景気がいいとは、いらないものをバカスカ消費し、経済が回るということだ。
逆に景気が悪いとは地球的に見ればいいこともあるはずだ。
と、まあ、こんな下りで今日は話してみよう。
(また寄り道?)
俺は幼少時から密かな反骨精神の強い子供で青年期には反社会行動を繰り返していた。
自分が正しいと思ったことを確かめたくて狭い社会でもがいていたんだ。
しかし、芯の部分では大半の大人は、日本人は正しいと思っていたところがあった。
だが、この歳まで生きて、色んな経験をした今、見廻してみてもそうとは限らない。
くだらない大人は腐る程いる。
世界の街を歩いていて、おっ、これは人物だな。という人に俺は惹かれる。お年寄り、ホームレスの人にでもあるんだ。
社会の地位や職業、年齢など関係ない。
俺は人間嫌いでもあり人間好きでもあるんだ。
んー、何かよくわからんことを言ってるが・・。
世界を金なしで這いずリ廻る旅するようになって自然に気が附くことがある。
国家、社会、世間の「常識」と、地球という星の自然現象からくる「真理」だ。
常識、それは空気のようなものであり、自分の脳に染み付いたガスのようなものだ。
それを払拭するのは容易なことではない。
払拭せず楽に生きる方法はいくらでもある。
でも、何か疑問を感じたり、納得いかないのなら旅がいい。
それもできるだけ金なしで。
洗い流すのは違う空気、違う場所、違う目線だからだ。
世界の風に洗われるとその汚れたものがよく見える。見え過ぎるほどに。
価値観が変わったというのも同義語なのだろうか。
如何せん、もう俺はとっくに目が覚めた。
このブログでも何回も言ってるような気がするが、何度でも言う。
それが俺の今の存在意義であり、ボンバダアグアであるからだ。
実際、それに何か感ずるものがある人にはこのブログに「熱い魂」を感じて頂いているはずだ。
「大人たちに褒められるような馬鹿にはなりたくない。」
若い時に感じた魂の詩い手の言葉を今も感じて突き進む。
俺は真実にしか流されない。
PS,学歴、出世、人間のしがらみに疲れた人はマジメに考えることはない。ちょっと斜に構えて社会を見てみるといい。優劣の基準を入れ替えてみるといい。ボンバダを見るといい。(笑)
楽ではないが“楽”がみつかるであろうことと思う。
さあ、明日も頑張らずにガンバるゾ!
敬具。