ローズゼラニュウムの葉に手を触れると手に移る香りは特殊な香りで、ラベンダーのように心に溶け込む優しい香りではないけれど、けっして厭ではない。
蚊を避けるために置いたローズゼラニュウムのテーブルで酒を飲む。
ほろ酔いの中庭は回想を誘う。
故郷は遠くにありて思うもの、半世紀前の故郷の美しい自然、仏教の教えと儒教の規律の中で、美しく優しく運命に従って生きた人々、家のたたずまい。
故郷に居たのは女学校を出るまでの十七年間、その後の京都での学生生活、結婚、故郷へ帰るのは年に二、三回だった。しかし人々の生と死のドラマは今も脳裏に焼きついて時々意識下から現れる。
子供の頃、母について子方の繁はんの家へ行った。
母屋の方は留守で、母は納屋を改造した離れの戸を叩いた。かすかな応答があり母が戸を開けると女の人が寝ていたが、半身を起こして「奥様、こんな所へお越しになってはいけません」と言った。
「花さんばら寿司作ってきたの食べて頂戴、早く良くなってね」
「こんなにしていただいて勿体無い。奥様にまでご心配おかけして本当に罰当たりです」
結核の青白い抜けるように透き通った顔が薄暗い納屋の中に浮かんで、不思議な印象で心に残った。
それは凛として、死の扉の前に立つ人の、この世の不条理をすべて超越した近寄りがたい透明な空間だった。

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