2010/2/9
1428:喫茶コーナー
その小さなケーキ屋さんには喫茶コーナーがあった。喫茶コーナーといっても小さなテーブルと2脚の椅子のセットが三つ窓際に置かれているだけで、それほどちゃんとしたものではない。
近所の人間がケーキとコーヒーや紅茶のセットを頼んでひとしきりおしゃべりをして帰るためのささやかなスペースである。
ここのケーキは美味しい。コーヒーもそこそこいける。そして、ここの店主は写真が趣味のようである。その喫茶コーナーの壁やテーブルにはちゃんと額に入れられた写真が数多く飾られている。
それらの写真はすべて白黒で風景であったり人物であったり様々であるが、とてもセンスの良いもので、小さく写真雑誌の名前とともに「入選」と誇らしげに書かれているものもある。
私が座った一番奥のテーブルには二人の子供がその同じテーブルに座っている写真が飾られている。屈託のない笑顔を見せている二人は小学生の兄と妹のようである。その写真の横には店主が書いた文章が添えられていた。
「てっちゃんは小学校5年生。父親を亡くした1年前から新聞配達の手伝いをしている。月に一度アルバイト代をもらうと妹のちーちゃんを連れてケーキを食べにくる。頼むのはいつもショートケーキひとつとミルクティーをひとつ。二人でテーブルにすわり、ちーちゃんが美味しそうにケーキを食べる。ちーちゃんはてっちゃんにもケーキを食べるかと訊くが、てっちゃんはお腹がすいていないからと、妹に食べるよう勧める。小学校5年生の育ち盛りである、朝と夕方1時間ほど新聞配達の手伝いをしている、お腹が空いていないわけはないのであるが、ニコニコしている。ケーキとミルクティーの代金500円はアルバイト代の入っている茶色の封筒から払われる。残りのお金はその夜におかあさんにそっと渡される。」
その文章を読んで、改めてその写真に見入る。男の子は愛情のこもった眼差しで妹を見ている。小学校低学年らしい妹はケーキを眺めている。二人とも透き通った笑顔である。
頼んだケーキとコーヒーを口にしながらその写真の二人の顔を眺めていたが、やがてその写真はぼやけて見えなくなってしまった。薄汚れた心が少しばかり洗われた気がした。
近所の人間がケーキとコーヒーや紅茶のセットを頼んでひとしきりおしゃべりをして帰るためのささやかなスペースである。
ここのケーキは美味しい。コーヒーもそこそこいける。そして、ここの店主は写真が趣味のようである。その喫茶コーナーの壁やテーブルにはちゃんと額に入れられた写真が数多く飾られている。
それらの写真はすべて白黒で風景であったり人物であったり様々であるが、とてもセンスの良いもので、小さく写真雑誌の名前とともに「入選」と誇らしげに書かれているものもある。
私が座った一番奥のテーブルには二人の子供がその同じテーブルに座っている写真が飾られている。屈託のない笑顔を見せている二人は小学生の兄と妹のようである。その写真の横には店主が書いた文章が添えられていた。
「てっちゃんは小学校5年生。父親を亡くした1年前から新聞配達の手伝いをしている。月に一度アルバイト代をもらうと妹のちーちゃんを連れてケーキを食べにくる。頼むのはいつもショートケーキひとつとミルクティーをひとつ。二人でテーブルにすわり、ちーちゃんが美味しそうにケーキを食べる。ちーちゃんはてっちゃんにもケーキを食べるかと訊くが、てっちゃんはお腹がすいていないからと、妹に食べるよう勧める。小学校5年生の育ち盛りである、朝と夕方1時間ほど新聞配達の手伝いをしている、お腹が空いていないわけはないのであるが、ニコニコしている。ケーキとミルクティーの代金500円はアルバイト代の入っている茶色の封筒から払われる。残りのお金はその夜におかあさんにそっと渡される。」
その文章を読んで、改めてその写真に見入る。男の子は愛情のこもった眼差しで妹を見ている。小学校低学年らしい妹はケーキを眺めている。二人とも透き通った笑顔である。
頼んだケーキとコーヒーを口にしながらその写真の二人の顔を眺めていたが、やがてその写真はぼやけて見えなくなってしまった。薄汚れた心が少しばかり洗われた気がした。
2010/2/8
1427:精緻系
Coreさんのブログ「AcousticCore」にコメントを入れたのが2週間ほど前のことであった。コメント入力時にメールアドレスも入れる欄があったので、メールアドレスも入れておいたら、Coreさんからメールが届いた。
