お弁当
女学校一年生の時だった。お弁当に蟻が一匹入っていたことがあった。
黒ごま位にしか見えないのに、私はそのままで手をつけなかった。
私は家に帰るなり其の弁当を投げつけて「蟻が入っているお弁当なんて食べられない」と小梅さんに怒鳴った。
母は其の事を聞いて私に言った。
「女中さんは立派な職業婦人で貴方の家来ではない。それに貴方のプライドはどうなったの。
蟻の一匹くらいは除けて食べればいい。食べなかったのは貴方の選択でしょう。
武士は食わねど高楊子って言うでしょう、貴方のように蟻一匹でお弁当が食べられなかったからと言って当り散らすのはとても卑しく見えるものです」
貴方は弱虫で臨機応変に処置も出来ない。其の上に卑しい人と言われたようで顔も上げられないほど恥ずかしかった。
父も母もプライドの高い人だったが、人はみな平等だと言う理念は持っていた。
私はこの事があって、人はみんな平等でただ役割が違うだけなのだ。
私には私の立場と其れに伴う役割と責任が有るのだと言う事が身にしみた。
昔の人は其々にたたづまいが美しく、学校に通う道で出会った物乞いにもそこはかと漂う情緒があった。

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