2017/10/19

4238:インヴェンション  

 チャフノンが除去する「チャフ」とは、コーヒー豆を挽いたときに混ざる微粉や渋皮のこと。そのままコーヒーを淹れると、雑味や渋みが出やすくなる。

 その「チャフ」の除去には、「当初はヘアードライヤーを使っていた・・・」と、女主人は話していた。

 しかし、ヘアードライヤーだと風で飛ばされた渋皮が辺りを汚してしまって掃除が大変になるので、このチャフノンを導入したとのこと。

 チャフノンでチャフを完全に除去するとコーヒーの味わいが澄んでくる。オーディオで言うとSNが良くなった音のようであろうか・・・

 私はゆっくりとコーヒーを飲んだ。スマホを取り出して、そののっぺりとしたガラス面を人差し指で操作しながら、さして重要とは思えない情報をいくつか目にした。

 そして、スマホをカウンターに突っ伏すように置いてから、SONY製のラジカセの横に置かれているミュージックテープが入った箱を手前に引き寄せた。

 目についたのが、J,S,バッハ 『インヴェンションとシンフォニア』 グレン・グールド であった。

 そのミュージックテープを手に取り、手元で目からの距離を微調整して細かな文字を確認すると、録音されたのは1963年であった。

 1963年と言えば私が生まれた年である。録音場所はニューヨークと記載されていた。そのカセットテープをケースから取り出して、SONY製のラジカセに入れた。

 このラジカセは1970年代に製造されたもので、何度かの修理を経て、今も現役で活躍している。この時代のラジカセは実に良いデザインをしている。何かしら輝かしく誇らしげですらある。

 カセットホールダーを「カチャ」と音をさせて閉めた。PLAYボタンを人差し指で押し込んだ。カセットテープは回り始めた。
 
 右側に多く巻き取られていた茶色いテープは、左側へ順次巻き取られていく。ラジカセからは、バッハのピアノ曲が静かに流れ出していく。その絶え間ない流れは、空間をさっと浄化していくようである。

 Mimizukuの店内にいると不思議と時間に対する感覚が薄らいでくる。スマホは裏返しにされてカウンターに置かれ、オレンジ色をしたパタパタ時計は不正確な時刻を示すために時折りその数字を変化させている。

 壁にかかった振り子時計は、一つの象徴的な時刻を示したまま動きが止まっている。カウンターの向こう側には、寡黙な女主人が小さなな椅子に座って本を読んでいた。

 店の奥まったところにある2人掛けのテーブルには、ほとんど置物と化した初老の男性が座って、完全に気配を消し去っていた。

 私はカウンター席の一番奥に座り、コーヒーを時折口に運んでいた。そして唯一生命を持っているかのようにSONY製のラジカセはグレン・グールドの弾くバッハのピアノ曲を流し続けていた。

 Mimizukuの店内でしばらく過ごしていると、その中にいる者は生命力の横溢からははるかに遠い存在になり、個々の輪郭線が徐々に薄らいでいくような錯覚に陥ることがある。

 輪郭線が薄らいでいくと、閉じ込められていた生命力が漏れ出ていき、薄く広がる。やがて個々の存在が消えていき、「全体」に溶け込んでいくような感覚は、不思議と心地良い。