「ブログへのコメントありがとうございます。Taoさんのブログも読ませていただいてます。オーディオに関心を持ったのは中学生のころ、それからもう30年以上も経ちます。私はTaoさんと違って結構新しもの好きです。毎年のように何かしら買い換えています。今買換えを健闘しているのがレコードプレーヤーです。今のSYSTEM AMAZON2は4年ほど使っていまが、そろそろ新しいものに換えようかと思案中です。第一候補はORACLEのDELPHI MkY、第二候補はBrinkmann Oasisです。」
「ぎょぎょ・・・」である。新しいレコードプレーヤーの候補にあがっているのが、凄いのばかりである。デザイン的にはどちらも「精緻系」。Coreさんがお使いのスピーカーAyra C2も、そしてプリアンプOCTAVE HP300、パワーアンプOCTAVE RE280MKUも同様に「精緻系」である。
するとCoreさんのお宅は「精緻系の聖地」。しかも、ラックがFINITTE ELEMENTE・・・う〜ん役者が揃っている感じである。
「TaoさんはBMWなどのドイツ車がお好きなようですね。私が使っているオーディオ製品はドイツ製が多いのですが、車はラテン系なのです。今乗っているのはALFA ROMEOのMiToです。色は黒です。MiToの前はRENAULTのMEGANEでした。何故かドイツ車は縁がないのです。」
メールの後半は車に関することであった。それにしても「MiTo」とは・・・しかも定番の赤ではなくあえて黒を選択・・・ ますます、興味がわくというもの。
メールをいただいたのでお礼の返信、当然いつもの「首都圏にお住まいですか?」との問いかけは忘れなかった。
すると我が家からそう遠くないところにお住まいということが分かった。東京都西多摩郡瑞穂町・・・東京都でありながら「区」や「市」でなく「町」・・・つまり、私が住んでいるところと同様のかなりのどかなエリアである。
近いうちにCoreさんのお宅に訪問できそうである。日程は調整中、「精緻系」システムで聴く70年代プログレッシブ・ロックはどんな感じなのであろうか?
YESの「CLOSE TO THE EDGE」のA面冒頭の小鳥の声や小川のせせらぎの音をぜひAyra C2で聴いてみたい。その純白に輝くユニットから放たれる音のシャワーをあびてみたい。
「ブログへのコメントありがとうございます。Taoさんのブログも読ませていただいてます。オーディオに関心を持ったのは中学生のころ、それからもう30年以上も経ちます。私はTaoさんと違って結構新しもの好きです。毎年のように何かしら買い換えています。今買換えを健闘しているのがレコードプレーヤーです。今のSYSTEM AMAZON2は4年ほど使っていまが、そろそろ新しいものに換えようかと思案中です。第一候補はORACLEのDELPHI MkY、第二候補はBrinkmann Oasisです。」
「ぎょぎょ・・・」である。新しいレコードプレーヤーの候補にあがっているのが、凄いのばかりである。デザイン的にはどちらも「精緻系」。Coreさんがお使いのスピーカーAyra C2も、そしてプリアンプOCTAVE HP300、パワーアンプOCTAVE RE280MKUも同様に「精緻系」である。
するとCoreさんのお宅は「精緻系の聖地」。しかも、ラックがFINITTE ELEMENTE・・・う〜ん役者が揃っている感じである。
「TaoさんはBMWなどのドイツ車がお好きなようですね。私が使っているオーディオ製品はドイツ製が多いのですが、車はラテン系なのです。今乗っているのはALFA ROMEOのMiToです。色は黒です。MiToの前はRENAULTのMEGANEでした。何故かドイツ車は縁がないのです。」
メールの後半は車に関することであった。それにしても「MiTo」とは・・・しかも定番の赤ではなくあえて黒を選択・・・ ますます、興味がわくというもの。
メールをいただいたのでお礼の返信、当然いつもの「首都圏にお住まいですか?」との問いかけは忘れなかった。
すると我が家からそう遠くないところにお住まいということが分かった。東京都西多摩郡瑞穂町・・・東京都でありながら「区」や「市」でなく「町」・・・つまり、私が住んでいるところと同様のかなりのどかなエリアである。
近いうちにCoreさんのお宅に訪問できそうである。日程は調整中、「精緻系」システムで聴く70年代プログレッシブ・ロックはどんな感じなのであろうか?
