2002.5.25
4月15日、日進は山桜も散って青葉の季節に入っていた。
高山へ着いた時満開の桜の中で笛、鉦、太鼓の音が流れて高山まつりの華やかで優雅なおねりが続く。花びらが舞い、春爛漫。
其の夜平湯に泊まった。平湯は雪が残り、広場の巨大なカマクラは溶けもせず氷山のようだ。
たった2日の旅なのに、青葉から春爛漫、残雪と季節を逆戻りした不思議な旅。
この日のことは忘れえぬ思い出となるだろう。
纐纈敏郎氏がNHK出版から版画集を出版、出版記念パーティに招待されていたが、忙しくてとても行けそうにないと思っていたところ、野呂りんさん(纐纈夫人)から電話があった。「あと1ヶ月の命だと医師から言われたました。是非お出で下さいとうわずった声が耳に残って、繰り合わせて家を出た。
出版、展覧会と続いて肝臓ガンの進行を早めたのだろう。
展覧会場を出て病院を訪ね病室に入った途端ハッとした。
酷くやせて顔色が悪く、目に少し黄疸がでていた。
いつものように鋭い眼光は無かったが目は澄んでいた。
「気持ちは逸るのですが体がついて行きません。千光寺の100bの極楽絵は頭の中で出来上がっているのに残念です」運命は残酷だ。
「大丈夫よ、キット良くなりますよ、貴方の極楽絵を楽しみにしている皆の為にも頑張ってくださいね」神に祈るように切実な願いなのに、お座なりの言葉のようにシラジラしく空間に消える。
点滴スタンドを押して彼は病室の外まで送ってくれた。
5月19日高山に行く予定があり、お見舞いに行くつもりだったのに19日再びまみえたのは円空仏の群像を描いた厨子の中の纐纈氏だった。
スカイルの彼の展覧会で珍しく厨子が出ていて、「これ骨壺が丁度入りますよ」
と真面目な顔で言ったのを思い出した。
その横の写真は2ヶ月前の撮影でやせてはいるがとても良い顔だった。
地獄絵の纐纈氏無限のかなた、案外みんなの直ぐ近く広い空間を浮遊しながら、極楽絵を描いているのじゃないかしらと錯覚をおこしそうなミステリアスで自由な顔だった。
画集の表題に夢、嵐とあるが、36年前、瀧口修道が「彼は取り憑かれたのかも知れない。星にか妖しい未知の獣帯にか」と書いている。
表現を求め、夢に生き、嵐のように通りすぎる。交友関係の理想のようにいわれる言葉「君子の交わり淡きこと水のごとし」私たちの周りには君子はいないのかしら。自分に忠実に生き、つむじ風のように去っていく。
人々の心にぽっかりと穴をあけて。でも私はこの言葉が好きだ。「友人であると同時に追従者にはなれない」
野呂さんは「3回忌をすまし気持ちにけじめをつけ、私自身を生き、纐纈を客観的に見て絵の整理もし遺作展もしたいと言った。

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