 眠りに入り込んでいく瞬間のように、心地良い脱力感に包まれていく。バッハのピアノ曲はその流れを実にスムースに誘導していた。

 「やがて、私もあの初老の男性のように気配を完全に消し去って行くのであろうか・・・」それはそれで良いような気がしてきた。

 深い陥穽に落ち込んで私自身が消え去っていくのをかろうじて留めたのは、Mimizukuの木製の扉が発する鈴の音であった。

 「カラン・・・カラ・・・カラン・・・」とそれは鳴った。そして、私は半分以上溶け去った状態から、現実の時間に戻ってきた。

 カウンターに裏返しにされていたスマホを無意識に手にしてそのガラス面に小さく表示されている時刻を確認した。

 「PM 6:26」と表示されていた。「Mimizuku」に入って1時間近い時間が経過していた。そんな時間が経過したとはとても思えなかった。

2017/10/18

4237:時計  

 昨日まで雨が数日間降り続いた。気温もこの季節としては、随分と低い状態が続いていた。今日は久しぶりに太陽が顔を出した。

 少し空気が柔らかくなった今日、阿佐ヶ谷にある顧問先の会社での打ち合わせを夕方の5時に終わらせてから、車を中野坂上に向かわせた。

 夕方になると空は灰色の雲に覆われ始めた。そのせいか辺りはうっすらと暗くなり始めていた。明日からまた天気は下り坂のようである。

 コインパーキングにVW POLOを駐車させた。車から降りて、ドアを閉めた。乗り始めてから6年が経過したPOLOのドアが閉まる音は、少しばかり乾いた音であった。

 コインパーキングから数分間歩いた先に、喫茶店「Mimizuku」はある。表通りから一つ脇道に入った裏通りに建っているビルは築40年以上は経過しているであろう。
 
 外壁の塗り替えは相当な年数行われていないようで、白い色はすっかりとくすんで、クリーム色のように鈍く光を吸収していた。

 喫茶店「Mimizuku」は、その古いビルの1階にある。木製のドアがこの店に入る入口である。ドアノブは真鍮でできている。

 そのドアノブも長年多くの人の手によって握られてメッキが半分ほど剥げていた。そのノブを右手で軽く握り、手前に引いた。

 古いのでもう少し軋むように開くのかと思われるドアであるが、思いの他軽く開く。ドアが開くとドアの内側に取り付けられている鈴がカラカラと鳴る。

 その鈴の音が一つの区切りを打つかのように乾いた響きをさせた。私はその音に攣られてその鈴を下から覗き込むように仰ぎ見た。

 店は年老いた女主人が一人で切り盛りしている。カウンター席には椅子が4つ並んでいる。4人掛けのテーブルが二つに、2人掛けのテーブルが一つある。

 私が店に入った時には、客は一人しかいなかった。奥まったところにある2人掛けのテーブル席に、初老の男性が座って、新聞を見ながらコーヒーを飲んでいた。

 しかし、その男性は人が存在しているという感覚をこちらに感じさせることがほとんどない。まるで気配を意識的に消しているかのようである。

 私は四つあるカウンター席の一番奥に腰かけた。その左隣の椅子の上に書類鞄を置いた。カウンターの上に置かれているSONY製の古いラジカセからは音は出ていなかった。

 カウンターの右端に置かれたオレンジ色をした「パタパタ時計」は「PM 5:15」と表示されていた。

 私の腕時計を確認すると、5時25分であった。店の壁にはねじまき式の古い振り子時計もかかっている。

 その時計の振り子は止まっていた。生命の抜けた人の腕のように振り子は力なく垂直に垂れ下がっていた。

 その振り子時計の示している時刻は、「2時46分」であった。「午後2時46分であろうか・・・午前2時46分であろうか・・・」その両者は同じ2時46分であるが、随分とイメージが違う時刻である。

 「Mimizuku」の店内では時間などそれほどの意味を持たないので、別に気にならなかった。私はホットコーヒーを頼んだ。

 何時もは、ナポリタンも一緒に頼むが、時刻がまだ早かったので、コーヒーのみを頼んだ。「Mimizuku」のコーヒーは雑味が少なく澄んだ味わいがする。

 「チャフノン」という特別の機械を使って「チャフ」を綺麗に除去しているのが、功を奏しているようである。

2017/10/17

4236:ハイエンド  

 最期に試したデジタルケーブルが、VooDoo CableのStradivariusである。これは大川さんがデジタルケーブルとしてのリファレンスとして使用されている一押しケーブルである。