YESの「CLOSE TO THE EDGE」のA面冒頭の小鳥の声や小川のせせらぎの音をぜひAyra C2で聴いてみたい。その純白に輝くユニットから放たれる音のシャワーをあびてみたい。
2010/2/7
1426:布団干し
我が家のQUAD ESLは2階の一室に置いてある。その部屋は残念ながらオーディオ専用ではない。専用でないどころか、本来の用途は寝室である。
寝室にオーディオを無理やり押し込んでしまったのである。当然家族からの風当たりは強い。どうにかその強烈な逆風をしのぎながら、2階でのオーディオライフは細々と続いている。
送り出しはLINN CD12。プリアンプはQUAD22、パワーアンプはQUADU。そしてスピーカーはQUAD ESLである。
本来の用途は寝室なので、空いた空間を使っている。部屋の広さは15畳程度。天井高は2.4m。構造はまったく普通の木造家屋の一室。電源対策も音響対策もほとんどなされていない。
そんな2階のオーディオであるが、今日は少しばかり新しい発見があった。それは妻の一言からはじまった。
「今日は天気が良いから、2階のベッドの布団干して・・・」と妻から指示が飛んだ。今日は天気が良い。風もあり、空気が乾燥している。布団を干すには絶好の天気である。
そこで、2階のベランダの手すりに布団を干した。するとベッドにはマットレスのみが残った。とてもすっきりとしている。
そのすっきりとした様子を眺めながら、「マットレスだけだと、当然この部屋の音響条件は変わるはず・・・」という気がした。
QUAD ESLは部屋の真ん中に置いてある。その後方にベッドが二つ並んでいる。ESLは後方にも音が放出されるため後方の状況の変化には敏感なはず・・・
そこでマットレスのみの状態で音楽を聴いてみた。最近一番よく聴いているCDであるブルックナーの第5番の第4楽章を聴く。演奏はティーレマン指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団である。
サウンドステージの色彩感が少しばかり鮮やかになったような気がする。ESLの音の肌触りはもともと柔らかめ。それが急に固めになることはないのであるが、柔らかめでありながら、少し芯ができたような印象である。
布団は当然吸音する。マットレスも吸音する。そこでマットレスもはずそうかと思ったが、重いので止めた。オーディオを聴くときは布団と枕を隣の和室に移し、マットレスのみの状態にして聴くのが良いようである。聴き終わるともとに戻す。時間にして数分・・・多少面倒ではあるが、手間ひまかけると良くなるのである。CDは2階でしか聴けないので、「今日はCDを聴くぞ・・・」という時にはまずは布団を片付けよう。
寝室にオーディオを無理やり押し込んでしまったのである。当然家族からの風当たりは強い。どうにかその強烈な逆風をしのぎながら、2階でのオーディオライフは細々と続いている。
送り出しはLINN CD12。プリアンプはQUAD22、パワーアンプはQUADU。そしてスピーカーはQUAD ESLである。
本来の用途は寝室なので、空いた空間を使っている。部屋の広さは15畳程度。天井高は2.4m。構造はまったく普通の木造家屋の一室。電源対策も音響対策もほとんどなされていない。
そんな2階のオーディオであるが、今日は少しばかり新しい発見があった。それは妻の一言からはじまった。
「今日は天気が良いから、2階のベッドの布団干して・・・」と妻から指示が飛んだ。今日は天気が良い。風もあり、空気が乾燥している。布団を干すには絶好の天気である。
そこで、2階のベランダの手すりに布団を干した。するとベッドにはマットレスのみが残った。とてもすっきりとしている。
そのすっきりとした様子を眺めながら、「マットレスだけだと、当然この部屋の音響条件は変わるはず・・・」という気がした。
QUAD ESLは部屋の真ん中に置いてある。その後方にベッドが二つ並んでいる。ESLは後方にも音が放出されるため後方の状況の変化には敏感なはず・・・
そこでマットレスのみの状態で音楽を聴いてみた。最近一番よく聴いているCDであるブルックナーの第5番の第4楽章を聴く。演奏はティーレマン指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団である。
サウンドステージの色彩感が少しばかり鮮やかになったような気がする。ESLの音の肌触りはもともと柔らかめ。それが急に固めになることはないのであるが、柔らかめでありながら、少し芯ができたような印象である。
布団は当然吸音する。マットレスも吸音する。そこでマットレスもはずそうかと思ったが、重いので止めた。オーディオを聴くときは布団と枕を隣の和室に移し、マットレスのみの状態にして聴くのが良いようである。聴き終わるともとに戻す。時間にして数分・・・多少面倒ではあるが、手間ひまかけると良くなるのである。CDは2階でしか聴けないので、「今日はCDを聴くぞ・・・」という時にはまずは布団を片付けよう。
