2018/7/21

4512:ねこよろし  

 何故かしら腑に落ちなかった。偶然の一致と言えばそれまでであるが、こんな奇遇があるのであろうか・・・彼女がヤフオクで見かけてデザインが良いとたまたま購入した1970年代製のSONYのラジオが、私が小学校5年生の頃にお年玉を奮発して購入したSONY ICF-5300だったということが・・・

 しかし、私は生まれて初めて購入したラジオの話を彼女にしたことはない。彼女はそのことを知る可能性はない。やはり単なる偶然なのであろう。

 たまたま目にした偶然の中に、何かしらの大いなるものの隠れた意図を探そうとするのは、迷信深い人間の性である。

 私もこの偶然の中に何かしらの意図を探したが、思い当たるものは何もなかった。私はスマホの長方形の画面の中に浮かぶICF-5300をしばし眺めた。そしてその視線を彼女の顔に移した。

 彼女は静かに笑っていた。彼女はどちらかというと童顔であるので年齢の割に若く見える。実年齢はもうすでに31歳である。

 彼女は右手で持っていたスマホをすっとひっこめた。そして、笑顔のまま左手に何かしら持ってと、それをひっこめたスマホの代わりと言わんばかりに私の眼前に持ってきた。

 彼女の左手の中にあったのはカセットテープであった。それはインディーズバンドが出しているミュージックテープであった。タイトルは「ねこよろし」と書かれていた。

 「出たんです・・・『ねこ』の新しいアルバムが・・・CDとカセットで・・・もちろん両方買いました・・・」

 彼女はその笑顔の純度を少し上げた。それは彼女がひいきにしているインディーズバンドである「ねこ」の4枚目のアルバムであった。「ねこ」は彼女と同郷で和歌山県の出身である。

 そのバンドはアルバムをCDだけでなく、カセットテープでも販売する。それが彼女にカセットテープに関する興味を引き起こし、SONY製の古いラジカセを購入させる大きな動機ともなった。

 「Mimizuku」のカウンターにはSONY製のラジカセがある。これも1970年代の製品であろう。ステレオタイプのラジカセで左右に小さなスピーカーがひとつずつある。

 真ん中にシルバーの四角いボタンが6個並んでいて、その一番端のボタンを下へ押すとカセットホルダーが手前に開いた。

 その空間に彼女はケースから取り出されたカセットテープを挿入した。そして静かに閉めて、6つ並んでいるシルバーのボタンの真ん中あたりのものを下へ押し込んだ。

 するとカセットテープは息を吹き返した魚のようにくるくると回り始めた。THE SMITHを彷彿とさせるような、ゆったりとしたドラムのリズムに乾いた質感のギターが絡み、1曲目が始まった。

 私は目を閉じた。右手の人差し指と親指は珈琲カップの柄の部分を軽くつかんでいた。目を閉じるともうほとんど残っていないはずの珈琲の香りが感じられた。

 「スミスってイギリスのバンド知ってる・・・?ちょっと感じが似ていた。」

 「スミスですか・・・知らないです・・・何時の時代のバンドですか・・・?」

 「1980年代のは初め頃かな・・・まだCDになっていなかった・・・レコードの時代だった・・・」

 「そうですか・・・レコードの時代ですね・・・そしてカセットテープの時代・・・」

 「そう・・・」

 「とても人気があってね・・・私が大学生1年生くらいかな・・・そのファーストアルバムを聴いたのは・・・」

 「じゃあ、Youtubeで今度聴いてみます。」

 そんな会話をはさみながら、しばし「ねこ」の新しいアルバムを聴いていた。その音楽の質感は1972年に発売されたSONY ICF-5300の質感と共通するものを感じさせた。奇をてらったところのない静かを感じさせる音楽である。THE SMITHのファーストアルバムがそうであるように・・・実際の猫の立ち居振る舞いがそうであるように・・・




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