 大川さんは「これまで30本以上のデジタルケーブルを使ってきました。今も自宅には11本のデジタルケーブルが残っていますが、このStradivariusは、バランスが良いのと、華やかで音が何というか高級な感じがするので、一番出番が多いです・・・」とこのデジタルケーブルのことを評されていた。

 実は、先日大川さんが私の自宅にCD2000をお持ちになられた時にも、このデジタルケーブルを持参された。その時に大川さんのCD2000と私のO-DAC PRO Mk3を接続したのも、Stradivariusであった。

 このStradivariusは、日本には正式に輸入されていないので、アメリカから直接購入されたとのこと。新品だと7万円ほどの価格とのことである。

 私は大川さんが2本お持ちであったうちの1本を3万円の価格で譲ってもらった。見た目は特別な特徴はないが、しっかり感があり、何気に高級感もある。

 CD2000とO-DAC PROをStradivariusで接続した。Stradivariusは中古であるのでエージングは完了している。

 その音の印象は「一気にハイエンドな雰囲気になった・・・」というものである。音の背景の様々な情報がふわっと増加する。

 「空間が華やかになるな・・・広がり感が感じられる・・・」

 今現在、我が家のリスニングルームでは、TANNOY GRFではなく、PSDの大山さんから一時的にお借りしているT4が鳴っている。

 そのT4は最新の現代型スピーカーである。アンプはMarantzの60年も前に製造された古い真空管アンプなので、決して現代型ハイエンドオーディオではないのであるが、醸し出される雰囲気が、どことなくハイエンド風である。

 「懐かしいな・・・この雰囲気・・・」

 我が家のリスニングルームはヴィンテージオーディオ機器が幅を利かせるようになってもう相当な年数が経過したが、オーディオを趣味とするようになった最初の数年は最先端のハイエンドオーディオに嵌っていた。

 その当時は、空間表現の得意なスピーカーに、一人では持てないような巨大なパワーアンプ、高価な部品がふんだんに使われたプリアンプに、SACDもかかるセパレート構成のCDプレーヤーがリスニングルームに並んでいた。

 デジタルケーブルをVooDoo CableのStradivariusにすると、「ハイエンドオーディオに嵌っていた頃には、こんな音が我が家のリスニングルームにも流れていたのであろうか・・・」と錯覚するような感じの音空間が広がった。

 もちろん、それは「錯覚」に過ぎないのであろうが、懐かしかった。我が家のリスニングルームでは時間の経過とともに、古い時代に逆行していったので、「新しい音」が懐かしいのである。

 ORACLE CD2000、O-DAC PRO Mk3、Marantz MODEL7とMODEL2、そしてPSD T4という、まずあり得ないラインナップから醸し出される音としては、VooDoo CableのStradivariusがもっともその特徴を表してくれているような気がした。 

2017/10/16

4235:Bセグメント  

 CDトランスポートであるORACLE CD2000とDAコンバーターであるO-DAC PRO MK3とを接続するデジタルケーブルは、ZZ-EIGHTの時から使用していたAT&Tの業務用ケーブルをまず試してみた。