2010/2/6
1425:シーメンス

シーメンスといえば、コアキシャルというイメージが強い。それだけユニットとしての名声が高いということであろう。しかし、シーメンスはコアキシャルだけではない。今日はishiiさんと一緒にYさんのお宅にお邪魔したのであるが、その部屋に鎮座する後面開放キャビネットに納まるのは、シーメンスのユニットであるがコアキシャルではない。それよりも以前のユニットである。
フルレンジのユニットである。キャビネットの上に乗っているのは他のメーカーのユニット。こちらは最初の数曲は併用していたが、少しハイ上がりの感じがするので、途中からはシーメンスのフルレンジ一発で聴くこととなった。
後面開放のキャビネットにシーメンスのフルレンジ一発・・・これがなかなか歯切れが良い。音がためらうことなく出てくる。音の質感はやや乾いた爽やかさに溢れてる。温度感はやや低め。高原の風といった印象である。
泥臭さや壮麗な重厚さはややでにくいが、明快さやキレの良さは素晴らしい。特にピアノやチェンバロなどの鍵盤楽器との相性が良いように感じた。
キース・ジャレットのケルン・コンサートを聴かせていただいたが、これなどドンピシャといった感じであった。ダイア・ストレーツの「悲しきサルタン」でのマーク・ノップラーのフィンガー・ピッキング奏法でのギターなどとても良い味を出していた。
クラシックではベトーベンやマーラーの交響曲も聴いたのであるが、そういった大きな構成のものよりも、時代が古く編成の小さな古楽器ものとの相性が良かった。
レオンハルトのチェンバロでのバッハはすっぽりとはまっていた。ヨーロッパの貴族の館での天井の高い一室で演奏されているかのような歪み感のない自然な音楽表現が心地よい空間と時間を演出してくれる。
おなじ、シーメンスであってもコアキシャルとは多少趣が違う。コアキシャルのほうが守備範囲が広いかもしれない。しかし、このユニットはコアキシャルにはない持ち味を持っている。躊躇いのない明快さとでも表現すべきであろうか・・・剛速球ではないが癖のないストレートボールをテンポよく投げ込んでくる感じである。
シーメンスはドイツのメーカー。コアキシャルはいかにもドイツ的な工業製品としての質感の高さを感じさせる。コアキシャルほど凝った構造ではないこのユニットも音の出方や佇まいが折り目正しく、ドイツ人気質のようなものを感じさせてくれた。
2010/2/5
1424:ビンテージレコード
中古レコードで1万円を超える価格がついていると、少しばかり気が引ける。ブルーノ・ワルター指揮、コロンビア交響楽団によるベートーヴェン「交響曲第6番《田園》」が15,750円で店頭に出ていた。
米・コロンビアではなく蘭・フィリップス盤なので、いわゆるオリジナル盤ではないのであるが、オランダでの初出盤である。
私は圧倒的にヨーロッパ・プレス好きである。アメリカ・プレスは豪華であるが何故だか聴いていて腰の落ち着き具合が悪いのである。
なので、私にとってはかえって魅力的・・・「15,750円か・・・普段買うレコードは大概2,000円前後・・・ざっと8倍か・・・」
一晩考えよう。明日の朝になってもやはり欲しければ購入しよう。録音は1958年。晩年のブルーノ・ワルターが残した貴重なステレオ録音。既に体調が良くない状態で、時間を限っての録音であった。
最近レコードもややビンテージ方向に向かってきたのかもしれない。60年代の録音は何かしらじっくり感がある。腰が据わっている。「どんと来い!」といった趣があるのである。
では50年代後半の初期ステレオ録音はどうなのであろうか・・・という気もしてくるのである。そういう気がしていたところで先ほどのブルーノ・ワルターのベートーベン交響曲第6番のレコードを見かけたのである。
そのジャケットにはブルーノ・ワルターの渋い横顔が・・・その写真が醸し出す深く重みのある風格も心を惹き付ける。
「やっぱり購入しよう・・・」そう思わせるものがその写真からは発散されていたのである。どうにかこうにかその引力を振り切って店を出たが、きっと明日はそのレコードを手にニヤニヤしながら、その店の出口をでることになりそうである。
米・コロンビアではなく蘭・フィリップス盤なので、いわゆるオリジナル盤ではないのであるが、オランダでの初出盤である。
私は圧倒的にヨーロッパ・プレス好きである。アメリカ・プレスは豪華であるが何故だか聴いていて腰の落ち着き具合が悪いのである。
なので、私にとってはかえって魅力的・・・「15,750円か・・・普段買うレコードは大概2,000円前後・・・ざっと8倍か・・・」
一晩考えよう。明日の朝になってもやはり欲しければ購入しよう。録音は1958年。晩年のブルーノ・ワルターが残した貴重なステレオ録音。既に体調が良くない状態で、時間を限っての録音であった。
最近レコードもややビンテージ方向に向かってきたのかもしれない。60年代の録音は何かしらじっくり感がある。腰が据わっている。「どんと来い!」といった趣があるのである。
