2012/2/8 1:19
「句集のゆくえ」についてのヒント(2) 俳句
電書句集は、Webサイトにあるだけでは句集ではない。ダウンロードしただけでも句集ではない。それを、モバイルにいれて、持ちあるくことが大事なんだよ。句集はモバイル(=可動性)だ。
たじまの電書句集はこちら。
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テーマ: 俳句
2012/2/7 1:55
海と肉 たじまの俳句
時間猫ふる雪を考えている
湾に雪ホットアップルパイに夜
失業や兎に愛されしおとこ
古墳から樹の生えている二月かな
疎まれし雪夜の笑顔エイリアン
火事しずか秘密もろとも刻の空
記憶から肉消えている寒波急
静寂に兎を置けば走りだし
雪に鍵落とせば闇がひらきけり
失業の旗のひらめく雪後かな
海と肉と降る雪パパとママは食う
グランドホテル笑顔は雨にそして雪
雪がみな鎮めてつまらなくなりぬ
封筒が来て雪のこと忘れけり
本棚の立派なおのこ雪国の
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湾に雪ホットアップルパイに夜
失業や兎に愛されしおとこ
古墳から樹の生えている二月かな
疎まれし雪夜の笑顔エイリアン
火事しずか秘密もろとも刻の空
記憶から肉消えている寒波急
静寂に兎を置けば走りだし
雪に鍵落とせば闇がひらきけり
失業の旗のひらめく雪後かな
海と肉と降る雪パパとママは食う
グランドホテル笑顔は雨にそして雪
雪がみな鎮めてつまらなくなりぬ
封筒が来て雪のこと忘れけり
本棚の立派なおのこ雪国の
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テーマ: 俳句
2012/2/5 8:50
俳句の、ある性質について(雑感) 〜相対性俳句論(断片) 俳句
週刊俳句249号に、五十嵐秀彦さんの記事『「中央」と「地方」について考える』が掲載されているんですが、これいろいろと考えさせる要素が多い。
今後、もっと展開があるかも知れないけれど、実はすごく深い穴なのじゃないか、と感じる。
以下、とりとめもなく書く。
***
そもそも、俳句の「地域性」というのは、歴史的に見てもどうなんだろう。
もともと、明治期の俳句は「松山」が中心だっただろうし、虚子だってどちらかといえば「鎌倉文学」といえるかも知れない。
昭和期には「石楠」のように地方の大きな結社や、甲斐の蛇笏・龍太など、地方に存在感のある俳人が存在していた。
今だって、そうかも。
このあたり、歴史的な部分を整理してみても面白い。
そもそも、俳句を「地域性」という切り口で見る、というのはありそうで、ない。
雑誌の一般読者の投句欄などには、作者名と共に作者の出身都道府県や市区町村が示されているが、だからといって俳句は「地域性」のある文学、という認識は薄い。
いや、あまりにも当たり前すぎて意識されていないだけかな。
全然、整理できていませんが。
俳句は圧倒的に「世代」と「性別」を前景化してきた。
俳句年鑑なども「世代」ごと(あるいは「性別」ごと)に注目する俳人を取り上げているが、あれだって「地方別」であってもいいはずなのに、そうではない。
俳句が「世代」を前景化してきた背景が、どうなっているのか分からない。
五十嵐さんは、
角川の『俳句』、富士見書房の『俳句研究』、本阿弥書店の『俳壇』、文學の森社の『俳句界』などが総合誌としてあったわけだが、かつて「俳句ブーム」時代に大量に発生した初心者を読者として、俳句入門的企画を慢性的に続ける状況を自ら作ってしまい、本来の読者層に逃げられ、次に高齢化社会ということを読み違い高齢者企画を繰り返し、形骸化し緊張感を失った企画の誌面を晒すハメになっていった。特に若手俳人たちへの求心力を急速に失っていったように思える。(〔週刊俳句時評57〕「中央」と「地方」について考える)
と書かれているが、そもそも俳句が若手俳人に対して求心力を持っていた時代というのは、あったのだろうか。
というのも、昭和十年代の新興俳句運動は確かに京大俳句を中心とした若い俳人たちの運動だったわけだが、当時も俳句は「老人文学」で、むしろそれに興味を持ち、活発にそれを追求する若者は少なかった。
「……君も明大文芸科に学び、いろいろと文学上の若々しい野心を燃やした日もあったのである。だが君は齢三十に至らずしてそのようないっさいの夢を棄てた。と言うのは、青春の情熱をなくしたのでも、自分の才能に見切りをつけたのでもない。俳句というものをしっかと見据え、男子の一生を託するに足るという信念を獲たからである。世間からは老人文学・隠居文学視されている俳句である。そこに三十になるかならぬ春秋に富む身をまかせ切って悔いないということは、何か自分にだけはっきりと言いきかせた不退転の決意をそこに想像することができるのである。(中略)身を投じたのはちっぽけな『老人文学』である。若人のすべての希望眠るところである。ただ君の決意だけが、情熱だけがたぐいもなく若々しかった」(石田波郷君の応召を送る分) (『現代俳句』山本健吉 角川文庫)
健吉が波郷に送った文章(すごく、好きなんだけど)。ここでも、俳句は「老人文学」「隠居文学」であったことが繰り返されている。
俳句にとって「若さ」というのは、トラウマのようなものだ。
それは現在まで続いていて、いまでも「世代」というものが俳句には強く前景化している。
原理的に言えば、「世代」も「性別」も「地域性」も存在しないのだけど。
そこに、そのような境界線を与えたときに、事後的にそのような属性を俳句が備えている「らしい」ということが明らかにされていく。
端から見れば(この「端」の在り様も問題なのだが)、「そこ、こだわりますか」というほど、一度その境界線に捕らえられてしまうと、もう、それはそうであるようにしか見えなくなる。