 このケーブルはチューバホーンさんからお借りしているもので、見た目は真黒で細く、飾り気は全くなく、いかにも業務用といった感じである。

 その音の特徴は「質実剛健」。無駄がなくバランスが良い。あるべきところにあるべきものがあるといった印象で、安定感がある。

 その音を聴いていると、「なんだかフォルクスワーゲンの車のインテリアのような感じだな・・・」と思ってしまう。

 フォルクスワーゲンのインテリアは、質感高く纏っている。整然としていて、操作性も良い。しかし、プレミアム感はやや薄い。派手さは抑えられているのである。

 Bセグメントの車で言うと、現行型のVW POLOという印象である。派手さはないが、安定したしっかり感と徹底した合理性がある。

 実はチューバホーンさんからは、もう1本デジタルケーブルをお借りしている。銀線の単線のものである。
 
 こちらのデジタルケーブルはマニアの自作もの。メーカーの製品とは違い、見た目はいかにも自作もので、細く頼りなげ。

 見た目だけから判断すると、ちょっとまともな音がするとは思えないような気がしてきてしまう。

 しかし、音は結構いける。AT&Tのものから交換すると、銀線特有の煌びやかさが加わる。オーケストラの金管楽器が咆哮するシーンでは、その煌びやかさが活きる。

 AT&Tの「質実剛健」さに「艶やかさ」が加わる。フォルクスワーゲンのインテリアからAudiのインテリアに変わったような印象を受ける。

 高域が煌びやかになる影響か、低域の安定感はAT&Tよりも少し薄らぐような印象も受ける。それにしても見た目以上に質感の高い音がする。

 Bセグメントの車で言うと、Audi A1であろうか・・・VW POLOよりもデザインコンシャスな風貌であり、プレミアム感が漂う。そのデザインは華麗であるが、少し線の細さを感じる。

 銀線単線のケーブルの次に試したデジタルケーブルは、Ge3のもの。しかし、このケーブルはデジタル専用ではなく、デジ・アナ共用の製品。

 「デジ・アナ共用ということは、どちらにも使えるということか・・・良いような悪いような・・・微妙な感じ・・・」

 見た目はかなり「キワモノ」である。ケーブルの周囲は布で覆われている。きっと意味があるはずであるが、好きな外観ではない。

 その見た目的なインパクトからすると、音の方はまっとう。高域・低域のバランスはしっかりと取れている。

 これといった高性能感はない。音の表情にも特別なプレミアム感はない。しかしながら、何かしら心地いいものを感じる。

 性能面からのキレキレさはないが、人間が感じる心地よさを知っているような独特なおおらかさが感じられる。

 Bセグメントの車で言うと、フランス車の香りが色濃く漂うシトロエン C3であろう。斬新なエクステリアやインテリアと、癒し系の乗り心地が、ギャップを感じさせるC3の印象と、このGe3のデジタルケーブルが聴かせる音の印象とはかなりの比率で重なる。

2017/10/15

4234:構図  

 急転直下という感じではあったが、大川さんが中古のORACLE CD2000を見つけてくれた。CD2000を中古市場で見かけることは稀であったので、もっと時間がかかるものと思っていた。

 価格も実にリーズナブル。わが家には、1週間ほど前に届いた。非常に頑丈な作りの元箱からCD2000を慎重に取り出して、修理中のBOW TECHNOLOGIE ZZ-EIGHTが置かれていた場所に設置した。

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 この構図を見るのは二度目であった。「やっぱり良い・・・2台のORACLE製品は実にそのデザインが素晴らしい。そして2台あることによる相乗効果が・・・」と、目を細めた。

 事前にアナウンスされていた操作時のノイズは、気になるといえば気になるが、気にならないと言えば気にならない微妙なものであった。

 ORACLE CD2000にCDをセットし、リモコンのスタンバイボタンを押すと、CDの内容を読み込む。その際、「ジジジジ・・・」とノイズが出る。

 何故かしら右チャンネルのスピーカーだけからそのノイズは聞こえる。音楽が始まるとそのノイズは発生しないので、特に支障はない。

 リモコンで曲を選択する場合、該当する曲の数字を押してから、PLAYボタンを押す。するとその曲を選択して演奏を始める。

 その際その曲の演奏が始まる前、やはり「ジジジジ・・・」とノイズが出る。やはり右側のスピーカーから出る。

 これも曲の演奏が始まると、そのノイズは発生しない。「少し難あり・・・」といった程度の支障である。

 まあ、しばらくはこのまま使い続け、どうしても気になるようなら修理に出そう。大川さんのCD2000同様、このCD2000もMk2やMk3ではなく、オリジナルである。