では50年代後半の初期ステレオ録音はどうなのであろうか・・・という気もしてくるのである。そういう気がしていたところで先ほどのブルーノ・ワルターのベートーベン交響曲第6番のレコードを見かけたのである。
そのジャケットにはブルーノ・ワルターの渋い横顔が・・・その写真が醸し出す深く重みのある風格も心を惹き付ける。
「やっぱり購入しよう・・・」そう思わせるものがその写真からは発散されていたのである。どうにかこうにかその引力を振り切って店を出たが、きっと明日はそのレコードを手にニヤニヤしながら、その店の出口をでることになりそうである。
2010/2/4
1423:馴染み
車検の間代車として借りているBMW 740i(F01型)であるが、3日経過してその印象も変わってきた。「なんだか、馴染んできたな〜」というのが今の感想なのである。
車が馴染んできたというのではなさそうである。体が車に馴染んできたと言うほうがより適切である。
第一印象はそれほど良くなかった。ボディーの並外れた堅牢さは「乗せられている感」が強く、ステアリングの驚くほどの滑らかさは、路面情報がダイレクトに伝わらないきらいがあった。そして、シートの表面が思ったほど固くなかったので腰のすわりが良くない感じがしたのである。
しかし時間が経過するにしたがって、その違和感は次第に薄れてきた。「やはりBMWは分かっているな・・・分かっていないのは自分のほうか・・・」といった反省の弁も心の内に漏れ聞こえてくるのである。
体というものはすぐには順応しないもの。だんだんと馴染んでくるもののようである。そして、その馴染んでくるのに要する時間は私の場合普通の人よりも長めなのかもしれない。
それは車だけに限らず音楽の場合も似たようなところがある。コンサートでも大概後半になってからその真価が分かり始める。レコードやCDを新たに購入してもすぐにはその音楽の良さを吸収しきれない。最初のうちはその大部分を漏らしてしまうのである。
何度か聴くうちにその音楽が体に徐々に入ってくる。そのせいか、大量にソフトを買うことはしない。大量に買うとなかなかこなせないのである。
それは音楽的な素養の低さに由来するようであるが、ゆっくりと染み込むのを待たないとその良さが分からないのである。なのでレコードやCDの膨大なコレクションがたまりにたまり、収納場所に困るということもない。
体に馴染みきったBMW 735i(E65型)から急に740i(F01型)乗り換えた時には、体が一種の拒否反応をしめした。その違和感が拭い去られるには一定以上の時間が必要だったのである。
明日の夕方に代車は戻す予定である。体が順応しその真価が分かりかけてきたところであるので、多少残念である。F01型の堅牢で滑らかな高性能ぶりに慣れかけてきた体には、E65型はどのように感じられるのであろうか?
「やっぱり、我が家はいいな〜」とほっとした気持ちになるのであろうか・・・それとも「やっぱり時代は進化している・・・古さを感じてしまう・・・」という感想を漏らすこととなるのであろうか・・・
車が馴染んできたというのではなさそうである。体が車に馴染んできたと言うほうがより適切である。
第一印象はそれほど良くなかった。ボディーの並外れた堅牢さは「乗せられている感」が強く、ステアリングの驚くほどの滑らかさは、路面情報がダイレクトに伝わらないきらいがあった。そして、シートの表面が思ったほど固くなかったので腰のすわりが良くない感じがしたのである。
しかし時間が経過するにしたがって、その違和感は次第に薄れてきた。「やはりBMWは分かっているな・・・分かっていないのは自分のほうか・・・」といった反省の弁も心の内に漏れ聞こえてくるのである。
体というものはすぐには順応しないもの。だんだんと馴染んでくるもののようである。そして、その馴染んでくるのに要する時間は私の場合普通の人よりも長めなのかもしれない。
それは車だけに限らず音楽の場合も似たようなところがある。コンサートでも大概後半になってからその真価が分かり始める。レコードやCDを新たに購入してもすぐにはその音楽の良さを吸収しきれない。最初のうちはその大部分を漏らしてしまうのである。
何度か聴くうちにその音楽が体に徐々に入ってくる。そのせいか、大量にソフトを買うことはしない。大量に買うとなかなかこなせないのである。
それは音楽的な素養の低さに由来するようであるが、ゆっくりと染み込むのを待たないとその良さが分からないのである。なのでレコードやCDの膨大なコレクションがたまりにたまり、収納場所に困るということもない。
体に馴染みきったBMW 735i(E65型)から急に740i(F01型)乗り換えた時には、体が一種の拒否反応をしめした。その違和感が拭い去られるには一定以上の時間が必要だったのである。
明日の夕方に代車は戻す予定である。体が順応しその真価が分かりかけてきたところであるので、多少残念である。F01型の堅牢で滑らかな高性能ぶりに慣れかけてきた体には、E65型はどのように感じられるのであろうか?
