
ヤンマガで連載中の「
逆境無頼カイジ」。先週終了したけど、アニメが火曜
の深夜にやってて、毎週楽しみに見てました。
前に書いた「
墓場鬼太郎」と並んで、かなり出来のいいアニメだったなぁ。
これは映画にしろ、ドラマにしろ、舞台にしろ、アニメにしろ、原作がある
モノに関しては共通して言えることなんだけど、そこには
二つの要素が欠か
せないと思ってて、
1.原作に対する愛情と敬意
2.原作を超越する創作への熱意
これがどちらも欠けててはいけないと思う。まあ、最近のベストセラー小説や
人気漫画の安易な映画化、ドラマ化に関しては上記の二つともがないわけで、
もうそりゃ
愚の骨頂って感じだと思うんだけど、
原作に忠実すぎれば、作り手側の作品への愛情表現に留まるような不自由さが
残ってしまうし、逆に原作に手を加えることにのみ腐心すれば、原作の持つ
雰囲気や世界観が失われていくわけで、やはり作り手側にはその辺の
絶妙な
バランス感覚が欠かせないと思うわけね。
そういう意味で、
やはりカイジはすばらしかった。
カイジ役に萩原聖人を抜擢したのも、まあ冬のソナタの件はどうでもよくって、
彼が自分自身無類のギャンブル好きで、それがたたって自らの結婚生活にまで
終止符を打ったりしてるわけで、結果的に素晴らしい当たり役だった。自問自
答する台詞とか、深い心理描写の場面でも、声優にありがちな変なクセなく、
リアルに演じてくれてた。
あと特筆すべきは、やはりこれ
ざわ・・
ざわ・・・
ざわ・・・・
原作を読んでる人ならわかると思うけど、賭博の対決中にカイジを襲う
違和感
やひらめきなんかを、こういう形で原作者の福本信行は表現してたんだけど、
果敢にも、アニメではこれを実際に
声と
文字にして表現した!これが
かなり効果的で、作り手の熱意が伝わってきた。この効果で、原作の持つ一種
異様な雰囲気を見事に作り出してくれた。ここなんか、さっきにも書いた原作
と創作の絶妙なバランスの好例。なんか内的な他者の声(しかも複数聞こえる!)
をこんなカタチで表現するなんて、シンプルでいて、すごくリアルであった。
あとはどこまでかはわからないが、
原作者がアニメ作りに関わっているのが
見えてきたところも良かった。「ちびまるこちゃん」に代表されるように、
原作者がアニメの製作過程に関与して、それがいい方向に働くことがある。
今回も番組終わりに福本信行が微妙に登場するコーナー(カイジ箴言)が
あったりして、また彼の顔が
カイジに登場する人とそっくりで驚いたりも
したんだけど、作者の顔が見えるというのはやっぱり新鮮であった。特に
ああいう漫画である以上、自然作者の人柄やバックグラウンドへの興味も
芽生えようというもの。
他にも良い点がいっぱいあるんだけど、書ききれないのでやめておきます。
DVDが出てるので、お暇な方は近くのレンタルビデオ屋で借りて見てみて
はいかがかしら。
ざわ・・・
ざわ・・・
ざわ・・・・
いやね、
こういう違和感、今まで圧殺してきたとこがやっぱあって、名状しがたい
不快さとか、逆に形容しがたいいとおしさとかって、やっぱどこか危ないもの
とか、正体不明なものと認識して、遠ざけたり、なかったものにしちゃうこと
がやっぱあるけど、
そうゆう「
ざわ・・ざわ・・」にこそ、深層部のなにかが横たわってて、それを
正体不明、名状不能、概念化不能なまま、その存在を認めてやって、「
ざわ・・
ざわ・・」を楽しめるくらいの、そんなエキサイティングな生き方ができれば、
いいのにねー。

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