 傷が付きやすいアルミの表面には大きな傷はなく、大切に使用されていたようである。その音は、少し前に大川さんのCD2000で聴いた時と同様、ZZ-EIGHTを確かに凌駕する実力を備えていた。

 かかっているコストが違うので当然ではあるが、やはりCDトランスポートの高級機らしいレベルの高さである。

 もう一つ、CD2000の導入と同時に購入したものがあった。大川さんお薦めのデジタルケーブルである。

 それはVooDoo CableのStradivariusである。大川さんがリファレンスとして使用しているデジタルケーブルである。

 我が家には、このStradivariusの他に、3本のデジタルケーブルがある。チューバホーンさんからお借りしているAT&Tの業務用ケーブと細い銀線のもの、そしてGe3のもの。

 デジタルケーブルにより、驚くほど音の質感が変わる。ケーブルを替えるごとに「そうくるのか・・・」と呟きたくなるほどの変化があるのである。

2017/10/14

4233:CD2000  

 高円寺にお住いの大川さんが我が家にORACLE CD2000を持って来られたのは先月のことであった。

 その際、Marantz MODEL7を真ん中に挟んで、右側にORACLE DELPHI6、そして左側にORACLE CD2000がセットされた姿を見た時、「これはいつの日か恒久的に実現しなければならない光景である・・・」と心に強く思った。

 シンメトリックな配置・・・そしてORACLEのこれらの製品が持つ美術工芸品的な美しさに強く心を奪われた。

 ORACLE CD2000は、MK3となって現在も販売されている。しかし、その定価はとても高価である。おいそれとは手を出せない。

 中古市場に出てくれば現実的な価格になるだろうけど、見かけることは稀である。「もし見つけたら、すぐに購入しよう・・・」と心に決めていた。

 ORACLE CD2000は見た目だけでなく音の方も素晴らしかった。それまでCDトランスポートとして使用していたBOW TECHNOLOGIE ZZ-EIGHTと比べると、やはりその実力は一つ二つ上であった。

 CD2000はDACを搭載していないCDトランスポートであり、ZZ-EIGHTはDACを搭載した一体型CDプレーヤー、さらにコストのかけかたも全く違っている。

 当然と言えば当然である。「CD2000は素晴らしいですね・・・中古で見つけたら是非購入したいです・・・」そう私が話すと、「中古で出ていないか、いろいろと調べてみますよ・・・」と、大川さんは言ってくれた。

 大川さんは自宅でORACLE CD2000以外にももう1台貴重なCDトランスポートをお持ちである。それはKRELL MD-10である。

 ORACLE CD2000同様トップローディング方式のCDトランスポートである。CD2000とは大きくデザインは異なるが、実に精悍な姿をしている。

 トップローディング方式のCDプレーヤーはどこかしらアナログチックな操作感を有する。面倒と言えば面倒であるが、その操作感がなんだか大事な儀式のようで、むしろ気持ち良い。

 CD2000もトップローディング方式の特有のそういった少し面倒とも言える操作感を有している。アルミ製の蓋をまず外し、更にスタビライザーを外す。

 そしてCDを慎重に納め、スタビライザーを装着する。(スタビライザーはマグネットでしっかりと固定される。)蓋を元の位置に置いて、準備完了である。

 本体にも丸い操作ボタンが五つあるが、何の表記もない。リモコンで操作するのが無難である。聴きたい曲の番号を選択してPLAYボタンを押す。すると音楽が流れ出す。

 大川さんからメールが来たのは、10日ほど前のことであった。

 「見つかりましたよ。CD2000の中古が。操作時に少しノイズが出るようですが、演奏が始まるとノイズはでません。価格はその分とても安いです。操作時のノイズが気になるようなら、購入後YUKIMUで修理依頼されるといいかもしれません。」

2017/10/13

4232:ダンピングファクター  

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 PSD T4のキャビネットは貴重な木材による美しい突板に覆われている。この突板に使用されているものは、現在ではワシントン条約により輸入が原則的に禁止されている木材のようで、入手が難しいもののようである。