「やっぱり、我が家はいいな〜」とほっとした気持ちになるのであろうか・・・それとも「やっぱり時代は進化している・・・古さを感じてしまう・・・」という感想を漏らすこととなるのであろうか・・・
2010/2/3
1422:トランク形状
先代の7シリーズのトランクは余裕でゴルフバッグ4個を飲み込むのであるが、新型は3つでも苦しそうである。様々な高機能装備の搭載がそうさせたのであろうか・・・私としては「これではわざわざ7シリーズを選択する必然性が薄れる・・・」という気になってしまう。
デザインに関してはドイツ本国で既に発表されたNEW 5シリーズのほうがよりまとまっているうえ、当然足リもBMWらしいスポーティーさに溢れているはず。
となると、現在の愛車BMW 735iが100,000kmを超えてそれなりにやれてきた頃には、NEW5シリーズにチェンジする選択肢を選んだ方が賢明というものであろうか・・・
BMW 5シリーズはEセグメントでメルセデスのEクラスを覇を競っている。Eクラスは一足さきにフルモデルチェンジされ日本でも時々見かけるようになった。
そのデザインは従来の曲線基調のラインがより直線基調となり、アグレッシブな造形となっている。メルセデスはハード的な信頼性の低下が心配されていたが、最近はさすがにメルセデスも危機感を持ったのか、この新たなEクラスは相当に気合が入ったモデルのようである。
そして、最近ターボチャージャー付の1.8リットルDOHC 直列4気筒CGIエンジンを搭載した「E250 CGI ブルーエフィシェンシー」もそのラインナップに加わった。
これはエコ減税の対象にもなる戦略的なモデルである。景気の影響で販売低迷に苦しむメルセデスであるが、このモデルに関しては日本でも成功するのではないという気がする。
そのEクラスのデザインは個人的にはそれほど惹かれるものは感じないのであるが、従来のメルセデスの立ち位置に戻ったかのような一種の落ち着きと言うか風格のようなものが感じられなくもない。
こちらも一度試乗したいものである。メルセデスはトランク形状をドイツ本国仕様とは変えて、左右の張り出しを極力押さえる独自の形状を日本仕様のモデルには与えている。このことにより、Eクラスであったもゴルフバッグ4個を収納できるとのことである。このあたりの芸の細かさはBMWも見習って欲しいものである。
年に数回は4バッグ・4名乗車でゴルフに出かける機会のある私にとって、走りには一切関係ない要素ではあるが、トランク形状はどうしても気になるポイントである。
デザインに関してはドイツ本国で既に発表されたNEW 5シリーズのほうがよりまとまっているうえ、当然足リもBMWらしいスポーティーさに溢れているはず。
となると、現在の愛車BMW 735iが100,000kmを超えてそれなりにやれてきた頃には、NEW5シリーズにチェンジする選択肢を選んだ方が賢明というものであろうか・・・
BMW 5シリーズはEセグメントでメルセデスのEクラスを覇を競っている。Eクラスは一足さきにフルモデルチェンジされ日本でも時々見かけるようになった。
そのデザインは従来の曲線基調のラインがより直線基調となり、アグレッシブな造形となっている。メルセデスはハード的な信頼性の低下が心配されていたが、最近はさすがにメルセデスも危機感を持ったのか、この新たなEクラスは相当に気合が入ったモデルのようである。
そして、最近ターボチャージャー付の1.8リットルDOHC 直列4気筒CGIエンジンを搭載した「E250 CGI ブルーエフィシェンシー」もそのラインナップに加わった。
これはエコ減税の対象にもなる戦略的なモデルである。景気の影響で販売低迷に苦しむメルセデスであるが、このモデルに関しては日本でも成功するのではないという気がする。
そのEクラスのデザインは個人的にはそれほど惹かれるものは感じないのであるが、従来のメルセデスの立ち位置に戻ったかのような一種の落ち着きと言うか風格のようなものが感じられなくもない。
こちらも一度試乗したいものである。メルセデスはトランク形状をドイツ本国仕様とは変えて、左右の張り出しを極力押さえる独自の形状を日本仕様のモデルには与えている。このことにより、Eクラスであったもゴルフバッグ4個を収納できるとのことである。このあたりの芸の細かさはBMWも見習って欲しいものである。
年に数回は4バッグ・4名乗車でゴルフに出かける機会のある私にとって、走りには一切関係ない要素ではあるが、トランク形状はどうしても気になるポイントである。
2010/2/2
1421:BMW740i

BMW 735iは2度目の車検に出された。走行距離は90,000km。従来は80,000kmを目安に乗り換えていたが、今回は車の調子が良いうえ、車体や足回りの剛性感が損なわれていないことから100,000km突破を目指すことになりそうである。
