Tさん(50代前半♂)とは、十年以上の付き合いだ。
通っていた将棋道場で知り合い、現在に至る。
あれは、2年半前の4月のことだった。
飲んでいる席で、突然、
「『W』チームに、移籍させてもらえないだろうか…。」
と、Tさんから切り出された。
Tさんは、当時、社団戦では、歩純さんのチームに属しており、そこではエース格の立場だった。
その時は、
「今年は、歩純さんのチームで、すでにTさんはあてにされているはずだから…。」
と、言って、お断りした。
ただ、
「今期が終わって、まだ移籍する意志があったら、歩純さんのチームに了解をもらいに行きます…。」
とも言っておいた。
その期が終わり、Tさんは、改めて、移籍の意志を伝えてきた。
私は、約束通り、歩純さんに話を通し、先方のチームメンバーのご好意もあって、円満に、Tさんの移籍は実現した。
Tさんは、移籍当初、
「歩純さんのチームに不満がある訳ではないけれど、もう少し、厳しい環境で、将棋を指したい…。」
と、語っていた。
『W』チームは、1部に上がったばかりだったので、その望みには最適であったと思われる。
大体、より厳しい環境を目指す人は、腕に覚えがあるもので、そういう点では、Tさんも、
「いくら1部でも、そこそこ何とかなるはず…。」
と、思っていたと思われる。
しかし、現実は、彼の想像より遥かに厳しかった。
移籍一年目…。
Tさんは、見事に全敗した。
それも、ほとんど見せ場もなく…。
その年の、最終戦の打ち上げで、
「来年も出させて頂けますか…?。」
と、Tさんは、他のメンバーの前で、お伺いをたてた。
チームで最年長、プロの養成機関にいたこともあり、キャリアうん十年の人が、…だ。
年が明けて、今年の2月…。
『W』チームでは、研究会が始まった。
以来、Tさんは、積極的に、これに参加していた。
7月…。
今年の社団戦が始まり、初日、Tさんは、全敗…。
チームが、1部から、2部に落ちたので、かなり、対戦相手が楽になってはいたが、結果は出なかった。
9月…。
『C』チームと『W』チームの有志で、リーグ戦が始まる。
Tさんは、これにも参加…。
社団戦は、三日目を終え、まだ勝ち星がなかった。
10月…。
Tさんは、修行時代の仲間、K席主に、頼み込んで、稽古をつけてもらう。
11月…。
月末に、社団戦最終日を控え、Tさんは、土日の吉祥寺将棋センターで、トーナメントに何度も出ている。
そして、最終日を迎えた…。
最終日の朝、仲間内で、ひとしきり盛り上がった話題が、
「Tさんは、今期も全敗か…?。」
「全敗したら、Tさんはどうするのか…?」
であった。
どうするのか…、とは、つまり、去就のことであるが、まぁ、別に、皆、本気でやめさせたい訳ではない。
話のタネとして、面白おかしく、辛辣な意見を述べていただけである。
ただ、皆、興味を持っていたことだけは、間違いなく、飲み会などでも、何度も、この話は出ていた。
対局が始まる直前…。
私は、Tさん、Gさんと話をしていた。
G「Tさん、なんか、朝から、顔色が悪くないですか?。」
私「そうですね…。肌ツヤが、ちょっと…。」
T「実は、昨日、寝れなくてね。」
私「今日は、最終日なんだから、ちゃんと寝て、体調を整えてもらわないと…。」
T「いやぁ〜…、その通りなんだけど、寝る前に、詰め将棋を解き出したら、アッと言う間に、時間が過ぎちゃってさぁ〜…。」
G「えッ?!、なに、そんなに長考するようなのを解いてるの?。それより、5手詰めくらいのを、いっぱい解いた方が…。」
T「最近、雑誌に載っているのは、全部解いてるんだよ…。」
G「えッ?!、全部ですか…?。」
T「まぁ、一応ね…。」
私「…。」
更に聞くと、朝早く来て、会場の近くの喫茶店で、届いたばかりの、将棋新聞の詰め将棋も解いていたと言う。
寝不足も、確かにあったと思うが、私の感じでは、前日から、非常に緊張しておられたように、見受けられた。
一局目は、負け…。
二局目は、抜け番で、今期のTさんには、最終戦を残すのみとなった。
最終戦…。
私も、対局していたが、持ち時間を大幅に残して、終わってしまったので、他をチラチラと見て回る。
すると、Tさんが、局面をリードしている。
それも、どう見ても大差…。
最終盤に入っており、自陣には、憂いがほとんどない。
つまり、まず間違いなく勝ちなのだが、相手が、あきらめなければ、万が一が起こる可能性もある。
苦吟する、対局相手…。
Tさんも、必死で考えている。
「パシッ…。」
相手が、首を傾げつつ、着手する。
一瞬、何かを確かめるような動作をしたあと、Tさんが持ち駒に手をやる…。
「ペシッ…、ペシッ…、バキッ!?。」
空打ちを二度くれて、大きなモーションから、銀を叩き付ける。
決め手だ!!。
相手玉は、即詰み…。
ついに、移籍後、初勝利を飾ったのだ。
終局したのを見届けて、私は、目でチームのメンバーを探した。
Tさんは、感想戦を、穏やかな声で始めている。
…で、最初に見つけたのが、監督さん…。
近寄りながら、私は、思わず言ってしまった…。
「クララが立ちました…!!!。」
と…。
打ち上げの席で、私は、Tさんと話す機会があった。
「これで、来期も、参加させてもらえる…。」
本当に安堵した表情で、彼は、語った。
今期、全敗したら、自ら身を引くつもりだったらしい。
他人に、とやかく言われるまでもなく、本人は、色々考えていたのだった。
それも、かなり深刻に…。
Tさんは、カラオケが終わる6時まで、起きて歌っていた。
私と、『ガラスの少年』を歌ったりして、和やかなムードに、浸りこんでいた。
今期の後半、Tさんは、本当に必死だったに違いない。
仕事をやり、4人の娘の面倒をみ、その上で、研鑽しても結果が出ない日々…。
でも、取りあえず、どんな形でも、片目があいた。
将棋は、怠ければ、どんどん弱くなっていく競技だ。
歳をとれば尚更である。
しかも、アマチュアのレベルは、年々上がっているので、立ち止まることは、後退に等しい。
だから、Tさんが、必死にやったからと言って、結果が出る保証もなく、今期、初勝利をあげたからと言って、来期にそこそこ戦える…、という保証にもならない。
しかし、個人的には、『W』チームに在籍することに、これだけ拘ってくれていることと、最低限でも、何かを成し遂げた姿を見られたことが、正直、非常に嬉しかったりする。
来期…。
『W』チームは、また2部で戦う。
頑張ることは、もちろんのことだが、もし、上をみた戦いをしたいなら、『目標』と『必死さ』が必要な気がしている。
最年長の、Tさんの戦いぶりをみて、そんなことを感じている。

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