 T4のノーマルバージョンは、樺材の積層合板をクリアラッカーで仕上げたものである。Limitedバージョンになると、何種類から選択できる突板仕上げとなる。

 見た目的な豪華さは当然のことながらLimitedバージョンの方が上である。そして突板仕上げにすると音にも影響があるようである。

 このT4には、専用のサブフーファーと組み合わされた特別システムが存在する。その見た目はWilson AudioのWATT・PUPPYシリーズのような物のようである。

 サブウーファーの上にT4が乗り、2段構成の姿はかなり大型のシステムになる。その姿を見たことはまだ無いが、機会があれば一度聴いてみたいものである。

 TANNOY GRFに装着されていたモニターシルバーが分解清掃されて、その本来の性能を発揮できるようになって戻ってくるまでの間、このPSD T4でオーディオを楽しむことができるのは、ありがたいことである。

 心配されたMarantzの古いアンプ群との相性も決して悪いわけではないことが分かったので、ほっと一安心である。

 Marantz MODEL2のダンピングファクターは、つまみを回転させることによって調整できる。当初は最大値に設定してT4を鳴らしていた。

 最大値といっても、現代のパワーアンプのダンピングファクターからすると一桁以上低い数値である。

 そのダンピングファクターはつまみを右に回すことによって下げていくことができる。ダンピングファクターを最大値から下げていくと当然のことながら音の表情は変わってくる。

 モニターシルバーを鳴らす際には、このダンピングファクターの調整は非常に重要な要素になってくるが、現代の最先端を行くPSD T4も、このダンピングファクターの調整により微妙に音の表情が変わっていく。

 「このくらいかな・・・」と定めた位置を確認すると最大値よりも3分の1ほど数値を下げたあたりであった。

 PSD T4によりオーケストラを聴くと、独特の快感がある。空間表現が得意なスピーカーであるので、どちらかというと編成が大きなものが得意である。

 ダンピングファクターを下げると、コントラバスなどの低弦の音がふわっと広がる。ジャズやロックの場合、もう少し締め上げる必要があると思われるが、クラシックの場合ダンピングファクターをやや低めに設定する方が、ふわっとした広がり感が出るようである。

 これから1ケ月ほどの間、PSD T4を楽しめるはず。この一時的ではあるが、我が家のシステムラインナップに加わったT4を、他のオーディオ機器たちは笑顔で迎え入れているようであった。

 PSDの美しい突板は、ORACLEやMarantzといった美しいデザインを身に纏ったハイセンスなオーディオ機器たちにも気に入られたようである。

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2017/10/12

4231:PSD T4  

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 TANNOY GRFの手前に置かれたPSD T4は専用スタンドに納められ、凛とした表情で佇んでいた。しかし、私の心には一抹の不安が・・・

 「パワーアンプのMarantz MODEL2は1950年代前半の設計製造、そしてプリアンプのMarantz MODEL7は1950年代後半の設計製造、どちらも今から60年ほど前の製品である。その時代のスピーカには相性は良いが現代型のスピーカーには不向きなのでは・・・」

 「特にMODEL2のダンピングファクターは現代のパワーアンプに比べてとても低い。現代のスピーカーユニットをグリップできるのであろうか・・・ぼんやりとした音になるのでは・・・」

 そんな風に思っていた。

 逆に、モニターシルバーの装着されたTANNOY GRFを現代のパワーアンプで駆動すると、ダンピングファクターが大きすぎて、ユニットがおおらかに鳴らないという現象が生じる。

