清水義和先生のお薦めで友達と学会に出席した。
とても良い学会だった。
会場で写真を撮るのは迷惑になるので遠慮して少々。
研究発表はそれぞれ興味深く、名古屋ボストン美術館館長のご講義はとても分かりやすく、よかった。
「シュールリアリストとしての寺山修司」と言う講義をされた。
第一次世界大戦の戦禍に破壊し尽くされ、非常に不安な状態のなかで虚像も実像も分からなくなり、総て偶然に支配されている現実。文明も科学も精神もすべて否定するダダイズムが生まれ、マックス・エルンストのようにコラージュ、フロッタージュ、デカルコマニーの手法をつかって偶然、無意識を反映させた。
シュールリアリズムは外面だけを見ないで、光も影も、虚も実も、潜在意識の中までも超現実に表現しようとする。サルバドール・ダリなど、
第二次世界大戦後シュールリアリズム絵画展覧会は心を引き付けられたのを想いだす。
寺山修司の舞台の中でもポスターでもコラージュの手法が使われていて、イマジネーションの世界を拡げ、色々なことを感じさせられるのだろう。
鬼才と言われる寺山修司の劇を見なかったのは残念だったと思った。




研究発表
「寺山修司(写真)、その方法論の変遷」
堀江秀史 東京大学大学院 博士課程
「アメリカ・ウイスコンシン大学に於ける寺山修司研究」
久保陽子 お茶の水女子大学大学院 博士課程
「寺山修司とサン・テグジュペリー」
清水杏奴 早稲田大学大学院 修士課程
「寺山修司にみる教育的価値の紊乱」
上坂保仁 富士学院大学教授
シンポジウム「寺山修司の素顔ー俳句と短歌と海外公演」
森忠明(詩人・童話作家) 霜田千代麿(グロトフスキー研究家)
久慈きみ代(青森大学教授) 小菅麻起子(寺山修司研究家)
清水義和(愛知学院大学教授)
研究発表とシンポジウムを通じて、寺山修司に対して白紙だった私も少し解った気がした。
寺山修司のアート全体を通じて強烈で斬新で一寸アナーキーな気がするが、戦争で人々は必然などは無い、有るのは偶然だけだと思っていただろう。
必然と偶然、実態と虚構、光と影、意識と無意識何でも二元的に対比するが、果たして正しいのだろうか?其のガードを全部外して総てをさらけ出せば真実が迫るかも知れない。
舞台と客席、俳優と観客とのガードも取り外し一緒に演じたり様々な実験がされたと言う。芸術や創造ににタブーは無いのだろうか、兎に角、多方面に現れた才能の素晴らしさにおどろいた。

1