少し前に、妹に3人目の男の子が誕生しました。大変目出度いのですが、今、ちょっとピンチです。
何と云うのか……かかっていた病院が?な事ばかりで、妊娠期間中から母子共に調子が悪く、母伝に聞いた話ですが、どうも、これは医療ミスではないのか……と、思えるような内容なのです。
しかも、昨今の出産事情にもれなく、近くに転院できる医療機関が無いと云う事で、本当に仕方なく、同じ医院で出産したのですが……甥っこは異常な発熱が続き、現在検査入院中です。
そこに、追い討ちをかけるような今回の地震……本気で勘弁してくれ……。
地震に関しては、無事の確認が取れて一安心なのですが……甥っこの件に関しては、長い闘いになるだろうな……と、思います。
私の兄は、医療ミスで出産時に死んでいます。母体にも大変ダメージがあったようで、実質的な第一子の私と第二子の弟は大変な虚弱児でした。何かと云うと病気ばかりで、幼い頃は、幼稚園にいた記憶より、病院の待ち合い室や売店で遊んでいた記憶の方が多いくらいです。思い出すにつれ、両親や祖父母の心痛と苦労には本当に頭が下がります。
子供の頃はすぐに熱を出したりするので、風邪をひかない様に厚着させられたり、用心で学校や体育の授業を休んだりして、よく、ズル休みだとか苛められました。(教師にも……(汗))ストレスにも激しく弱い子供だったので、怠け者とか自分の好きな事しかしない…とか、我侭な子供だと思われていた様です。
今なら、肉体的な辛さや精神的な辛さを説明出来るかも知れません。でも、当時は自己弁護も侭ならず、また、無駄にプライドも高かったので、無理して頑張って拗らせてしまったりして、さらに、ズル休み伝説の人となってました。
最近になって、やっと自分の構造と身体の扱い方がなんとなく分かって来たような始末です。
祖母もあまり身体が丈夫な人ではありませんでした。
小学生の時、酷い熱を出して、次の朝にやっと熱が下がり、用心にもう一日…と、休んだ日にクラスの同じ班の子がお見舞いにやってきて、口の悪い子が、
「ズル休みしたんじゃないの?」
と、言ったときに、普段は至って温和で物静かな祖母が
「何を言いよるぞね、此の子はゆんべまで高熱があったんぞねっ!!」
と、大声で怒鳴りつけたのを覚えています。祖母が怒鳴った事に対して、じつは、私もかなり吃驚しました。
亡くなった後で母から聞いたのですが、戦時中の疎開先で、身体が弱い事で地元の農家の方々に散々苛められた事があったのだそうで……。
時折、感じていた祖母の《農家嫌い》の原因は其処にあったのかと、妙に納得したのですが、
「身体の丈夫な人は弱い人間の気持ちが解らないから優しく無い。」
と、よく言っていたような気がします。これは、私も本当にそう思います。
無理をしたくとも体力が続かない、頑張りたくても身体がついて来ない情けなさや悔しさって、きっと話しても分かって貰えないんだろうな、と、漠然と思います。
具体的な大病であれば、もしくはあからさまな疾患であれば、理解も容易いし、同情もしてもらえるのでしょうけれど、漠然とした虚弱体質というのは、大病も致命的疾患もない幸運に感謝しつつ、怠け者やら気分屋、我侭の誹りを甘んじて受けながら自分のペースでやって行くしか無いと思います。(凄く厭な言い方なのは承知の上ですが…)
母と私の座右の銘は「生きてるだけで丸儲け」です。
さて、下らない事を長々と書きましたが、ニューカマーの吾が甥っこ殿が此れから闘って行く未来を考えてしまうと、同族として激しくエールを送りたく、もし、悲しかったり悔しくて泣いたりしてたら、せめて話を聞いてあげたり、頭を撫でて励ましてあげられるくらいにはなりたいなぁ……と、心底思います。
身体は弱くっても、強い人にはなれるからね。頑張ろうね、うん。
そぅそぅ、甥っこの名前は「ひでと」と言います。あのコトとか妹には何も話して無いのに。不思議、不思議。