 「まあ、一時的に借りて聴くだけだから・・・」と、それほどの期待感を込めることなく、CDを一枚選択した。

 モーツァルトのピアノソナタのCDを選択して、かけてみた。ダンピングファクターが足りずにぼんやりとした音になるのではという先入観は見事に裏切られた。

 とてもしっかりとした音が出現した。スピーカーとしてのPSD T4の優秀性は、何度が別の場所で聴いていたので分かっていたが、「1950年代の真空管アンプとの相性はどうであろうか・・・?」と思っていたのである。

 PDS T4のユニット構成は、130mmのウーファーと25mmソフトドームツイーター。シンプルな2ウェイである。

 能率を合わせるアッティネーターは直列抵抗を入れずに、特注トランスを使用して、能率を合わせているとのこと。このトランスでインピーダンスの制御も同時に行っている。

 その構成が功を奏したようである。T4は他の現代型スピーカーと違い、アンプ側に重い負担を強いらないスピーカーなのであった。

 なので、60年も前に作られた真空管アンプでもしっかりとした音を聴かせてくれる。そして、現代型の高性能スピーカーらしく、音色に対する色付けは極小で、空間表現にとても秀でている。

 その証拠にどう集中して聴いても手前にあるT4から音がでているという感覚はまったくない。その後方にあるユニットが取り外されてキャビネットだけになっているTANNOY GRFから音が出ているとしか思えない。

 視覚と聴覚が全く一致しない一種のマジックを見せてくれる。CDをシベリウスのヴァイオリン協奏曲に切り替えると、さらにそのマジックは表現力を大きくした。

 音色に対する色付けの少なさは、音にしっかりとMarantzの真空管アンプの音色が乗っていることからも窺い知ることが出来た。

 オーケストラを聴くと、各楽器の定位の素晴らしさが際立つ。オーディオマニア的には、この定位感の良さは快感である。

2017/10/11

4230:製造番号  

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 TANNOY GRFのフロントグリルを外し、ユニットに掛けられている黒い布を取り外すと、15インチのモニターシルバーが姿を現す。

 この黒い布は、初期型のモニターシルバーにはセンターキャップがないために保護用に取り付けられているものである。

 ユニットは4箇所のビスでフロントバッフルに取り付けられている。PSDの大山さんが工具を使ってそのビスを慎重に取り去ってから、ユニットをフロントバッフルから取り外した。

 ユニットの後方には4PINの先端部を持つケーブルが付いているので、大山さんがユニットを持っている間にその4PINを私がさっと抜いた。

 これでユニットがフリーの状態になった。そのユニットはビニール袋に包まれて、専用の移動箱に納められた。

 箱に納める前に、製造番号を確認した。最初に外したモニターシルバーには「017372」と刻印されていた。

 全く同じ手順で取りはずしたもう1台のモニターシルバーの製造番号は「016541」。その差は831である。

 その数字の差が、製造年月日にしてどのくらいの差であるかは全く不明である。その少し歳の差があると思われる二つのモニターシルバーは、ピッタリのサイズの専用箱に納められた。

 「これで、しばらくオーディオは休止ですか・・・?」との大山さんの問いに、「そうですね・・・そうなりますね・・・1月ぐらいで戻ってくると良いんですが・・・」と答えた。

 「もしよかったら、T4を持ってきているんで、置いていきましょうか・・・?修理が終わって取り付ける際に回収しますので・・・」との大山さんの提案に私はすぐに飛びついた。

 「いいんですか・・・それはありがたいですね・・・」という話の流れとなった。モニターシルバーが納められた二つの段ボールは大山さんのVOLVO S60に納められ、それと入れ替わる形で、2台のPSD T4と専用スタンドが取り出された。

 取り出されたT4は、濃い茶色の貴重な突板で覆われていた。美しく精悍な姿をしたT4は、ピタッとはまる専用スタンドに納めて、ユニットがなくなって、キャビネットだけとなったTANNOY GRFの手前に並べられた。

 その見た目は、TANNOY GRFとは実に対照的である。GRFに接続しているスピーカーコードはGRFの底板に接続されていて、GRFを倒さないと外せないので、大山さんがお持ちであった細い灰色のスピーカーコードを使わせてもらった。 

