友達が77才でパソコン教室に通い始めた。私はパソコン教室は初めての上、二面式の指導との事、好奇心もあり出かけた。
二面のパソコンと対面し、イヤホーンの音声どおり左のパソコンに打ち込んでゆく、右のパソコンは音声と一体化して映像化する。
マウスの働きが悪いと右側のパソコンはさっさと進んで行く。
マウスのせいにするのはどうかと思うけれど、マウスがスムーズにゆけば全く、その名の通り「らくらくパソコン」だ。
先生は地震研究所を持ち、とてもユニークな方で生徒の質問をこなしながら、ANS観測網の各地からのデーター入力をしている。
教室を出て、池下の喫茶店に入り友達とコーヒーを飲みながら、会話を楽しんだ。
彼女は四十才代で子供二人を連れて別れたが、ある時「貴方のご主人はどんな方だったの」と尋ねると「卑劣な人」と言った。
唯一言だったが痛烈な印象で心に引っ掛かっていた。
二十数年たった今だから聞けるような気がして聞いてみると「継母に育てられたせいでいじけて暗い性格だった。外見はハンサムなのだけれど屈折して厭な性格だったので別れたの。
恨んだ時もあったけれど、今私は幸福だから何とも思っていないわ」
「貴方が新聞の常務のことを貴方を男にしたような人よ、男の艶を感じるのと言った事があるんだけど、あれはどんな意味だったの」というと
「凄く切れる所なの、すぱっと切れて、切口が見事に美しい。
貴方と居ても常務を感じ、常務と居ても貴方を感じたの」
全くお互いに知らない人だけれど得体の知れない縁を感じるのは彼女の語り口のせいなのだろうか。
其の頃、私は素晴らしい友達を大勢もっていた。
フェミニズム運動に夢中な人。潜在意識の世界を透明で悪魔の色かと思うほど美しい色彩で描いていた友達、広い林の中で草木染めの教室を持っていた人も、
彼女と初めて会った時はっとした。崖っぷちにたっている女性。
生を選ぶにも死を決するにも激しい気迫が必要だ。静的で端整な顔に青く燃える炎をみた。
広告会社のトップセールスマンを続けながら小説や随筆を書いていた友人もいた。
その他大勢いたが、共通している点は自我をしっかり持ち、相手に干渉しないでさり気なく思う。それに好奇心いっぱい。
私達は其々とても忙しい生活をしていたが、時々出会って知り合いの陶房で土をひねったり、画家のアトリエで石版画を作ったり、小旅行をしたり、其々個性的で話題いっぱい飽きる事が無かった。
二十余年の歳月は様々な変遷があり、出会う機会も少なくなった。
愛すべき素晴らしい女性たちが幸福な人生を送るとは限らない、むしろ何処でボタンを掛け違えたのか、総てが崩落の一途をたどる事になった人々もいる。
しかし人生を命果てるまで自分の目で見極めようとする姿勢は変わらない。

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