希望の裏には恐れがあると言ったのは、確かニーチェだったか。
ここは、勤務先に程近い大通り沿いに位置するサブウェイ。余計な味のしない、
ゆえに飽きの来ないテイストに惹かれて、昼食はヘビーローテションでサブウェイ。
ポイントカードを貯めた特典が「お好きなサンドイッチとドリンクが200円で頼める
券」という比類なき微妙さを補ってあまりある、その魅力。サブウェイ。
先日もいつもと同じように、いまや顔なじみの小柄でめがねをかけた善良そうな
男性店員に私は注文する。
「ケイジャンチキンを」
その先にパンの種類とトーストの要不要をたずねられることはわかっているが、
よくいるビジネスマンのように「ハニーオーツ、トーストなしの照り焼きチキン」
などと野暮なまねはしない。コミュニケーションブレイクダウン社会における、
せめてもの抵抗としての、あえての
「ケイジャンチキンを」
いつもの問答ののち、その日は様子が違った。
「アボカドトッピングがお薦めですが、いかがでしょうか」
?!思わぬサジェスチョン。きっと彼のことだから私の今までの注文歴
から嗜好や傾向を統計的にはじき出した結果のアドバイスに違いあるまい。
「じゃあ、それで。」
うーむ、なんとも快いではないか。こういうのを本当のサービスというのだ。
事務的に、マニュアル的に手順に従ってやるのなんて、サービスの本質を
見失ってる。アボカドトッピングのケイジャンチキンを頬張りながら、
誇らしげな笑みを浮かべる私。うむうむ、確かになかなかイケるではないか。
新たな価値の提案、これぞサービスの真髄。
そして今日。昼は持参の弁当で済ましたので、食後のコーヒーで一服しに
サブウェイへ。吉本隆明の『我が転向』なんていう大それた題名とは裏腹に
わりと軽めの内容の本を読みながら、店員がなぜかテイクアウトと思い込んで
紙カップに入れられたコーヒーをすする。
「トッピングにアボカドおススメですが、いかがですか」
元々はインタビューかなんかの内容を起こして書籍化したらしく、思いのほか
早く読み終わってしまった。
「プラス90円でアボカドのトッピングができますが」
ぽけーっとする私。外の窓に面したカウンター席で頬杖をつきながら、行き交う
人の流れを見るでもなく見ないでもなく、呆ける自分の状態を愉しむ。
「プラス90円でアボカドを二倍に増量できますが、いかがでしょうか」
・・・?
「トッピングにアボカドは
「アボカドオススメしてますが、
「プラス90円で
「アボカド
「アボカド
「アボカド
「アボカド
・・・
これさ・・・
・・・発注ミス
→・・・過剰在庫?
→・・・店長命令?
→・・・在庫処分?
→・・・店員必死?
百歩譲って、千歩譲って、マンボ踊って、今季節的に、あるいは社会風潮的に、
アボカドを押す戦略にサブウェイが思い切って出ていたとしてもだ、
すでにアボカドが入っているアボカドべジーやえびアボカドを頼んだ客に、
「二倍に増量」それはやはり事情が切迫しすぎている。ただの在庫過剰ではない。
相当な規模だ。そしておそらくアボカドはそこそこ足が速いと見た・・
なにがあれかって、
サービスをひとしきり褒め称えた私の純粋無垢で人を信じて疑わないまっさらな
ココロを踏みにじられたとか考えると、一人相撲的な身勝手解釈ばかりがクローズ
アップされてきて、少なくともメガネの店員に悪気はないし、私にサービスを
アピールする意図もさらさらないわけで、早合点による敗色濃厚ムードに耐えら
れなくなる私。
「トッピングでアボカドをオススメしていますが、いかがですか?」
容赦なく連呼される「アボカド」たち。にべもなく断られてゆく必死な店員の
在庫処分目的の提案たち。誰かれ問わず笑顔でアボカドトッピングを薦める
若い女店員は、たぶんアボカドは好きじゃない。なんかそんな気がする。
これも私の半ば自棄を起こした邪推と粗探しの結果、と言われればそう。
「プラス90円でアボカドを2倍に増量できますがいかがですかぁ?」
在庫処分に図らずも寄与することになった私のアボカドトッピングケキジャン
チキンも、今味覚の糸を辿ってみると、なんか不自然で別にマッチしてなかった
気さえしてくる、事後的に五感の経験を捻じ曲げようという自分の軽薄さに気づく
と反吐が出そうになる。
私の意志を無視する形で、脳裏で黒ずみ始めるアボカドペースト。
彼の申し出を善意と捉えた身勝手極まりない希望と、
自らの価値判断の一貫性を根底から突き崩されることへの恐れ。
「トッピングとしてアボカドオススメですがためしてみますか」
いい加減背後から繰り返されるかつての善意に耐えかねて、
なるたけ無表情を保ちながら、店を後にした。
人間は感情に隷属するとか言ったのは、確かスピノザだったか。

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