車検の間の代車として昨年フルモデルチェンジされたばかりのNEW 7SIRIESを借りることとなった。ディーラーの思惑としては1年以内にNEW MODELに買い換えて欲しいのであろう。
借りたのは740i。搭載エンジンは直列6気筒3.0リッターのパラレルツインターボ。これは、最近のトレンドに従ったものである。VWにはじまったこの流れはドイツ車メーカー全てがなびいている。小排気量、少シリンダーエンジンを過給して使い、燃費効率を高めるのである。
まずそのエクステリアであるが、キドニーグリルが随分と大きくなっていることにまず目がいく。「これは品がない・・・」というのが正直な感想である。AUDIのシングルフレームグリルに刺激されたのかフロントバンパーに食い込むかのような勢いで大きくなった。フロント全体のバランスからいっても少しバランスを欠いているような気がする。
伸びやかな肢体全体は気持ちが良い、サイドの強めのキャラクターラインは高い位置に描かれ、ドアハンドルもこのライン上に納まる。
インテリアでの大きな変更点は、ATセレクターがセンターコンソールに戻されたことである。先代ではセンターコンソールにはiDriveのダイヤルのみ、AT系の操作をステアリングコラムから生える短いレバーに集約させていた。
メルセデスはその後、このBMWの流れに乗ってSクラスもEクラスもコラムセレクトに変更したが、BMWはさっさとフロアに戻してしまった。メルセデスは多少肩透かしを食らったかたちである。
その乗り味であるが、剛性感がさらにアップされたためか堅牢なボディーに守られているという感覚が一段アップしたような印象を受ける。サスペンションは「COMFORT・NORMAL・SPORTS・SPORTS+」の4段階で調整できるが「NORMAL」が一番心地よかった。
しかし、「NORMAL」では、路面のインフォメーションはややダイレクト感にかける傾向があり、ステアリングは安定感が優先順位を上げている。「SPORTS」にするとダイレクト感は増すが、街中では足回りがしっかりしすぎているところがある。
剛性感が増し、インテリアも豪華になった。それ故「乗せられている」感がよりアップした。センターコンソールは先々代のようにドライバー側に向けられており、ドライバーズカーであることをアピールしているが、パッセンジャーよりの高品質感が重視された味付けである。
そして、がっかりしたのがトランクである。空間はそれなりに確保されているのであるが左右の張り出しが邪魔をして、どう転んでもゴルフバッグが4つ入らない。3つも難しそうな形状をしている。「これはまずいんじゃないの・・・日本では・・・」と思ってしまった。ドイツではまったく必要性のないことではあるが、日本の特殊事情を汲んで欲しいものである。メルセデスはしっかりトランクのみ日本仕様にしているというのに・・・
2010/2/1
1420:次男

クラシック・ガーデンで修理が完了したQUAD22が戻ってきた。これで本当に久し振りに3セットのQUAD22・QUADUがそろったことになる。普通であれば当たり前のことなのであるが、故障続きのQUAD22に翻弄され続けた私にはとても稀有なことのように感じられるのである。
2階のSOLIDSTEELには2組のQUAD22・QUADUが納まる。一番上にはLINN CD-12が「金色のおっぱい」のうえに鎮座している。まるで玉座に座る女王のように威厳がある。
もう一組のQUAD22・QUADUは1階のQUADRASPIREに納まっている。この3組のセットはそれぞれ性格が違う。同じ型番の製品であるが製造されてから半世紀の間に何度もメンテナンスを受けその時々において使用部品が交換されている、さらに使用されている真空管も違ってきているので、見た目は同じでもやはりその性格は異なるのである。
2階の2セットを聴き比べてみると向かって右側のセットは端整である。身のこなしがある一定の幅の中に納まっていてバランスが良い。多少面白みにかけるところがあるが、信頼性は3セットの中でもピカイチである。
向かって左のセットは奔放である。音に勢いがあり熱気がこもる。しかし、ところどころでやりすぎなところがあり、多少破綻気味に推移する傾向がある。なので、ソフトによっては「ちょっとやりすぎかな・・・」という気がするときもあり、QUAD ESLにその許容範囲を超えるような負荷を与える可能性も感じる。
兄弟でもその性格は違う。同じ両親から生まれ、同じ家庭で育ちながらやはりそのパーソナリティーには違いが生じる。我が家の3兄弟もそんなものであろう。
1階のセットはその点で2階の2セットの中間的な存在である。3兄弟の真ん中と言ったところであろうか・・・「自分が一番 次男 次男」と「だんご三兄弟」で歌われる次男であるが、なかなか良いとこ取りをしているような感も無きにしにあらずである。
2010/1/31
1419:ヴォイス2001
ゴルフはOUTコースまたはINコースからスタートする。ハーフを終えたら昼食休憩をして残りのハーフをまわる。
