愛知学院大学秋季公開講座が始まり、10月24日9時開会式、10時より第1回
日本人から見たイスラーム。 イスラーム技術(文明)を中心に
講師 愛知学院教授 尾高晋巳先生
子供の頃、アラビアンナイトの中の不思議な物語に魅せられて、アラジンと魔法のランプなど今でも思い出す。とてもエキゾチックで「月の砂漠」の歌のようにロマンチックで、砂漠をゆく駱駝の群れ、隊商、オアシスの賑わい、想像上の風景がドンドン拡がっていったのを想い出す。
世界史でサラセン帝国も出てきた筈だが、1世紀で世界に版図を広げたイスラームの影響もあまり日本ではかんじなかったが、外国へ行くと感じる。
アルハンブラ宮殿などイスラームの技術文明に驚いた。
講義の内容は日本は明治以後「脱亜入欧」で近代化を推し進めたのでイスラームに関してはヨーロッパを経て、ヨーロッパの目で見ていた。予言者ムハンマドが亡くなってから一世紀ほどで東はインダス、西は南フランスまで征服して、驚くべき速さで版図を拡げられたのは「右手に剣を、左手にコーラン」と言う形で比較的寛容な世界であった。イスラム世界は製糸技術、翻訳、出版、農業技術、数学、手形、決済なども進んでいたと言う様な講義だった。
日本は島国であり、イスラムの直接影響を受けず意識しなかったのだろう。
1970年代に石油ショック、中東戦争、イラン革命、イランイラク戦争など、イスラーム世界がクローズアップされ意識せずには居れなくなってきた。
先生は風邪を引かれていて、とても苦しそうで聞きづらかったがイスラーム世界が少し解ったかんじがした。
右手に剣を、左手にコーランをと言う事は後の人が言った事だろうが、コーランはムハンマドを通して神がアラブ人の共同体に与えた啓示であり、其の共同体が広がって行き、イスラム世界に編入されドンドン版図を拡げていったのだろう。
7世紀半ば以後には各地に巨大都市が出来た。イラク、イラン、シリア、エジプト、北アフリカを結ぶ巨大都市に依って軍隊の移動、交通、伝達、交易、巡礼で人、物、情報が活発に交流、イスラム時代になって急激に産業が発達したと言われる。
ムハンマド(マホメッド)570年頃〜632年はメディナの裕福な支配階級の出身で、父母は早くなくなり祖父の家で育ち、一家はシリアと隊商交易をしていたが、610年頃神の啓示を受けた。共同体に示された神の啓示を人々に報せようと布教し、メッカの支配層と対立してメディナに居を移したが、メッカの攻撃を何度も受けた。ムハンマドは軍事指導者としても優秀で少数の軍隊でメッカの大軍を制した。
やがて、アラビア全土を掌握し、ムハンマドの生きている中にアラビア全土を征服し、イスラーム国家にしたのだから、相当厳しいやり方だったと思う。
ムハンマドの死後、最初の数世紀は統治に依ってイスラム宗教と文化は中国の国境から大西洋まで、広大な土地に浸透し普及して行き、全地域にイスラーム宗教と文化、科学、技術が共有され、種々の共同体の塀を取り除くことで、文化の伝搬、疎通がスムーズになった。
ムハンマドの死後、ムハンマドの叔父アッパースの子孫をカリフとしてアッパース王朝(750〜1258)が出来、陸路、水路による交易の一大ネットワークによって、各地の産業、文明が活発に交流し、強大なイスラム国家をつくり、首都バグダッドは物流の中心一大商業都市となり最盛の時は人口100万人を越え、学問の中心で多くの学者が集まった。
強大なイスラーム国家の基礎を作ったのは、アッバース朝はアラブと非アラブの差別を撤廃して平等にしたことだったとも言われる。
イスラーム語はバグダッドからコルドバまでに住む人々の日常の言葉になり、一つの言葉で話し、書くようになり、ギリシャやインドの文書もアラビア語に翻訳され、学者だけしか読めなかった本も普通の人も読めるようになり、文学、科学、技術、等の普及、伝搬に役にたった。
紙の普及が文明の発達に貢献した。
アッバース建国の翌年751年に西域(東トキスタン)に駐屯していた唐の軍隊と戦い(751年 タラスの戦い)勝った。其の時捕虜になった中に製紙の経験のある人がいて製紙法を教えた。
唐では様々な植物の繊維を用いたが、イスラームでは亜麻の皮の繊維と亜麻のボロ切れを生石灰の液に浸して漂白し(生石灰も清潔な水も豊富にあった)、繊維をカットして柔らかくするのに臼引きをする(ハンマーを水車に取り付けて作動させ、自動化した)。
紙の製造により行政文書は羊皮紙から紙に代わり、伝達は容易になりアッバース王朝が中央集権的政治体制をつくりあげる事が出来たのは製紙によるとも言える。
紙の普及によって外国の学問も翻訳して紙に書いて閉じ送ると、又紙に書き写して行くという方法で、確実に学問文化を拡げる事が出来る。
そのうちに原本を写して本を売り出す事業家が出てきて9世紀末にはバグダードの1地区は出版社や書店が集まる文化の中心になった。
イスラーム世界の技術を支えてきた三本柱は「アラビア語」「アラビア数字」「紙」と言われたが成る程と思った。
日本へ紙がはいってきたのは610年高句麗から、紙の製造は702年からである。
アメリカが軍隊を引き揚げない限り、テロは止まない気がする。アメリカに同意して派兵した国々もテロの対象になる。 日本も例外でない。
ジハードと言う言葉をよく聞くが、ジハードは「奮闘」「努力」というアラビア語だそうだが、聖戦、闘争の意味で使われているようだ。シーア派とか、スンニ派とか出て来るが、コーランの世界である。コーラン第2章第193節に「騒擾がすっかりなくなる時まで。宗教が全くアッラーのただ一条になる時まで、彼等(メッカの多神教徒)を相手に戦い抜け」 ムハンマドがメッカの大軍と何度か対戦して勝ち、やがてアラビア全土をイスラム世界にしたのは1500年余前のことである。
イラクへ入って破壊したものを許す筈がない。ジハードを称え命を掛ける者には見事なアッラーの神の褒賞が与えられると信じる人々を理解出来ない。しかし、其の解決は難しい。
オバマ大統領はイラクは引いて、アフガニスタンを強化すると言うが、タリバーンはどこまでも抵抗し、泥沼化し、最も残酷な戦争を続ける事になるだろう。

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