電話がリーンと鳴った。
「嵐山の美術館御一緒しましたね、建物は人手に渡って、展示されていた作品はどうなったのか調べてもらっているのですが、お耳に入ったことは有りませんか」
「オーナーのNさんは」
「美術品のお店もパン工場も手放されたようで、今のところ情勢が掴めないのです。勿論買っていただいて私のものではないのですが、私の若い時の代表作なので気になるのです」
其の美術館はN氏が強い執着で手に入れられた野呂りんの作品と棟方志功の作品が常設されていた。
その中に野呂りんさんの30代の代表作と言われる押し絵で表現された作品、女の性の美しく妖しい内面性と増殖性をカラフルに清冽、透明に表現され、強烈な存在性に引きつけさせずにはおかない作品だった。
美術館が出来、展示された頃だった。
何故私が一緒に行ったのか、頼まれたのかも知れない。
野呂さんとN氏の美術品のお店に伺い、はじめてN氏に出会った。
好紳士だったが、とても複雑なものを感じた。
非常に鋭い鑑識眼、本質を見る目と、懐疑的な逡巡と、庶民的でどんな所でも入っていけるようなタフさと不思議な男性だと思った。
N氏の車で嵐山の美術館へ行った。古い文化財にでも指定されされそうな林の中の建物だった。棟方志功と野呂りんの作品にはとても調和していた。
近くのお料理屋でご馳走になって帰路についた。
車の中でN氏の工場のパンを渡された。食パンの生地にバターが練り込まれていてクロワッサンのような味のする美味しいパンだった。
後で聞いた事だが、面の収集、剣の収集、など収集家でもあるが、反面自分の所有地で青空市場を仕切っているとも聞いた。
第一印象はこの人の多面性から来るものだったのだ。
一度だけ出会って、ミステリアスな余韻だけを記憶にインプットしていた。

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