これが日本では当たり前であるが、このようにハーフで昼食休憩をとる習慣があるのは日本だけで、外国では18ホールをスルーで周るのが当たり前のようである。
ハーフを終えてからとる休憩のせいかどうかは不明であるが、前半のハーフと後半のハーフとではその出来具合に相当な差が出ることがある。
前半で良いスコアが出たので欲が出て失敗するケースもあるし、前半叩いたので開き直ったら後半持ち直したというケースもある。

今日はpontaさんと一緒にコンサートに出かけた。「ヴォイス2001 女性合唱VOL.5」指揮:福島章恭 ピアノ:櫃田亜希子 オルガン:柳澤文子。会場は厚木市文化会館 小ホール。
そのプログラムは前半がベンジャミン・ブリテン「ミサ・ブレヴィス」ロベルト・シューマン「女の愛と生涯」高田三郎「典礼聖歌」。休憩を挟んで後半はディヴィッド・サンガー「ミサ・プレヴィス」信長貴富「空の名前」。ヴォイス2001は17名の女性合唱団。曲により伴奏がピアノになったりオルガンになったりする。
クラシックのコンサートの時間は概ね2時間の場合が多い。途中で15分ほどの休憩が入り前半と後半に分かれている。
聴く方のコンディションも当然のこととしてその日の演奏の印象に大きな影響を与える。私の場合後半の方が音楽を享受する体勢が整いやすいようである。さらにコンサートホールのフィールド・エネルギーも後半の方がより強くなっているような気がするのである。
そして、演奏される方のテンションも後半のほうが高くなるのではないか。もちろんケースバイケースであり、必ずしもそうならないこともあるはずであるが・・・
今日のコンサートは、後半になってぐっと音楽の濃度と純度が高くなったような気がした。それは私の音楽を享受する能力が後半から上がったのか、コンサートホールの場のエネルギーレベルが後半一段上にシフトしたからなのか、あるいは演奏者のテンションの振幅が広がったからなのかは不明であるが、音楽の到達速度が上がったかのような錯覚を覚えたのである。
福島さんの指揮は、聴く者を音楽へ引き込む腕力がもともととてもしっかりとしているが、後半の演奏は特にそういった握力をしっかりと感じることができた。
OUTコースはワンバディー・ワンボギーのイーブンパーでこなし、休憩後の後半はスリバーディー・ノーボギーの3アンダーといった感じのコンサートであった。私にはこんな素晴らしいスコアでまわることは夢のまた夢であるが・・・
これが日本では当たり前であるが、このようにハーフで昼食休憩をとる習慣があるのは日本だけで、外国では18ホールをスルーで周るのが当たり前のようである。
ハーフを終えてからとる休憩のせいかどうかは不明であるが、前半のハーフと後半のハーフとではその出来具合に相当な差が出ることがある。
前半で良いスコアが出たので欲が出て失敗するケースもあるし、前半叩いたので開き直ったら後半持ち直したというケースもある。

今日はpontaさんと一緒にコンサートに出かけた。「ヴォイス2001 女性合唱VOL.5」指揮:福島章恭 ピアノ:櫃田亜希子 オルガン:柳澤文子。会場は厚木市文化会館 小ホール。
そのプログラムは前半がベンジャミン・ブリテン「ミサ・ブレヴィス」ロベルト・シューマン「女の愛と生涯」高田三郎「典礼聖歌」。休憩を挟んで後半はディヴィッド・サンガー「ミサ・プレヴィス」信長貴富「空の名前」。ヴォイス2001は17名の女性合唱団。曲により伴奏がピアノになったりオルガンになったりする。
クラシックのコンサートの時間は概ね2時間の場合が多い。途中で15分ほどの休憩が入り前半と後半に分かれている。
聴く方のコンディションも当然のこととしてその日の演奏の印象に大きな影響を与える。私の場合後半の方が音楽を享受する体勢が整いやすいようである。さらにコンサートホールのフィールド・エネルギーも後半の方がより強くなっているような気がするのである。
そして、演奏される方のテンションも後半のほうが高くなるのではないか。もちろんケースバイケースであり、必ずしもそうならないこともあるはずであるが・・・
今日のコンサートは、後半になってぐっと音楽の濃度と純度が高くなったような気がした。それは私の音楽を享受する能力が後半から上がったのか、コンサートホールの場のエネルギーレベルが後半一段上にシフトしたからなのか、あるいは演奏者のテンションの振幅が広がったからなのかは不明であるが、音楽の到達速度が上がったかのような錯覚を覚えたのである。
福島さんの指揮は、聴く者を音楽へ引き込む腕力がもともととてもしっかりとしているが、後半の演奏は特にそういった握力をしっかりと感じることができた。
OUTコースはワンバディー・ワンボギーのイーブンパーでこなし、休憩後の後半はスリバーディー・ノーボギーの3アンダーといった感じのコンサートであった。私にはこんな素晴らしいスコアでまわることは夢のまた夢であるが・・・
