さて、さらに海岸沿いを南下。先ほど見えていた鳥居のあたりは「久ノ浜・波立海水浴場」。かなり泳ぐ人でごったがえしていました。道路を挟んだ山側には波立薬師がありましたが、寄らずに先へ。
四倉のあたりで道が2つに。国道6号と分かれて海沿いのほうの道を選択。しばらくいくと、左のほうは松林。この木の向こうは砂浜が広がっているに違いないのですが、見えません。しゅんがナビをみて「うみのなかはしっとる!」
見ると、道路は砂浜をつっきっていることになっています。それからしばらくまっすぐな道の左手には海水浴場が現れては消え、右手にはキャンプ場や宿泊施設の案内が現れては消え。。。 窓を全開にして、快適ドライブです。
目指すは
塩屋埼灯台。ゆきどまりになったので、引き返していったん県道にでました。しゅんが足がイタイイタイといって、靴を脱がせて見ると指がまっかにはれている。クツシタはいてなかったから? いつのまにきつくなったんだろう。で、セブンイレブンによってサンダルを購入。ついでにおやつのアイスも。
道路の標識どおりにいくと、また左手に曲がる道があって、曲がる手前に国史跡
中田横穴古墳がありました。急にとまることもできず、写真はとれませんでしたが。中に壁画が描かれた装飾古墳で、副葬品もいろいろでてきているのです。中が見れるのは年に数回で、この日もしまっていました。
そのまま山道をぐぐぐーっとのぼって、おりると、またまた海水浴場。その先には白い灯台が見えました。おみやげ物やが並ぶ通りを過ぎたあたりに無料の駐車場があったので、そこで停めて。
灯台目指して出発! しゅんがいやがるかなと思ったら、別に迷う風もなく歩き始めました。結構急な階段の途中に、「喜びも悲しみも幾年月」の記念碑。そう、この灯台は、木下恵介監督名作映画の舞台になったところです。(「舞台になった」と、日本のあちこちの灯台の説明にありますが、映画のもとになった手記をかいた田中キヨさんが最後に住んでいたのはいわき市。碑には田中夫妻の名前が記されていました)
汗をかきかき、灯台の入り口へ。風が気持いい。で、既に景色がすごい。
この灯台、数少ない中をのぼれる灯台らしく、上からどんどん人が下りてくる。

地上から塔頂までは焼く27メートル、海面から灯火までは73メートルあるそうです。しゅんも上る気まんまんのようなので、お金を払って中に入る(大人150円、子ども20円)。

受付のある建物はちょっとした資料室になっていましたが、みる余裕もなく灯台へ。なかはぐるぐる螺旋階段。で、思ったよりも早くたどりついた上からの景色は絶景でした。270度、海! それも青い。
しゅんは、山のほうに向かってヤッホーとか、フタバスズキリュウ!とか叫んでいました。海にクビナガリュウがいないかなって。昔はこの海を泳いでいたんだもんね。
しばらくして下界へおりて、とことこまた階段をおりていって、道路を右手に進んだところに、
美空ひばりさんの歌碑がたつ「雲雀之苑」がありました。
そう、
「♪憎や恋しや、塩屋の岬」といえばひばりさんの
「みだれ髪」(星野哲郎作詞、船村徹作曲 病気で入院していたひばりさんの復帰第一号)。
しゅんのばあば(私の母親)は美空ひばりの歌が得意、なだけでなく、顔も似てるねえといわれてきたのですが、私はそんなにひばりさんの歌がいいとは思っていませんでした。そのなかで、この「みだれ髪」は別格。詩がいいのはもちろん、潮風や波がざざーーっと打ち寄せる音まで聞こえてきそうな歌もすごい。で、この灯台に来たかったのでした。
この小さなスペースには、ひばりさんといわき市のかかわりを書いた看板や、前に立つと「みだれ髪」が流れてくる遺影碑、歌碑などがあります。やはり年配の方たちがいれかわり、たちかわり、灯台と顕彰碑をバックに記念撮影していました。ひばりさんがなくなって17年。毎年、何十万人もの人が訪れるだけでなく、亡くなった日には、ここで供養の式典がおこなわれているそうです。
ひばりさんの絵を見て、しゅんに「ばあばににとる?」と聞くと「にとる!」っていってたよ、ばあば。
ちなみに歌碑に刻まれていたのは歌の3番でした。
春は二重に巻いた帯
三重に巻いても余る秋
暗や涯なや塩屋の岬
見えぬ心を照らしておくれ
ひとりぼっちにしないでおくれ

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