2017/10/10

4229:ゴール  

 すでに先頭集団からは遅れてしまっているので、ゴール前でシャカリキにラストスパートする意味合いはほとんどなかった。

 しかし、2台のロードバイクは、その残り少ない脚力で出せる限界のスピードで走った。ゴールラインが見えてきた。

 2台はほとんど同体のまま、その緑色をしたゴールラインを越えた。ゴールラインを越えると、力を込めてクランクを回していた脚はその回転を止めた。

 そして惰性でしばらく走り、ヘアピンカーブに達した。180度に曲がるカーブをゆっくりと曲がり終えてから、スタッフの誘導に従ってコースから出た。

 皆、荒い息遣いをしていた。私も体や脳が欲している酸素を補給しようと大きく息を吸っては吐いていた。

 酸欠気味で少し気分が悪かった。コースから出て少し行くと計測チップを回収するエリアがあった。

 小さなペンチで計測チップをフォークに固定していた結束バンドを切って、計測チップを取り外した。

 ロードバイクを押しながらしばらく行って、Kuota Khanをサイクルラックにかけた。そして芝生エリアで座り込んだ。

 クリテリウムはヒルクライムレースと比べると走っている時間は随分と短い。しかし、その間体にかけている負荷は高い。

 ヒルクライムレースでは心拍数が180を超えることはほとんどないが、クリテリウムでは180を超えている時間帯が随分とあった。

 陸上競技で言うと、ヒルクライムレースは長距離走で、クリテリウムは中距離走といったところか・・・まあ、どちらもしんどいことには変わりがないが、走り方はやはり違う。

 芝生で疲れた体を休めていると、次のグループのレースが始まったようであった。次のグループは高校生グループである。

 地元の白河実業高校の自転車部をはじめとする数校の高校の自転車部の選手達が走る。周回数は10周である。

 私はゆっくりと立ち上がって、若々しい高校生達のレースを観戦するため沿道に向かった。沿道では声援を送る人々が立ち並んでいた。

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 自転車部で日頃鍛えている高校生達のレベルは高い。若いエネルギーが秋の爽やかな空気を切り裂いていく。

 高校生のレースが終わった。「若いということは、それだけで素晴らしい・・・」と思った。私もかっては若かったが、それははるか昔のこととなってしまった。

 最期のレースは「エリート」である。大学の自転車部の選手たちも参加する。当然のことながらレベルが違う。周回数は15周である。

 逃げをうったり、集団に吸収されたりと15周のなかにはレースが何回か動いた。参加者は周回遅れになるとコースアウトしなければならない。

 参加者にはレベルの差があるのと、周回数が15周と多いので、結構な数の参加者が周回遅れによるリタイアを迫られた。

 最期は先頭集団によるゴール前スプリントで決着した。日大の自転車部の選手たちが1位、2位、3位となり、表彰台を独占した。

 「エリート」のレースを見終わると私は急いで帰路についた。時刻は12時。この時間帯なら東北道の渋滞を避けることができる。

 渋滞さえなければ、2時間半で自宅に帰りつけるはずである。サイクルラックで休んでいたKuota Khanを起こして、駐車場まで向かった。

 車の荷室にそのままKuota Khanを押し込んで、サイクルシューズをスニーカーに履き替えた。強い太陽光にさらされて車内は暑かった。

 エンジンをかけ、エアコンを強めに設定した。車の窓からは晴れた秋空が見えていた。青い空と白い雲が美しいコントラストを描いていた。

 今年も三つのヒルクライムレースと一つのクリテリウムに参加した。ウィークエンドローディーにとってレースに参加することは、良い刺激になる。

 いつも「もう少し頑張らないと・・・」と思いながら帰ることになるからである。今日もそう思いながら、サイドブレーキを解除して、ゆっくりと車を発進させた。



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