けれども、これはその境界線がマボロシだから価値がない、ということではなくいのだろう。そういう境界線を仮として、そこに力をそそぐことが俳句という形式そのものを豊かにするような気もする。
そういうマボロシがなければ、俳句はカスだから。(というようなことを、「インサイ」にも書いた。宣伝)
…と、まあ、まとまらない感想だけど、これを展開していくと、いろいろと面白いものが見えてくる。
俳句の具体的な表現形式にも関わってくる…はず。
あ、もちろん五十嵐さんは、そういう観念的な「地域性」だけでなくもっと物理的な「地域性」を問題にしている。
実は、個人的にも最近ちょっとローカルな企画を考えていたところなので、とっても興味のある記事だったのでした。
というわけで、五十嵐さんのブログやそれに関連する記事は、ウラハイのこの記事が便利です。
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今後、もっと展開があるかも知れないけれど、実はすごく深い穴なのじゃないか、と感じる。
以下、とりとめもなく書く。
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そもそも、俳句の「地域性」というのは、歴史的に見てもどうなんだろう。
もともと、明治期の俳句は「松山」が中心だっただろうし、虚子だってどちらかといえば「鎌倉文学」といえるかも知れない。
昭和期には「石楠」のように地方の大きな結社や、甲斐の蛇笏・龍太など、地方に存在感のある俳人が存在していた。
今だって、そうかも。
このあたり、歴史的な部分を整理してみても面白い。
そもそも、俳句を「地域性」という切り口で見る、というのはありそうで、ない。
雑誌の一般読者の投句欄などには、作者名と共に作者の出身都道府県や市区町村が示されているが、だからといって俳句は「地域性」のある文学、という認識は薄い。
いや、あまりにも当たり前すぎて意識されていないだけかな。
全然、整理できていませんが。
俳句は圧倒的に「世代」と「性別」を前景化してきた。
俳句年鑑なども「世代」ごと(あるいは「性別」ごと)に注目する俳人を取り上げているが、あれだって「地方別」であってもいいはずなのに、そうではない。
俳句が「世代」を前景化してきた背景が、どうなっているのか分からない。
五十嵐さんは、
角川の『俳句』、富士見書房の『俳句研究』、本阿弥書店の『俳壇』、文學の森社の『俳句界』などが総合誌としてあったわけだが、かつて「俳句ブーム」時代に大量に発生した初心者を読者として、俳句入門的企画を慢性的に続ける状況を自ら作ってしまい、本来の読者層に逃げられ、次に高齢化社会ということを読み違い高齢者企画を繰り返し、形骸化し緊張感を失った企画の誌面を晒すハメになっていった。特に若手俳人たちへの求心力を急速に失っていったように思える。(〔週刊俳句時評57〕「中央」と「地方」について考える)
と書かれているが、そもそも俳句が若手俳人に対して求心力を持っていた時代というのは、あったのだろうか。
というのも、昭和十年代の新興俳句運動は確かに京大俳句を中心とした若い俳人たちの運動だったわけだが、当時も俳句は「老人文学」で、むしろそれに興味を持ち、活発にそれを追求する若者は少なかった。
「……君も明大文芸科に学び、いろいろと文学上の若々しい野心を燃やした日もあったのである。だが君は齢三十に至らずしてそのようないっさいの夢を棄てた。と言うのは、青春の情熱をなくしたのでも、自分の才能に見切りをつけたのでもない。俳句というものをしっかと見据え、男子の一生を託するに足るという信念を獲たからである。世間からは老人文学・隠居文学視されている俳句である。そこに三十になるかならぬ春秋に富む身をまかせ切って悔いないということは、何か自分にだけはっきりと言いきかせた不退転の決意をそこに想像することができるのである。(中略)身を投じたのはちっぽけな『老人文学』である。若人のすべての希望眠るところである。ただ君の決意だけが、情熱だけがたぐいもなく若々しかった」(石田波郷君の応召を送る分) (『現代俳句』山本健吉 角川文庫)
健吉が波郷に送った文章(すごく、好きなんだけど)。ここでも、俳句は「老人文学」「隠居文学」であったことが繰り返されている。
俳句にとって「若さ」というのは、トラウマのようなものだ。
それは現在まで続いていて、いまでも「世代」というものが俳句には強く前景化している。
原理的に言えば、「世代」も「性別」も「地域性」も存在しないのだけど。
そこに、そのような境界線を与えたときに、事後的にそのような属性を俳句が備えている「らしい」ということが明らかにされていく。
端から見れば(この「端」の在り様も問題なのだが)、「そこ、こだわりますか」というほど、一度その境界線に捕らえられてしまうと、もう、それはそうであるようにしか見えなくなる。
けれども、これはその境界線がマボロシだから価値がない、ということではなくいのだろう。そういう境界線を仮として、そこに力をそそぐことが俳句という形式そのものを豊かにするような気もする。
そういうマボロシがなければ、俳句はカスだから。(というようなことを、「インサイ」にも書いた。宣伝)
…と、まあ、まとまらない感想だけど、これを展開していくと、いろいろと面白いものが見えてくる。
俳句の具体的な表現形式にも関わってくる…はず。
あ、もちろん五十嵐さんは、そういう観念的な「地域性」だけでなくもっと物理的な「地域性」を問題にしている。
実は、個人的にも最近ちょっとローカルな企画を考えていたところなので、とっても興味のある記事だったのでした。
というわけで、五十嵐さんのブログやそれに関連する記事は、ウラハイのこの記事が便利です。
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テーマ: 俳句
2012/2/4 12:00
「句集のゆくえ」についてのヒント(1) 俳句