野球のピッチャーは疲れて来ると、
コースが甘くなる、つまり
球が真ん中に
集まる。
野球を少しでも見る人にとっては、半ば当然のこととして受け止められてる
事実だったりするんだけど、
案外この感覚って、多少野球をかじってても、ピッチャーをやったことがない
人間からすると、わかるようで、なかなかわかりにくい。
たとえば、マラソンで疲れてくるとアゴが上がって来るカンジとか、ボクシング
でラウンドが進むにつれて足が止まってガードが下がってくるカンジなんかは、
そこまでその競技を本格的にやってなくても、なぜかわかりやすく響くんだけど、
でも、もともと「バッターにとって甘いコース」、まあつまり高めだったり、
ど真ん中にも狙って投げられない人間からすると、疲れてむしろ真ん中に球が
集まるという感覚は、やはり理解に苦しむ。だって、同じ論法でいったら、
ダーツは疲れると共に真ん中により当たりやすくなりそうなもんだ。
てなことを最近考えながら、今日世田谷美術館でやってた冒険王横尾忠則の
クロージングアクトの横尾忠則×糸居重里対談を見に行ってきた。そこで、
横尾のおっさんの言ってた「
メチエ」ってのを聞いて、なんか妙に納得。
明らかな天才で、素人目に見れば、これ以上に何をか求めんやって人が、
それでも欲しがるメチエ(技術)。今日の対談で糸井も言ってたけど、
最近さも当然のように存在する
「技術よりもコンセプトだ!」みたいな流れに、
彼は、それもまたさも当然のように一石を投じてて、それがなんか面白くて、
「三流の企業は商品を売る。二流の企業はアイデアを売る。一流の企業は
哲学を売る。」
企業人がまことしやかに口にするこんな言葉からも、技術軽視みたいなものは
読み取れると思うのだけれど、ただ大事なのは、ここで言ってる技術ってのは、
あくまでメチエであって、狭義のXXバカみたいな技術は全然技術じゃなくって、
しかもそこにいたる
経緯とか
プロセスまで含めてメチエと概念付けてるところに、
おいらは深く共感してしまったのであった。
ピッチャーのコントロールの甘さに野次を飛ばすのはたやすいけれど、
甘くなるコントロールすら持たない者に、本当のピッチングはやっぱり
わかってなかったんだなぁ、と。それを解するには、やはりメチエが必要
なんだなぁ、と。
そんな当然ちゃ当然のことを、深く感じた週末でござんした。

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