2006/8/9 21:49
忌日について 〜相対性俳句論(断片) 俳句
忌日は、なぜ季語なのか。
この疑問は、以前、ブログで少し触れた。
季語というのは、その特殊性と一般性を同時に体現しており、その特殊性において、俳句作品の枠組みとしての機能を果たす。
歳時記は、その特殊性についての作り手と読み手のコンセンサスである。
ということを、以前、「季語について考える」というシリーズの中で述べた。
そして、こうした特殊性と一般性を同時に持つ言葉として、@人名 A地名 B挨拶 などがあるということにも触れた。
人名は、俳句作品の枠組みをつくることができる。
それは、人名の持つ特殊性による。
ちなみに、西原天気さんは、「人名俳句房」というブログで人名俳句をコレクションしており、人名句集「チャーリーさん」を刊行されている。私見だが、そこには「人名」が俳句の骨格を成すことができる、という可能性についての、多くの予断を含んでいる。
忌日が、季語であるのは、おおよそ以上のような理由があると思う。
つまり、忌日は、「人名」の季語なのである。
では、なぜ、忌日なのか。つまり、死んだ日なのか。
それは、「死んだ日」がまさにその人物が完成した日だからである。つまり、人物がその特殊性において過不足のない状態になる、ということである。
であると考えると、忌日は、その頃の季節感をあらわしている、というよりも、その人物の人生や人格そのものを引き受けている。
忌日を枠組みとした作品は、その人物の一般的な評価を引き寄せただけではいわゆる「つきすぎ」の句になる。一方で、人物の人生や人格を引き受けない作品は、忌日のはたらきを理解していないと言わざるを得ない。
だとすれば、忌日の作品は、それによって忌日の人物に「新しい価値」を付加するようなかたちで結実することが望ましい。
この「新しい価値」とは、なんだろう。それは、「新しい情報」ではない。誰も知らない、その人物に関する事実ではない。
忌日の句における、忌日の人物に与えられる「新しい価値」とは何か。
忌日についての問題は、一段階、深まってしまった…。
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この疑問は、以前、ブログで少し触れた。
季語というのは、その特殊性と一般性を同時に体現しており、その特殊性において、俳句作品の枠組みとしての機能を果たす。
歳時記は、その特殊性についての作り手と読み手のコンセンサスである。
ということを、以前、「季語について考える」というシリーズの中で述べた。
そして、こうした特殊性と一般性を同時に持つ言葉として、@人名 A地名 B挨拶 などがあるということにも触れた。
人名は、俳句作品の枠組みをつくることができる。
それは、人名の持つ特殊性による。
ちなみに、西原天気さんは、「人名俳句房」というブログで人名俳句をコレクションしており、人名句集「チャーリーさん」を刊行されている。私見だが、そこには「人名」が俳句の骨格を成すことができる、という可能性についての、多くの予断を含んでいる。
忌日が、季語であるのは、おおよそ以上のような理由があると思う。
つまり、忌日は、「人名」の季語なのである。
では、なぜ、忌日なのか。つまり、死んだ日なのか。
それは、「死んだ日」がまさにその人物が完成した日だからである。つまり、人物がその特殊性において過不足のない状態になる、ということである。
であると考えると、忌日は、その頃の季節感をあらわしている、というよりも、その人物の人生や人格そのものを引き受けている。
忌日を枠組みとした作品は、その人物の一般的な評価を引き寄せただけではいわゆる「つきすぎ」の句になる。一方で、人物の人生や人格を引き受けない作品は、忌日のはたらきを理解していないと言わざるを得ない。
だとすれば、忌日の作品は、それによって忌日の人物に「新しい価値」を付加するようなかたちで結実することが望ましい。
この「新しい価値」とは、なんだろう。それは、「新しい情報」ではない。誰も知らない、その人物に関する事実ではない。
忌日の句における、忌日の人物に与えられる「新しい価値」とは何か。
忌日についての問題は、一段階、深まってしまった…。
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2006/8/12 2:20
投稿者:たじま
2006/8/11 14:04
投稿者:てんき
ぎゃ! 人名俳句房、もう半年以上放置していました。三日坊主で終わったブログ。あわてて1記事アップしました(IDもどこに行ったかわからない状態でしたが、なんとかログイン)
それはそうと、たじまさんのお手元には拙句集「チャーリーさん」はないですよね?
豆の木のどなたかの不要分をまわしていただくか、あるいは、お送りしましょうか?
(自分で言うのもなんですが、かなり穢らわしい外道句集で、文字通り、お目を汚すことになりますが)
http://tenki00.exblog.jp/
それはそうと、たじまさんのお手元には拙句集「チャーリーさん」はないですよね?
豆の木のどなたかの不要分をまわしていただくか、あるいは、お送りしましょうか?
(自分で言うのもなんですが、かなり穢らわしい外道句集で、文字通り、お目を汚すことになりますが)
http://tenki00.exblog.jp/
お気遣い、ありがとうございます。
句集の件、以前、豆の木のO氏に(O氏の賞賛と共に)電車で見せていただいたことがあるっきりなのですが、
O氏とはある意味、家族ぐるみの(?)お付き合いでもあり、O氏の持っている句集は、おおらかな意味で、僕のもの、という、プチジャイアン的な気になっておりました。
そう考えると、親しい俳句仲間の方々を介して、必要な句集は、すべて身の回りにある気でおります。(なんて、大胆な!)
というわけで、わざわざ調達していただかなくても結構なのですが、万一、偶然にでも、1冊行きどころのない子がいましたら、是非、購入させていただきたいと思います。
それも、できるだけ、手間隙のかからない方
法で。
では、では。